五日月


 五日目の月。しかし、今夜は曇り空で月の姿が見えない。
もっとも、月がみえないからといって困る人は、もういないだろう。
「雨も降ってねぇし、出掛けよーぜ」
 夕食を終えた真樹が、僕に外出着を持ってきた。
「また、僕をダシにして誰か誘ったのか?」
「ちょっと違うな。誘われたんだ。ほら、こないだの新月の日、偶然会った女の子、いただろ? あの子には夜見が見えたらしいんだな。そんで、もう一度、『夜見に』会いたいんだとさ」
 そういえば、電車の中で真樹に話しかけて来た少女がいた。
「それで、断らなかったわけだ」
「断る暇が無かったんだよ。やたらと強引な奴でさ」
 どこまで本当だか、怪しいものだ。
「夜見の名前、例のごとく『羽田佳光』略して『ヨミ』ってことにしたから。あと、俺の従兄弟ってことにもなっているから、ツジツマあわせろよ」
「わかったわかった。真樹の家で修行をしているっていえばいいんだろ」
 外出して街の中を歩くのは嫌いじゃない。ただ、斎主の血筋以外の者と親しくなり過ぎるのは、僕にとって危険なことだった。
真樹はまだ、そのことをよく理解していない。
「万一の事態があったら……そうだな、いい教訓になるかもな……」
 言葉で説明するより、実際に見せたほうが効果的なのは知っている。多少、僕の苦痛を伴うが……。できれば、避けたい事態である。
「何ぶつぶつ言ってるんだよ。早く着替えろよ。待ち合わせに間に合わなくなるっ」
 その夜、僕は数十年ぶりに斎主の血族以外の者と数時間過ごすことになった。そして別れ際、僕は半ば強引に少女の口づけを受けてしまうことになる。頬、ではあったが……。
ささいな冗談や悪ふざけだったとしても、それは確かに、僕の両腕をつかんでいた真樹の責任だった。

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