土用
ソウシが医務室から古書を運び出して、木箱の上に並べている。
『今度は何の実験だ?』
晴れて心地よい風が、様子を覗き込んだ我の周りを通り過ぎていく。
我は、ソウシが船医として乗る海賊船の精霊、シリウス。
精霊の声は、人間には届かない。
甲板の反対側で洗濯物を干し始めたヒロインが、ソウシの行動に気づいたようだ。
一区切り干し終えたところで、さっそく、ヒロインは何をしているのかソウシに尋ねた。
「ああ、今日は天気がいいから、虫干しをしようかと思ってね。ヤマトでも、この時期に古い衣類や本などを外に出して風にあてること、しなかった?」
ソウシの言葉に、ヒロインがそういえば、と答えた。
「土用干しですね。はい。おじいちゃんが、やっていました。虫に食べられないように風にさらすんですよね」
「あはは……おじいちゃんか。そうだね、私もこの時期にやるように教わったのは、師匠からなんだよ」
ソウシがにっこりと笑いかけると、ヒロインがふと思いついたように尋ねた。
「でも、どうして夏の土用の時期なのでしょうか」
「たぶん、冬が明けて、春の変わりやすい天気も一段落して、大切な本や巻き物が雨に触れる心配がなくなる時期だから、かもしれないね」
首の後ろに手を回して、少し考えながらソウシが説明する。
「言われてみればそうですね」
『でも、それは陸上での話だろう…海の上では…』
我は、海の向こうを見た。
舵場にいる航海士のシンが、チッと舌打ちして、舵輪を回す。
南から比較的高い波が押し寄せ、方向転換が終わる前に我の横面に打ち砕けていく。
我は波の力を受けて大きく左右に揺れた。
ガタン、と並べてある木箱からソウシが風にさらすために開いておいた本が甲板に落ちかける。
「おっ…と」
ソウシが手を伸ばして落ちかけた本を引きとめようとし、ヒロインも反射的に手を伸ばして本を甲板に落とさぬようにした。
遠方の南の海で起きている嵐の波が、天気の良いこの海域まで届いてきているのだ。
時折うちよせる高い波は、我の船体を大きく揺らす。
「……この辺の海は、土用波があるのかな……」
ヒロインがいつもより波が高く揺れる海を眺める。
「土用波? 確かにこの時期の波は独特だね」
『南に居ると、嵐雲を見て避けることも多い時期だからな』
我もなんとなく二人の会話に加わる。
「はい。おじいちゃんが、よく話してくれたんですよ。土用干しをする頃の海の波は、土用波といって、遠い南の海で嵐が起きているんだって」
「そうだね。ヒロインちゃんのおじいちゃんの話が、正しい説明だね。国によっては、海の向こうでドラゴンがあばれているからだ、という話もあったりするんだよ?」
ソウシがフフフと笑って、チラリと舵場へ視線を送り、肩をすくめた。
舵場にいるシンからは、二人が手をつないで語り合っているように見えるのかもしれない。
少々、不穏な気配を纏っている。
「さ、私は次に干す巻物を持って来ないとね。ヒロインちゃん、お手伝いありがとうね」
ソウシが、そう告げて医務室内に姿を消す。
ヒロインも、はっと物干しロープを振り返り、自分の仕事に戻って行った。
『二人で何の話をしていたか、きっと聞くのだろうな…』
我は、相変わらず舵場に立っている航海士の傍らに立つと苦笑混じりに呟く。
先ほどよりおおきく揺れた我が船体。
船内では調理中のナギと、サボり中のハヤテが、いつになく揺れが大きいことに、苦情を訴えていた。
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