節分



「シンさん、シンさん、今日は節分なんですよ。船長とナギさんが、豆まきやってもいいって、言ってくれました」
波が高く、比較的揺れの大きい甲板を、パタパタと水深を測鉛で調べていたシンに駆け寄ったヒロインが嬉しそうに言う。
「…そうか」
感動も何もないシンの反応に、ヒロインはちょっと淋しそうな表情になった。
「シンさん、豆まき、嫌いですか?」
「…?」
なぜ突然そんな質問が向けられたのだろうと言いたげな、かなり訝しげな表情で、シンは測鉛からヒロインへ視線を移す。
「馬鹿か、お前は。……春の節分に行う豆まきは、ヤマト独特の行事だろう? 好きも嫌いもあるか。お前は、そんなに豆まきが好きなのか?」
ヒロインがリュウガとナギに一生懸命説明する様子を知っている我は、豆まきという行事が、我の体内に大豆をばらまく行事なのだと心得た。
それで悪事が去って幸福が訪れるという発想は、なかなか面白い。
我は、彼らが乗る船の精霊、シリウス。
俗には、悪事を行うとされる海賊船である。
「……あ。そうでした。なんかシンさん、いろいろ知っているから、つい…」
シンが恋人の国であるヤマトの風習や慣習について、かなり独自に調べ学ぶように心掛けていることは、我もよく知っている。
「節分は、立春、立夏、立秋、立冬の前日のことだろう? なぜ春だけ、豆まきになったんだ?」
「え? そうなんですか? 節分て、そんなにあったんだ?」
びっくりしたようなヒロインの様子に、シンは、そもそも調べても分からなかったことをお前に聞いたのが間違いだったと苦笑して、視線を再び測鉛に戻した。
「おい、豆の量はこのくらいでいいのか?」
ヒロインを見つけたナギが、甲板に、大豆を持ってやってくる。
「えぇっ、こんなにたくさん豆まきに使ってもいいんですか?」
「投げた豆は、後で一粒残らず回収して食べるんだろ?」
「無理だな。ナギ、その半分に減らしたほうがいいぞ? 本当にいいのか?」
差し出された大豆を受け取ろうとしたヒロインが、シンの言葉を聞いてチラリとナギを見上げる。
「ちゃんと拾えよ?」
「あっ。はいっ。きちんと拾いますっ」
渡されたザルにいっぱいの大豆を、嬉しそうに抱えたヒロインがあっと何か思いついたように顔を上げた。
「みんなに、豆まき用の枡を、折り紙で作りますね。それで、みんなに豆まきを楽しんでもらわなきゃ。えーと、じゃあ、ナギさん、この大豆、お借りしますっ」
「ああ…」
ザルを抱えて、船室へ駆けていくヒロイン。
「おい……」
シンが忠告しかけたものの……。
ザアァァァァァァァァッと、我の甲板に波のような音が広がる。
「…………」
ナギが、何とも言えない表情で転んだヒロインと、甲板を転がる大豆を見た。
「盛大な豆まきだな……どうやって拾うんだか……」
シンが言葉を無くしているナギの肩をぽんと叩いて言う。
今日は波が高い。
比較的、我は揺れが大きい。

ザザーッ
ザザザザーッ
ザァァァッ

波のような音をたてて、乾いた小さな豆が、甲板を転がっていく。
『やたらとくすぐったいな…』
無数の小さな豆が我の上を転がる感覚。
今夜は、これが我が船室の全てで行われるのだろうか…。
我はため息交じりに、高い波が行き交う海を見渡した。


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