大寒



空気が、キラキラと輝いている。
「うっわー。ヤバくね、この水、樽ごと凍っちまってんじゃんっ!」
甲板に置かれていた雨水の樽を見たハヤテが、声を上げた。
すっかり凍って膨張した樽は、枠が外れ、樽の形になった氷が隙間から見えている。
「寒いねぇ……みんな、風邪ひかないようにね?」
あちこちで、寒気による被害状況を確認する海賊達に船医であるソウシが声をかけた。
『風邪というのは、寒さが原因だったか?』
彼らの乗っている海賊船の精霊にすぎない我には、人間が病気になる仕組みが、いまいち判らない。
精霊である我の声が人の耳に届かないことは承知で、尋ねてみたが、やはり誰も答えない。
「ちっ…」
舵を握っていたシンが、舌打ちをした。
『水中はいいのだがな…』
その舌打ちの意味を理解した我が、そっと囁く。
極寒の中で、舵輪の動きを水中の舵に伝える途中の部分が凍結している。
完全に舵が動かないと言うほどではないが、かなり動きが鈍く、舵を重く感じているはずだ。
「トワ、倉庫内の俺がこれから言う場所をできるだけ温めろ」
それほど寒がりではないはずのシンの言葉に、最初はきょとんとしたトワだったが、意図を理解して倉庫へ走る。
これで、少しは、シンの舵通りに我もすすめるようになるだろう。
「船長、今はまだいいですが、流氷帯に入ったら厄介です。どうしますか?」
『そうだな…小さな流氷程度ならいいが…氷山は遠慮したいな…』
シンの言葉に、我は再び、人には聞こえぬ声で呟く。
「…でかい流氷を避けていけそうか?」
リュウガの質問に、シンは今の気温では無理だ、とはっきり答えた。
我も同感だ。
なんといっても、甲板に置かれた樽が、中の水ごと凍結するような状態だ。
波をかぶった我の身体も、みるみると凍りつき、氷の上にさらに氷がはり付いて身体が重くなっていく。
かろうじて、南から流れついた空気よりも温かな海の水が、この気温でも凍結せずにいるだけなのだ。
ここが北の冷たい海水ばかりであれば、表面はとっくに氷の海になっているかもしれなかった。
そして、この先には、北からの海流帯がある。
氷が流れているだろうことが伺える。
「よし……一度東へ行く」
リュウガの決断に、シンは頷き、北に向かっていた我を東に向けるべく舵を回す。
相変わらず、キラキラと輝く空気が、我の帆に突き刺さり、船体に降り注ぐ。
「うわぁ、キラキラしていて綺麗ですねー」
めいっぱい厚着をしたヒロインが、目を丸くした。
「ああ、これはね、空気の中にある水分が、氷になっているんだよ。宝石みたいだよね」
ソウシが、にっこりと笑ってヒロインに解説している。
「シンさん、シンさん、見てくださいっ。帆が、キラキラ輝いていますっ」
しばらくして、ヒロインがシンに駆け寄り、帆を指さす。
「……お前は…呑気でいいな」
寒さの中でも相変わらず明るいヒロイン。
シンが苦笑して重い舵を回すのを感じながら、我はゆっくりと東に向かい始めた。


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