小寒
「はぁー、寒稽古?」
シンの話を聞いていたハヤテが、呆れたような声を上げた。
ある意味、予想通りの反応を示したハヤテを、シンは嘲るように見返す。
「別に、ハヤテにできるとは思っていないから安心しろ」
「なっ……やってやろーじゃんっ」
途端に、ムッとしたハヤテは、足音も荒々しく食堂を出ていく。
『すっかりのせられたようだな…』
そのハヤテが、甲板へ向かうのを感じながら、我は苦笑した。
我は海賊船の精霊、シリウス。
寒いから修業は休みだと公言し、食堂であれやこれやと、ここ最近の不満を語っていたハヤテだったのだが。
食堂へやってきたシンと売り言葉に買い言葉の問答を始めた挙句、この寒さの中で修行することに決めたらしい。
いや、この場合は、やはりシンにうまくのせられた、という気がする。
「……」
食堂から去っていくハヤテを、腕を組んだまま見送ったシンの前に、ナギが湯気の立つカップを差し出す。
「…ああ」
意外そうな表情でシナモンの香りがする甘いホットワインを受け取ったシンの口元が、ふと緩んだ。
「良く分かったな?」
「寒い日が何日か続くと、お前、飲みたがるからな…」
甘口の赤ワインに、砂糖とクローヴやシナモン、少量のレモン汁を加えて煮立てたナギ特製のホットワインは、屋外で冷えきった身体をほどよく温めるらしい。
「そういや昨日、ヒロインに玉子酒の話を聞いてな…」
「玉子酒? ヤマトで風邪薬にするという酒か?」
ナギの言葉に、シンがふと、カップに注いでいた視線をあげる。
「そうなのか? 温めたヤマトの酒に、卵と蜂蜜を入れて作る、ホットエッグノッグみたいものだな……悪くない」
「ほう…」
「……………」
それきり、食堂の会話は途切れて静かになる。
静かで穏やかな空気。
シンにとっては、ほんのひとときの休息。
一方、甲板では、ハヤテが、ヒロインに自慢げに語りながら、剣の練習を始めている。
「ヤマトの寒稽古ってのは、こーいう寒い日に、あえて外で身体を動かして、瞬発力を鍛えるんだろ?」
「え? そう…なのかな? でも、上着まで脱いで、寒くないですか? ハヤテさん」
「寒くなんかねぇよ。ヤマトのサムライって剣士は、寒稽古って裸でやるって話じゃん」
「あー…。道場とかでは、やっていたかもしれません」
ハヤテの言葉の多くが、シンの受け売りであることを知っていのは、今のところ我だけである。
「だいたい、寒いからって、動き鈍るわけにいかねーしっ」
「そうですよね……。すごいですね、ハヤテさんは、だから強いんですね」
ヒロインの言葉に、ますます張り切るハヤテ。
食堂では、空になったカップを置いたシンが、ナギに礼を言って再び甲板に向かう。
『ここへシンが来たら、また一悶着起きそうだな…』
我は苦笑しつつ、シンから聞いた話の受け売りを語るハヤテを眺めた。
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