冬至
黄色い柑橘を三つ、ヒロインは楽しそうに風呂に浮かべている。
「あー、いい匂いーっ」
風呂の前を通りかかったソウシが、その声を聞いて、くすっと笑った。
「……そうか、香りの入浴剤、というのも面白いね。作ってみようかな…」
小さく呟いて自分の部屋へ向かう。
しばらくして風呂では、身体を拭いたヒロインが、浮かべた柑橘を拾い上げて悩んでいた。
「これ…どうしよう。お風呂に入れたやつだけど…皮をむけば、普通に食べられるよね? ナギさんに確認するの忘れてた…」
何やら、波乱の予感がして、我はヒロインの行動を見守る。
我は彼女が乗っている海賊船の精霊、シリウス。
ヒロインは着替えて、風呂に浮かべた柑橘を丁寧に洗って拭くと、抱えて厨房に向かった。
「ナギさんっ、これ、お風呂に入れたレモンなんですが、どうすればいいですか?」
「…どうって……」
ヒロインはヤマトの風習で、柚子湯、というものをやりたかったらしい。
しかし、柚子はすべてナギによって保存のできる瓶詰め等に加工済みであり、未加工の柑橘はオレンジやレモンしか無かったのだ。
「なんだ、柚子の代わりに使うと言っていたレモンか。ちょうどいい、ナギ、そいつを使ってラム酒のレモン割り作ってくれ。ヒロインの味がする酒ができそうだ」
食堂にいたリュウガが、笑いながらナギに言う。
「私の味?」
きょとんとしたヒロインに、リュウガが言う。
「素っ裸になって、そいつと一緒に湯につかっていたんだろ? ヒロインの出汁がでてそうじゃねーか」
「出汁?」
更に不思議そうな表情になったヒロイン。
リュウガを睨んだナギが、ヒロインに言った。
「…シンに聞け」
「へ? シンさんに、ですか?」
「……ああ」
やはり、彼女が入浴に使ったレモン、というだけで、海賊達にとっては、どこか特別なものになるようだ。
けれども、どうしてレモンの使い道をシンに聞かなければならないのか、ヒロインは判らないらしい。
シンは見張り台の上で水平線の向こうを確認しているのだが、居場所を知らないヒロインは、航海室を確認したあと、自分たちの部屋に向かう。
船室の廊下で、香りの材料集めをしているソウシとヒロインが鉢合わせした。
「あ、ヒロインちゃん、そのレモン…もらってもいい?」
「これですか? あのー、これ、さっき私が、お風呂で使っちゃったんですけど…」
「うん。ちょうどいいよ。香りの入浴剤を作ろうと思っていてね…実験に使いたいんだ」
結局、ソウシの話を聞いて、簡単に持っていたレモンを三つとも手渡したヒロイン。
『ナギの気遣いも無駄になったな…』
我は、成り行きに苦笑しつつ、海賊達を眺める。
冬至の長い夜は、まだ始まったばかりだった。
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