大雪



昨夜の嵐の名残を受けて、海が荒れている。
昼間だというのに暗い灰色の空は、濁った暗い海の色を写しているようだ。
風雨は止んだが、相変わらず波は高く、我は翻弄されかかる。
我は、嵐の中でも目的地に進むことができるほどの腕を持つ航海士が操る海賊船の精霊、シリウス。
上下に大きく揺れる我の上を、よろけることなく歩いた船長のリュウガは、船首で立ち止まって前方に目を凝らした。
『昨夜の悲鳴は…アレか』
我は、昨夜、嵐の中で届いた断末魔の叫びの残骸が波間に漂っているのを目にする。
断末魔の叫び、とは言っても、あれは精霊のもの。
人間に聞こえる声ではない。
どうやら、その残骸にリュウガも気づいたらしい。
「難破したのか……」
無残に砕けたのだろう船体の一部が、波に飲まれ、浮かび、再び飲み込まれていく。
「まだ生きてるヤツがいるかもしれねーな…」
リュウガは海賊達に声をかけ、周囲の海への視線を凝らさせた。
確かに、荷箱や樽も漂っているのが見えるから、浮いた荷にしがみついたり、中に入って生き延びている人間がいてもおかしくはない。
色とりどりの衣装が暗い海に沈みかけているのも見える。
「……難破したのは娼船か?………」
海に散らばるきらびやかなモノ。
「シンっ、もっと右へ。あれ、人が乗っている小舟だ」
右舷に立っていたソウシの言葉に、シンが右へ舵をきる。
リュウガも船首から右を見て、ソウシのみつけた小舟を確認した。
「けっこういますね…皆さん無事だったのかな」
左舷に居たトワも、右舷へ駆け寄る。
助け出した小舟に居たのは、女性ばかり。
我の掲げた海賊旗におびえていた彼女たちも、ソウシやトワの笑顔と、くるくると駆けまわって世話を焼くヒロインに警戒を解いていく。
「おい、シン。近くの港までどのくらいだ?」
「昼過ぎには、着きます」
時折、注がれる視線を煩わしそうにシンがリュウガに答える。
「あいつらは、難破した貿易船にたまたま乗っていた旅芸人の一座だったそうだ……礼に歌でも披露してもらうか」
「ご自由に」
シンはそっけなく答えて、舵場に戻る。
リュウガは、遭難者達に白湯を渡しているナギを見て、苦笑した。
ナギも、愛想の一つもなく、はた目からは不機嫌そうに見える。
やがて。
一座の座長だという堂々とした老女が、リュウガに話しかける。
その話を聞いて、我はまじまじとその老女を眺めた。
リュウガは「そういう話は、本人に聞いてくれ」と言って指先で舵場を指す。
老女は静かに首を振って、リュウガに感謝の意を込めて芸を披露すると告げ、一座の女たちの許へ戻った。
しばらくして、我の上で流れる女たちの合唱。
おそらくは聞き覚えがあるのだろうその曲に、シンが複雑な表情で一座を眺めながら舵をとる。ヒロインも流れてきたある曲で、シンを見た。
結局、あの老女はシンに話しかけることもなく港で再度礼と感謝を告げて我から去って行った。
リュウガも、何も言わない。
『あの座長は、昔宮廷に仕え、歌姫エマに様々な曲を教えたそうだ……』
我はそっと、届かぬ声でシンに呟いてみる。
遠ざかる港をふと振り返ったシンが、すこし怪訝そうに後方を眺め、再び前を向いただけだった。


Triangle againへ戻る


   冬至へ