立冬



『なんで僕はいつも、シリウスを追っかける羽目になるんだろうねぇ』
小春日和の入り江にやってきた精霊リカーが、苦笑いをした。
『その逆の時も、たまにあるだろう?』
我も苦笑する。
我は海賊王の船の精霊、シリウス。
我の海賊達は、朝から食料調達を兼ねた木の実狩りで、目の前の島へ上陸していた。
一応、船内に一人。
リュウガが居残っているものの、今は寝ている。
『誰か残っているのかな? 僕の船長くん、そっちへ乗り込む気、満々なんだけど』
『ああ……たぶん大丈夫じゃないか? 居るのは黙認しそうなリュウガだけだ』
『ははは。黙認してくれるんだ? 本当にシリウスの船長は甘いよね』
我に横づけしたリカー号は、船縁に板を渡す。
いつもの黒い服に身を包んだリカーの船長が、周囲をキョロキョロと見て、といかにも不審な動きをしながら我に乗り込んできた。
『あーあ、また簡単に乗りこんじゃった。僕の知る人間の中で、僕の船長くんに一番甘い人間が、シリウスの船長だよ』
『大切にもするさ。ロイという存在が、遺産の一つだからな…』
船長室で薄目をあけたリュウガは、ため息をついて再び眠りにつく。
どうやら今回も、黙認のようだ。
『今回は、どんな計画なんだ?』
渡し板をはずして、我から去りはじめたリカーに聞いてみる。
『うーんとね、彼女を僕のお風呂に招待したいみたいだよ。今朝、温泉の湯を風呂に積み込んだんだよね。じゃあ、合図があるまで僕は身を隠しているみたいだから。僕の船長くんをよろしくね、シリウス』
我に乗り込んだロイは、船室の鍵を難なく開けて、我の風呂場に侵入する。
『…そこで身を隠すのか? 何故また…』
我の声は、人間には届かない。
けれど、ロイの独り言が、我に計画を教えてくれた。
「ここで待っていると、真珠ちゃんがやってきて…こんな風呂に入るよりも、温泉へ…フフフフフ…よし、ロイ様の計画は完璧だっ。しかし、なんだ、この風呂場は。目地が汚れているじゃないかっ」
どうやら、ヒロイン以外の人間が最初に来ることはそもそも想定していないらしい。
そして、何を思ったか風呂掃除を始めるロイ。
丁寧に磨きあげられ、海賊達の誰が掃除するよりも綺麗になっていく風呂場に、我は感心しつつ、成り行きを見守る。
やがて、たくさんの木の実と共に戻ってきた海賊達。
最初に風呂に向かったのは、掃除当番の船医。
風呂場の扉の前で、ふと立ち止まったソウシが呟く。
「困った船長だね。何のために船に残ったんだか…」
溜息をついたソウシが扉を開けると、待ちかねていたロイが喜びいっぱいで扉の前に立った。
「真珠ちゃんっ。シリウスの奴等にこき使われて疲れた体を癒すなら、オレ様の船へ招待しよう。オレ様は、そのために、今朝、温泉のお湯をわざわざ汲んで…きて……」
ソウシがにっこり笑って答えた。
「へえ。そうなんだ。それは嬉しいね。わざわざ温泉のお湯を汲んできてくれたの?」
「な、な、なんで、せ、せ、せ、先生が来るんだっ!?」
「それは、私がお風呂の掃除当番だから、かな。…あれ? 風呂掃除もしてくれたんだね、ありがとう。嬉しいよ?」
「ち、違うっ、これは、ただ…」
ロイのうろたえた大声に、他の海賊達もやってくる。
「なんでコイツが…」
険しい視線のナギやシンに、ソウシが説明する。
「うん。わざわざ、温泉のお湯を汲んで来たリカーのお風呂に、私たちを招待してくれるんだって」
「違う違うっ。招待するのは、真珠ちゃ……」
ロイが反論する前に、ソウシの説明を聞いたヒロインが嬉しそうに言った。
「うわあ。温泉のお湯をわざわざ、汲んできてくれたんですか? みんなを招待してくれるなんて、すごいですね」
「う……。まあ、入りたくない奴は…来なくても……」
途端にロイの口調が大人しくなり、海賊達がそれぞれに静かに笑う。
「シンさん、行きますよね? 温泉なんて、久しぶりですよっ」
「そうだな。せっかくの招待だから、全員で行くのも悪くないな。で、肝心のリカー号はどこだ?」
シンの問いに、呼べば来る…と、ロイがもごもごと言葉を濁す。
やがて隣にやって来たリカー。
『あはは。これって、とりあえず、彼女を招待する、という部分は成功したのかなー?』
縛り上げたロイを我に残して、リカーに乗り込んでいった我の海賊達。
『ロイならここで、さんざん嘆いているが?』
『またまた、可愛そうな僕の船長くんだね。…ねえ、ところで彼女、結局、シリウスの航海士と一緒にお風呂に入っているけど…あまりゆっくりできていない感じだよ?』
『まあ…一緒に入ったら、そうだろうな。リカーの船だから、シンもヒロインを一人にしたくはないんだろう』
『なんか、これはこれで、ちょっと彼女も可哀相だね…それとも、これはこれでいいのかな?』
状況を聞いただけでも、我には、真っ赤になっているヒロインの様子が浮かぶ。
『……いつものことだ』
我は赤く染まる夕焼けを眺めながら、リカーに笑って答えた。


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