秋分
空を走る筋雲が水平線の向こうまで放射状に広がり、まるで雲の扇を広げたような景色の空を作りだしていた。
陽のあたる船首付近の甲板で、座り込んだソウシ。
「ここで実験しているんですか?」
甲板に試験管を並べて座り込み、それぞれを日光に透かしながら中の液体の様子を眺めているソウシに、甲板磨きをしていたトワが声をかけた。
「うん。…ああ、ごめんね、トワ。もしかしてここ、邪魔かな?」
「いいえっ、大丈夫です」
ソウシの邪魔をしないように甲板磨きを続けるトワ。
「フフ…」
少しずつ色を変えていく何本もの試験官の中の液体を眺めているソウシが、笑みを浮かべる。
トワが静かなソウシの笑い声に、ギクリとしたようにその表情を見、慌てて視線を手元に戻して甲板磨きを続けた。
我も、ソウシが眺めている試験官の変化を覗き込む。
この船の精霊である我は、人間たちに感知されない存在。
この船に乗る人間たちが、それぞれに何を為しているのか、全て見聞きして知る存在。
「この配合が、一番綺麗かな…」
ソウシが、一番鮮やかなオレンジ色になった試験官を手にとって呟く。
観ている間に、オレンジ色は赤く変色し、今度はスミレ色へ変貌していく。
『確かに、これが一番の発色だろうな…』
ソウシが作り出した、日光を浴びると色を変化させる液体。
今のところ、利用法は特にないことを、我は知っている。
これは、ソウシが好奇心から始めた実験。
最も鮮やかで多様な変化を見せる配合を確かめているだけの実験。
けれど、何も知らないトワは、どこか愉しげなソウシの笑みに、嫌な予感を抱えたようだ。
「あっ……そうか。試してみようかな。フフフ」
何か思いついた様子のソウシが、医務室へ行き、白い布と裁縫用具を持ってきた。
試験官を並べた甲板で、今度は裁縫用具を広げて何か作りはじめる。
その間に甲板磨きを終えたトワが、船室へ戻っていった。
廊下で擦り傷を作ってソウシを探しているハヤテに出会い、よくわからないけど何かの実験中なので、今はやめた方がいいと話している。
『そんなこともないだろうが…』
廊下の中で交わされるハヤテとトワの会話を聞きながら、我は鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌で針を動かすソウシを眺める。
『まあ…邪魔をしないのが得策か……』
やがてソウシが作り出したのは、白い布で作った一輪の薔薇。
『なるほどな…』
実験に使った薬剤の中で、一番綺麗な変化を見せた液体をその布に含ませる。
布で作られた白い薔薇が鮮やかな黄色に変わり、やがてオレンジへと変色していく。
「さて、どうしようかなー」
立ち上がったソウシが、船尾へ向かうヒロインの姿をみつけて優しい笑みを浮かべた。
「シン公認で渡しておかないと、捨てられちゃうからね…」
くすくすと笑いながら呟いて、ソウシも船尾へ向かう。
ヒロインは船尾でホイッピング作業をしているシンのもとへ向かっているのだから、ソウシの狙い通り、シン公認で渡すことができるだろう。
光を浴びて色を変化させる薔薇。
目を輝かせるヒロインを嬉しそうに眺めるソウシと、どこか憮然としたシン。
微妙な均衡の空気を感じ取りながら、我は筋雲が集う水平線に向かって進み続けた。
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