白露
『また来たのか…追い払われるのが分かっていて、懲りないな』
我の言葉に、精霊リカーが笑う。
『そこが、僕の船長くんのいいところなんだよ』
『相変わらず、忍び込むのだけは、巧いな…』
海賊達に発見されることなく、我に乗り込んでくる、リカー号の船長。
『毎回思うけど、シリウスの海賊達は油断しすぎだよ? こんなに簡単に毎回忍び込めて、大丈夫なのかな』
『お互い様だろう、それは。少なくとも我の船長は、わかっていて黙認しているだけだ』
我は海賊船の精霊シリウス。
リカーのロイが気配も消さずに我に忍び込む度に、それを気付いておきながら黙認している船長がいるのだから、簡単に忍び込めて当然だろう。
そもそも、我の海賊達は、船長であるリュウガの意図を汲み、毎回、追い払うだけなのだ。
決して本気でリカーの船長であるロイを殺すことはしない。
『今日はね、菊人形を届けに行ったんだよ』
『菊人形?』
我も聞いたことのないものの名前だ。
『僕の船長くんの通った後、花のいい匂い、してるでしょ?』
『そうだな…これだけの芳香を纏っていると…隠れる気はないのか?』
我の中を、ヒロインを探して歩き回るリカーの船長。
彼の通り過ぎた後の残り香に、海賊達が次々と気付いて、面倒そうに追う。
「なんだ、ハヤテも気づいたのか」
「当たり前じゃん、なんだ? この匂い…」
シンとハヤテが出会う。
「菊の花の匂いだね」
ソウシも合流して、匂いの先を見る。
「…厨房へ向かったか?」
「厨房ならナギ兄、居るから俺たちよくねぇ?」
「でも面白そうだから、私は様子を見に行こうかな…」
シンとソウシが厨房に向かい始め、ハヤテも仕方なさそうに向かう。
厨房に侵入しようとしたリカーの船長は、鎖鎌を構えて扉を開けたナギに出くわして慌てている。
『どう? 僕の船長くん、無事に菊人形渡せた?』
『既に我の海賊達に囲まれているぞ』
『ああ…やっぱり?』
我の中での出来事を聞いて、笑っている精霊リカー。
『菊人形というのは、リカーの船長が持っている邪魔そうな人の形をした花束か?』
『そうそう。ヤマトの文化の一つみたいだよ。彼女の称賛を浴びるために、自分に似せて菊で作った人形だよ。ああみえて、けっこう苦労して作っていたんだけどね』
『……そうか。我の舵主に踏みつけられて壊れたぞ…』
『ああ、じゃあ、そろそろ僕の船長くん、こっちへ戻ってくるね。今夜も一晩中、全裸で天井相手に語るのかな…』
意味のわからない言葉に、我はリカーを見る。
『僕の船長室、天井に大きな彼女の肖像があってね。船長くん、夜な夜な、全裸になってから、一日の出来事を語っているんだよ。なかなか面白いよ』
『我の海賊達が知ったら、大変なことになりそうだな……』
船の精霊は、船内の出来事全てを把握する。
我が海賊達のなかなか見せない想いまで理解しているように、リカーもまた自分の中で暮らす人間たちの心を知っている。
届けにきたプレゼントを壊され、リカーの船長は我の海賊達に追い立てられて、よくわからない捨て言葉を残してリカーへ戻っていく。
『おかえり。大事な僕の船長くん』
リカーのいつになく優しい声は、人間であるロイには届かない。
『それじゃあ、またね。シリウス』
リカーは黒い帆を風に広げて、ゆっくり我から離れていった。
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