立秋



ハヤテの誕生日に新作料理を準備しているナギの要望で、我はこの大きな港に寄港している。
大きな港は、寄港している船も多い。
当然、精霊の宿る船もいるし、顔見知りの船に会ったところで珍しくない。
海賊達が陸に行っている間、一人で彼らを待つことしかできない我にしてみると、同じ精霊の話し相手がいるというのは嬉しいことだ。
『よう。どこの船かと思ったら、シリウスか。相変わらず、大事にされてるなぁ…。俺なんか、海賊に襲われて傷だらけだぜ?』
以前、別の港で逢ったことのある精霊が話しかけてきた。
確か主に南の香辛料を運ぶことをしている貿易船で、名前もそのままスパイス号だったはずだ。
『この位置から傷は見えないが…海賊に襲われて、無事だったのか? スパイス』
『傷は反対側だよ。擦り傷だらけなんだ。まあ、俺も武装はしているからな。今回は、人間たちも随分怪我していたが、なんとか撃退したぜ。あっちの船には精霊も育っちゃいなかったが、そういやあの海賊、シリウスが倒したって聞いたぞ』
スパイスの言葉に、我は苦笑する。
『そうかもしれないが…ただ海賊というだけでは、どれのことか判らない…精霊の宿らぬ船も珍しくないんだ』
我は海賊王の船、シリウス。
『さすがだねぇ。…結局、乗組員の補充が優先でさ、俺の傷は水漏れもないってことで、このまま修理なしで、また積荷運ぶんだぜ? 昼には出港だとさ…』
『なになに? その船、シリウスっていうの?』
スパイス号の隣から、可愛らしい幼い精霊が顔をのぞかせた。
『シリウス、こいつ、つい最近目覚めたらしいぜ。漁船のヒロイン号だとさ』
『ヒロイン号?』
その名前に、我が目を丸くする。
『おい、ヒロイン。こうみえて、シリウスは海賊船なんだぜ』
『ええっ、海賊?』
途端に、おびえたような様子になるヒロイン。
ヒロインからは、スパイスが海賊と闘った傷が見えるのだろうし、当然の反応だろう。
『心配ねーさ。シリウスは、海賊王の船だからな、俺たちを襲うようなことはしねえんだ。それに、小さな漁船のヒロインを襲う海賊なんかいないだろ?』
スパイスが、我に確認を求める。
『…漁船を襲う海賊……海賊にもいろいろいるから、居ないという保証はできないな』
『こら、シリウス。ヒロインを怖がらせてどうする気だよ』
実際、我は多くの海賊を見ている。
ほとんど武装していない小さな漁船ばかりを襲う困った海賊が居たこともある。
『漁船を略奪するような困った海賊を牽制するために、それぞれの海を航行している特別な海賊船がいるから、大丈夫だよ。この辺りの漁場ならレーゾン・デートルかな…』
『レーゾン・デートル…? 海賊船ですか?』
名前が同じだと、性格や印象も似るのだろうか。
まだ幼く可愛らしい精霊に、我がよく知る一人の人間の仕草が重なる。
『話には聞くけどよ、俺、シリウスとリカー以外に会ったことねーぞ。おっ、積み荷が来たな…』
人間たちが、スパイスに荷を積み込みだす。
我々精霊の言葉は、人間には聞こえない。伝わらない。
『変だな…』
スパイスが自分に運び込まれる荷を眺めながら、呟く。
『どうした?』
『見た目はいつものと同じなのに、中身が香辛料じゃない…武器か? 石? 嫌な感じだな…』
人間たちが何を積み込もうとも我々船にはどうすることもできない。
『ああ…船長、脅されちゃってるよ…乗組員探しに行った陸で、何かあったらしいな。予定変更ですぐ出港だとさ。おい、シリウス、なんとかしてくれよ』
『ムリだ』
隣の船の内部で何が起きていようと、精霊の我には何もできない。
『え? ちょっと。泥棒? きゃー、知らない人たちが、私にも乗り込んできたっ』
どうやら、小さな漁船にも良からぬ人間たちが乗り込んでいるらしい。
ということは…。
「おい、こっちの船も奪っちまおうぜ」
五人ほどの男が、我の舫綱に手をかける。
「おいおい、俺の船をどうする気だ? ったく、ちょっと忘れもん取りに来て、船泥棒に遭うとはな…」
勘が鋭く強運の持ち主、我が船長のリュウガがやってきた。
『本当に、いいタイミングで来てくれる…』
『ついでに俺たちも助けてくれよ』
そう言うスパイスは、舫綱を解かれ、沖に向かってゆっくり進み始めている。
『我の言葉がリュウガに伝われば可能だろうが…』
『やだやだやだーご主人きてよー。連れていかれちゃうっ』
ヒロイン号もスパイスに続いて沖に漕ぎ出す。
「ああっ。おれのヒロイン号っ。泥棒だーっ、船泥棒だっ」
港の奥から、一人の漁師らしき男が走ってくる。
あれが、ヒロインの持ち主らしい。
「ヒロイン号?」
我同様にその名を聞いて目を丸くしたリュウガは、連れ立つように沖に向かう貿易船と漁船を見る。
「こんな奴、さっさと殺っちまって、この船も持って行くぞ」
襲いかかった五人を簡単に地面へ叩き落としたリュウガが、我の甲板を走り、スパイスの船尾に飛び乗った。
『助かるねぇ…って、俺はヒロイン号じゃないって…おい、シリウス、俺がヒロイン号だと思われてるよ。誤解だって、なんとか伝えてくれよ』
『無茶だ。まあ、船心の分かる海賊王だ。精一杯語りかけてみてくれ』
『俺はスパイスだっ。ヒロイン号はあっちの漁船っ。助けてやってくれよっ。俺はともかく、あいつはまだ目覚めたばかりの精霊なんだ。持ち主と離されて粗雑に捨てられたりしたら、あっという間に消えちまうっ』
『やだー。ご主人ーっ』
我は、どうすることもできずに沖へ向かう二つの船を見つめる。
しばらくして。
スパイス号からヒロイン号へ飛び移るリュウガの姿。
やがて、意識を失った三人の男を乗せた小さな漁船ヒロイン号が、リュウガの操船で港へ戻ってきた。
『すごいねー。この海賊っ』
隣へやってくるヒロイン号。
我は、リュウガに礼を言う漁師を眺めながら、嬉しそうにしている小さな漁船に答える。
『すごかっただろう? 彼が海賊王リュウガだ』
『スパイスの声、聞こえたみたいだったよ?』
『勘がいい男だからな…』
声が聞こえたわけではないだろうが、気付いたのだろう。
「船の名前を聞いちまったら、見捨てられねぇからな…」 港の片隅に、リュウガの明るい笑い声が響いた。


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