小暑
張り台に居たハヤテが、身を乗り出して呟いた。
「すげぇ……」
上空で円を描くように滑空していた大鷲が、急速に海面に向かって突き進み、足を海面に入れた瞬間に羽ばたき舞い上がる。
その足には、大きな魚が掴まれている。
我のメインマストの先をかすめるように、魚を掴んで飛び去る大鷲。
青空に堂々と翼を広げ、獲物を誇らしげに持って間近を飛ぶ姿は、確かに見惚れるほどに美しい。
大鷲の鋭い爪に掴まれながら、身をくねらせ、鱗をキラキラと光らせる獲物もまた、残酷なほどに美しい。
我が今、進むのは北の海。
我は海賊船の精霊、シリウス。
「かっこいーじゃん」
飛び去っていく大鷲を見送ったハヤテが、笑顔になる。
『大鷲が狩りをしているということは、海図よりも海岸が近いのか…』
我が大鷲の去っていく方角を眺めるが、陸地の影は見えなかった。
この季節、あの類の大鷲は海岸に住んで子育てをしている。
このあたりがあの大鷲の狩り場であるなら、幼鳥に魚を与え終えた親鳥に、再び会えるかもしれない。
「ナギ兄っ、今のでっけー鳥、何?」
フォアマストに登って切れたロープを編み込みつなぎ直していたナギが、ハヤテの問いに顔をあげる。
「この辺りの島や半島に住んでる大鷲だな」
「あの魚、食うんかな…」
「子に食わせるんだろう。近くまで来るからって手を出すなよ。強いぞ」
「鳥になんか、負けねーし」
ナギが苦笑する。
「勝つとわかっている勝負なんか、やめとけ」
先ほど、大鷲が狩りをした場所をゆっくり通る我。
魚の群れが渦を巻き、触れる小さな水流に、船底がくすぐったいほどだ。
「ナギ兄、下、すげぇっ」
見張り台から見下ろせば、我の左右に煌めく、銀鱗の数々。
ナギも、フォアマストから見下ろした。海面間近で身をひるがえし、我の船体間近で身をひるがえし、泳ぐ無数の魚たち。
「……最高のポイントだな」
残念そうなのは、今、あの魚を捕える事ができないからだろう。
我が通ることで魚たちの秩序がわずかに乱れたようだったが、すぐに揃って向きを変え、群れが一つの生き物のようにまとまって動き、離れていく。
『なるほど、空からでもこの群れは見えるわけか』
陸地も我にとっては未知の世界だが、大空は想像もつかない世界だ。
魚の群れに気づいたトワが、船端から海を見下ろしている。
「こんにちは、魚さん」
トワが差し出した手のひらを、海面からジャンプした一匹の魚が、軽く触れて水に戻っていく。
偶然なのかもしれないが、トワは満面の笑みだ。
たまたま、その様子を見下ろしていたハヤテ。
「トワ、すげぇな…」
我は、命の輝きが溢れる海を、北へ向かって進み続けた。
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