立夏
薫るようなさわやかな風が、海の上を滑って我を後押ししていく。
甲板で洗濯物を干していたヒロインの周りを、軽く渦を巻いて風が通り過ぎていく。
風に吹かれたヒロインが、ふと我を見上げ、微笑んだ。
いや、我が見えるはずはないのだから、我のいる見張り台の方向を見て、微笑んだのだろう。
我は彼女が暮らすこの船の精霊、シリウス。
「子供の日? この船に子供は………ああ、いるって言や、居るわなぁ」
ヤマトでは子供の、男の子のお祝いの日なのだというヒロインの話に、リュウガが意味ありげな視線を海賊達に巡らせたのは、朝食のこと。
「こっ、子供じゃないですよっ。僕だって、ちゃんと一人前の男ですからねっ」
「うん。トワは、ちゃんと頼りになるものね。お酒も飲めるし」
すかさずトワのフォローに回ったソウシ。
「でもよー。大人って20才からじゃねーの?」
ハヤテの言葉に、シンが笑みを浮かべて反論する。
「それは、ハヤテが育った国の場合だろう? 確かに、ハヤテの場合は、20になっても大人とは言い難いな。モルドーでは、18才以上は婚姻可能な大人扱いだ。リースでは、15才以上は婚姻可能だしな。大人扱いされる年齢は、国によって違う。ヤマトではどうなっている?」
「あ、個人差ありますけど…だいたい、男の子は15才くらいで働きに出る人が多いですね。女の子はまた違いますけど…」
微妙に言葉を濁すヒロインの言いにくい意図を察した海賊達が、なるほどと黙って頷く中、トワとハヤテがきょとんとする。
「え? ヤマトの女の子は、大人になる年齢が特別なんですか?」
「女も20才で大人じゃねーの?」
「個人差があって…年齢で決まっていないというか…早い子は13歳くらいで結婚するって話も…」
「13っ? ガキじゃん。いったい、どーいう基準なん?」
「えっと…」
ハヤテの問いに答えにくそうにしていると、意地悪な笑みを浮かべたシンが、ヒロインに言った。
「お前の場合は、15か16あたりだろ?」
「え? なんで知っているんですか?」
「チンチクリンだからな」
途端に、むーっとふくれっ面になったヒロインをシンが更にからかい、うやむやになった話題。
「?」
見張り台にいたナギが、自分を見上げて微笑んだヒロインに気づき、怪訝そうに見返す。
「何か用か?」
わざわざ、見張り台を半分ほど降りてきて、尋ねたナギ。
「あ、すいません。マストにこいのぼりをつけたら、よく泳ぎそうな風だなーって思って…弟が喜ぶだろうなって……。別にナギさんを呼んだわけではなかったんです…」
慌てて謝るヒロイン。
「こいのぼり?」
「ヤマトの、子供の日の飾りなんです。鯉が滝を登って竜になるって伝説があるらしくて、布で作った鯉を空に掲げて風に泳がせるんですけど…」
「…その子供の日の食べ物とか、あんのか?」
「ありますよ。柏餅とか、ちまきとか…あ、今日のおやつに柏餅作ろうかな…でも、柏の葉の塩漬けなんてないですよね?」
「……あるよ」
「ええっ、あるんですかっ!!!」
嬉しそうなヒロインの声と笑顔に、ナギもふと笑みを浮かべる。
『何が役に立つか、本当にわからないな……』
見張り台に戻ってきたナギに、我は届かぬ声をかける。
ナギは黙ったまま、さわやかな風の中で、水平線の向こうへ視線を向けている。
どこか満足げな空気を感じつつ、我は薫風を抱えて青い海を進んだ。
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