春分



青い空に、竜のように細長くうねる雲が横たわっていた。
3日続いている夜毎の宴に、海賊達は欠伸を噛み殺している。
昼下がりの穏やかな風が、波の上の我を運んでゆく。
我は、海賊船の精霊シリウス。
左舷の彼方に、しばらく前から陸地が揺らいで見えていた。
「船長、この先の港へ入港しませんか?」
シンの申し出に、リュウガが不思議そうな顔をする。
「何か急に必要なものでもあったか?」
我にも、補給が必要な物資で思い当るものがない。
「春分の後の満月の直後の日曜日が、今年は明後日になります」
「ああ、明日はちょうど満月だな。明後日は日曜日…。ああ、復活祭か? ……この先の港町は、宝飾したイースターエッグが盛んだったな」
リュウガの呟きに、シンが軽く目を見張った。リュウガが知っていたことが、意外だった様子だ。
そんなシンの表情を眺めて、リュウガがニヤリとする。
「……ヒロインにエッグを贈る気にでもなったか? いや、ルート的に、結構前からの計画だな?」
シンは、答えずに静かな笑みを浮かべた。
今回のルートを決めていたのは、一週間以上前だということを、我は知っている。
「…ま、恋路を邪魔する野暮はしねぇよ。いいぜ、次の港で入港だ」
笑うリュウガも、何か面白いことを思いついたらしい。
シンが、我を陸に向ける。
高揚する空気が、操舵場と船長室に満ち、我に影響を与える。
ソウシが航路が変わった我に気づいて、船長室から出たばかりのリュウガに尋ねている。
「どうしたの? 針路を変えた?」
「ちょっと、明後日の宴の準備しようと思ってな」
「明後日? ああ、もしかしてパスハ?」
「イースターだろ?」
ソウシがくすっと笑った。
「私の育った処の教会では、復活祭をパスハと呼んでいたからね。モルドー帝国だと、イースターなのかな? リュウガもイースターだったの?」
復活祭。
我も会話では幾度かそれを聞いたことがある。
が、実際にその祭りを海賊達が船内で催したことは、まだ、ない。
「…今までの女は、みんなイースターと呼んでたぞ?」
「まあ、パスハと呼ぶ地域では、飾り立てた卵を贈り合う習慣が無いから。リュウガに卵を贈る子達は、必然とイースター派になるね」
「もらったこたねぇな。ねだられたぞ? 宝石をちりばめた卵をくれってな」
苦笑するリュウガに、ソウシは静かに微笑んで話をすすめる。
「で、今回は、ヒロインちゃんに贈るつもりじゃないよね? そういうの欲しがる子じゃないよ?」
「そう怖い目するなって。シンの特権を奪うつもりはねーよ。でも、せっかくだからな。全員、これぞと思うイースターエッグを入手してくるってのも、一興だろ?」
悪戯する気満々のリュウガの表情。
「シンも可哀相に……」
ソウシが、舵の方を見て、ため息交じりに呟いた。
「いーじゃねーか。シンも、ヒロインに渡しやすいだろ? ヤマトには、そんな風習無さそうだからな」
リュウガが、甲板に姿を現したヒロインを見て、目を細める。
昼下がりの風の中、乾いた洗濯物を取り込み始めたヒロインは、我が陸に向かっていることに気づいている様子はない。
「そうだね、そうなると、私も、彼女に渡しやすいね」
どことなく物騒な気配をまとったソウシに、リュウガは苦笑する。
「あまりシンを苛めるなよ?」
「お互い様でしょ、それ」
にっこりと笑うソウシ。
『苦労が尽きないな、我の舵主は……』
船長と船医。
航海士が、信頼と敬意を示し、滅多に逆らうことのない二人。
我は、操舵輪を持つシンの横に降り立ち、彼と同じ方向を見る。
水平線と天空線の狭間に見える、大地。
「チッ……また、ろくでもないことを考えていそうだな…」
シンが不意に呟く。
あの二人の会話は聞こえないだろうが、雰囲気で感じ取るものがあるらしい。
『……まあ、いつものことだ』
我は、人には届かぬ声で答えて、陸に向って海面を駆けた。


Triangle againへ戻る


   清明へ