彼岸



ベッドで目覚めたトワが、ため息をついて立ち上がる。
数日前からため息の多いトワには、海賊達も気づいているが、いつもと変わらず接している。
「おい、甲板掃除、一緒にやってやるから、終わったら一緒に剣の練習しようぜ」
いや、いつもと少し違う者が一名。
ハヤテは、やたらとトワに話しかけて、あっちこっちとトワを引っ張り廻していた。
「…ありがとうございます」
くすっと笑ったトワが、素直に礼を言って我の甲板を磨き始める。
我は彼等の暮らす船の精霊、シリウス。
シンはトワよりわずか前に目覚め、調整したロープをビレイピンに留めながら、甲板を磨く二人を黙って眺めた。
厨房ではナギが火を入れ、湯を沸かし始めている。
欠伸をしながら船長室から出たリュウガが、食堂に向かって歩きながら甲板を磨く二人と、少し離れた場所で二人を立って眺めているシンを見た。
「愛されてるねぇ…」
ぼそりと呟きながら、食堂の扉を開ける。
『ハヤテにとっても、シンにとっても、おそらくナギにとっても、弟のようなものだからな、トワは…』
応じた我の声は、人間には届かない。
「船長?」
厨房から、意外そうなナギの声。
「おう。何かあったけぇ飲み物、くれ」
夜通し飲んで徹夜明けだと察したナギが、手早く野菜を細かく刻み、さっと炒めた中へ湯を注いで即席のスープをカップ一杯分作った。
「ほう…この時間でスープが出てくるとは思わなかったな」
カップを受け取って目を細めたリュウガに、ナギは口元を緩めただけで、再び調理に戻る。
「鎮魂の方法はいくらでもある。忘れるのも一つの方法だが、身内を忘れろってのがそもそも無理な話だな。語る鎮魂もあると誰か教えてやったらどうだ?」
リュウガの言葉に、ナギが顔をあげた。
「……トワですか?」
「ソウシには、ちょっと荷が重いネタなんでな。ハヤテやシンにも、まだ無理だ。俺じゃ無駄に委縮させちまう」
「俺かヒロインというわけですね?」
トワが繰り返すため息の理由を悟っていたリュウガ。
おそらくは、トワの育ての親が亡くなった時期なのだろうと、我も察している。
バタバタと走る音がして、ヒロインが厨房へ駆け込む。
「おはようございますっ……あれ? 船長? 珍しいですね」
ヒロインが来るだけで、厨房も食堂も、空気の彩りが変わる。
「あ、ナギさん、今日からお彼岸ですよね? 今日のおやつに、牡丹餅作りたいのですが…」
「お彼岸?」
リュウガが片眉をあげた。
「はい。あれ? 船長、知りません? お彼岸といって、春と秋に、命日の分からないご先祖様を供養するんです。春は牡丹餅、秋は御萩を食べるんですよ」
ヒロインの言葉に、リュウガが笑いだす。
「船長?」
不思議そうなヒロインが、リュウガを見た。
「よし、ナギ。今日はお彼岸の宴を開くぞ」
「えぇぇっ? お彼岸の宴なんてやるんですか? まさか、七日間?」
「なんだ、お彼岸というのは今日だけじゃないのか?」
「はい。今日から七日間がお彼岸ですけど…」
「よしっ、なら、今日から七日間、毎日お彼岸の宴だ。ナギ、準備頼むぞ。いやあ、早起きは得だっていうのは本当だな」
飲み干したスープのカップを置いて、リュウガが立ち上がる。
「おまえは…タイミングがいいんだか、悪いんだか……」
ナギが苦笑しながら、きょとんとしているヒロインを見た。
甲板では、トワとハヤテが剣の練習を始めている。
舵をとるシンに、リュウガが大声で告げる。
「おいシン、今日から七日間、お彼岸の宴をやることにしたからなっ。そのつもりで船をすすめてくれ」
「…お彼岸の宴?」
訝しげなシンの言葉には答えず、欠伸をしたリュウガが船長室へ戻り、寝転がる。
聞き慣れない言葉に対する海賊達のさまざまな疑問があちこちで生じ始めた我の中。
リュウガの心地よさそうな寝息に、我は苦笑した。


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