啓蟄



「きゃあぁぁっ」
我の体内に、ヒロインの悲鳴が響いた。
海賊達が、何事かと悲鳴のした厨房を気遣う。
シンは舌打ちして舵を固定し、早足で厨房へ向かう。
『大丈夫だ。心配するようなことじゃない』
船の精霊である我の言葉は、人に届かない。
我はシリウス。海賊達の乗る船に宿った精霊。
現在、盛大な溜息をついているナギ同様、シンも大きなため息をつくことになるだろう。
珍しく、リュウガが騒動の匂いを嗅ぎとったか、シンより少し遅れて厨房へ向かった。
「ったく…変な声出すな」
ナギがヒロインの落とした野菜と包丁を拾う。
「す、すいません、ナギさん…」
「さっさと手を洗って、そっちの大根をイチョウ切りにしろ」
ヒロインが頷いて手を洗っていると、扉の前で一呼吸置いたシンが、扉を開けた。
「今の人騒がせな悲鳴は何事だ?」
「あ…シンさん……すいません、たいしたことじゃなくて…」
シンの視線が、ナギに向く。
「コレだ」
いつになく不機嫌なナギは、先ほどまでヒロインが手にしていた野菜をシンへ放り投げた。
普通に投げられた野菜を受け取ったシンが、手の感触に眉根を寄せる。シンの掌にねっとりとついた液体は、野菜のものではなく…。
「ったく。あの八百屋……」
籠に用意した同じ野菜をいくつか適当な場所で切断したナギが、小さく呟いた。
「どれも中に芋虫が入っている…」
「…ナギ、貴様…」
半分に切れた緑色の芋虫が手に貼りついたシンが、ナギを睨みつけた。
ナギがどの芋虫も切断してないのは、流石と言うべきなのだろうか。
二人の放つあまり良くない感情が、我に浸みる。
「なんだなんだ、二人して殺気みなぎらせて、女の取り合いか?」
リュウガがひょい、と顔を出して二人の持つ野菜と、ある意味元凶になっている野菜の中に巣くう大きな緑色の芋虫を見た。
「おっ、いいモン入ってるじゃねーか」
途端にリュウガの表情が笑顔になる。
「ナギ、それ、エメラルド蛾の幼虫だな? よく知ってたな、調理法」
「?」
怪訝な顔をしたナギに、リュウガがなんだ知らなかったのか、と落胆する。
「そいつを半日ほど海水につけて、小麦粉まぶして、油で揚げてくれ。酒のつまみに絶品だぞ」
「え? その虫、食べるんですか?」
驚いたヒロイン。
「なんだ? ヤマトにも虫を食べる料理がなかったか? 確かロイが、言ってたぞ。イヤコとかハチコとか…」
「もしかして、イナゴとハチノコですか? 山間部には昆虫の姿煮を食べる風習あるって聞きましたけど…」
我の記憶では、ロイの故郷はヤマトのトガクレという場所だった筈だが、それがヒロインの言う山間部なのかどうかは、船であるに我には未知のものだ。
シンが厨房に入り、ヒロインの横で手を洗う。
「つまり、お前は野菜の皮を剥いていて、中の虫を切断した程度であの人騒がせな悲鳴をあげたわけだな?」
「あ、はい…」
溜息をついたシンが、野菜の中でモゾモゾと蠢く芋虫を眺めてしばらく考え込んでいるナギを一瞥して、厨房を去る。
「まあ、騙されたと思って調理してみろ。昔、俺の行った村では、子供が生のまま食っていたが、それは流石に抵抗あるわな…生でも美味いって話だったが…」
「生…って、生きたまま……」
更に眉間にしわを寄せて、芋虫を睨みつけるナギを残して、リュウガも厨房を去る。
『試すのか?』
ナギが芋虫を一匹つまんで、じっと見つめる。
その様子を、息をつめて見守っているヒロイン。
厨房に渦巻く緊張。
やがてナギも海水を汲みに厨房を後にし、蒼白な表情のヒロインが一人、トントンと大根を刻み始める。
我は感じ取ったいろいろな思いに苦笑しつつ、海の上を滑り続けた。


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