雨水



雪の降る地域にある港だったが、降り始めたのは霧のような雨だった。
ただ、ひどく温度の低い、冷たい雨。
港に停船している我に、ナギとトワが樽をいくつも積み込んでいる。
我は、シリウス。
海賊王リュウガの船に宿った精霊。
ふと、船倉を見渡したナギが、航海室に向かう。
航海室では、海図を確認していた航海士のシンが、降り始めた雨を見上げて、ため息をついていた。
我の操舵場に屋根はない。
食料の補給が済み次第出港することにしている海賊達。
出航の操舵をするシンは、この冷たい雨に濡れることが決まっている。
雨を嫌うシン。
「どうせなら、雪が降ればいいものを…」
恨めしげな独り言を聞くのは我しかいない。
ノックしたナギが、そんな航海室に顔を出した。
「早いな。もう積み込み終わったのか」
「いや。いつもの場所だけじゃ、樽が置ききれなくてな、来てくれ」
航海士であるシンは、我の航行に関する部分を多くとりしきる。
積み荷の重さよりも、置き方が、航行を大きく左右する我。
「トリムか。わかった」
積み荷の調整や帆の調整などの船の航行を左右する調整を、シンはトリムと称する。
シンが、ナギと共に船倉へ入り、見渡した。
「あとどのくらいある?」
ナギが手前の樽に手をつく。
「コイツと同じのがあと三つ」
「中身は?」
「酢と醤油、あと味噌だ」
「酢に醤油と味噌?」
「悪いな。樽買いが安かったんでな…」
苦笑したナギに、シンが更に階下を覗き込んだ。
「どれも、そうすぐに終わるものじゃないな。下で動かすから、調味料はこっちへ」
左舷側をナギに支持して、シンがトワを呼んだ。
ナギが樽を置くと、ほんのわずか、我の身体が左へ傾ぐ。
「下のバラスト五つ、一番左舷から右舷へ移動だ」
頷いたトワが、最下層の船底に入り、敷き詰めた石袋を移動する。
シンの指示通り五つ目の石袋を移動すると、我の身体は再び安定した。
『さすがだな。樽の大きさと中身を見ただけで判じたか…』
我の声は人間には届かない。
「これで終わりか?」
「ああ。あとは軽いのばかりだ」
頷いたシンが航海室へ戻っていく。
「すごいですね。この三つの樽と石袋五つが同じ重さだとわかっちゃうなんて…」
船底から上がったトワが、我と同じ感想を言う。
「お前…手を洗って来るまで積み込みするな」
トワの黒く汚れた手。そうそう頻繁に動かすことのない場所のバラストは、かなり汚れていたようだ。
慌てて手を洗いに走るトワ。
「…観察眼だろうな」
ナギがポツリと呟いて、樽の一部をポンと叩く。
『そうか…シンはその表記を読んだのか』
樽に刻印されている大陸の文字は、どうやら容量と重さを表記しているらしい。
冷たい雨に打たれながら、我は静かに出港の時を待つのだった。


Triangle againへ戻る


   啓蟄へ