有明



日の出に先駆けて前に空にかかる月は、細く薄く、今にも消え入りそうな輝きを放つ。
実際に、夜が明けて、太陽の光が強さを増せば、月齢28間近の月は簡単に青空に溶けて消えてしまう。
見張り台にいるナギが、そんな儚げな月を先ほどからじっと見つめている。
我は、ナギの傍らに降り立った。
『あの月に、何か思い出でもあるのか?』
我はこの海賊船の精霊、シリウス。
ナギに我の声は届かず、姿も感知できないことは承知している。
それでも、尋ねたくなる何かが、あった。
溜息をついたナギ。
切ないような、悔しいような、不可解な想いが触れた手すりを通して我に伝わる。
ヒロインへの恋心とは、少し違う。
やがて、目覚めたシンが甲板へやってきた。
風向きや天候の確認を始めたシンに、見張り台を下りたナギが、朝食の準備をすると短く告げて、厨房へ消える。
その言葉や雰囲気に、シンも何かを感じ取ったようで、黙って後姿を見送った。
『シンは知っているのか?』
船体内での出来事ならば、我は、海賊達の全てを把握している。
だが、陸へ行った彼らに何が起き、どんな会話を交わしたのかまでは、我の与り知らぬこと。
彼等が船上で語らない限り、我には知ることができない領域。
我がこの船の精霊である以上、仕方のないことではあるが、時折それがもどかしい。
シンに起こされたヒロインが支度を終えて厨房へ向かっている。
いつものように、軽やかな足取り。
「おはようございますっ。ナギさんっ!」
明るく元気なヒロインの声に、それまでナギを包んでいた憂いが消えていく。
「? どうかしました? ナギさん」
「いや…。朝から元気だな。……卵、溶いてくれ。だし巻き卵作る」
ナギの言葉に、ヒロインは嬉しそうに卵とボウルと菜箸を準備しはじめた。
「そういえば、今朝、面白い夢を見たんですよ。寅猫と黒猫が、シリウス号のマストにいつの間にか登っていて、みんなでその猫を捕まえようと頑張るんですけど、なかなかつかまらなくて。みんなで甲板に出て、上を見上げてどうやって捕まえようって考えていたら、ナギさんが焼き魚を持ってきてですね。ところが、猫にやるのはもったいないってハヤテさんが食べちゃって。それでナギさんが怒りだして……」
とめどなくヒロインの夢の話が続く中、調理しながら黙って聞いているナギの口は始終笑みを浮かべている。
「あ、次、このネギを刻みますね」
「ああ。……で、いつのまにか猫が何に変身したって?」
珍しく、話の先を促されたヒロインが、くすくすと笑いながら続きを話し出す。
「それが、やっと捕まえた寅猫はファジーさんになっちゃって、じゃあ、まだ捕まらない黒猫の正体は、とみんなで想像して…」
ヒロインの話に重なる、ネギを刻む音。
この調子では、先ほど気になった不可解な想いの正体を我が知ることはできないだろう。
我は再び意識を甲板に戻す。
掃除するトワ。舵を握るシン。見張り台で消えゆく有明の月を眺めているハヤテ。
毎日が同じことの繰り返しのようで、決して同じにはならない、海賊達の一日が今日も始まっている。
「はらへったぁ…朝飯、何かなぁ…」
ハヤテの呟きを感じ取りながら、我は夜が明けて青さを増していく海をゆっくりと進んだ。


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