舵星



北半球で航海の指標となるのは、北極星。
その北極星を見つける指標は、柄杓星と錨星。北斗七星とカシオペア、という別名もある。
月のない星空。
輝く星を、甲板でトワが見上げている。
我は、海賊船の精霊、シリウス。
一番年下の、海賊見習いであるトワは、何事も一生懸命で意欲的なところが、特に海賊達に可愛がられている。
「どうした?」
舵を固定したシンが、星空を見上げているトワに声をかけた。
「もしかして、かなり北に来ていますか?」
「……どうしてそう思う?」
「錨星の位置が、ずいぶんと高いですよね…」
シンが、ああ、と納得したように相槌を打って同じように空を見上げた。
「そうだな。一昨日までいた場所からすると、かなり北へ進んだからな」
「でも、あまり寒さを感じませんよ?」
「今回は暖流に乗っているからな。どちらにしても、この辺りはまだ夏だ。それほど寒くはならない」
そうなんですね、と素直に納得するトワを、シンは感心したように見る。
「あの…何か?」
「星座を見て、緯度の高さを判別できるようになったな?」
「はい。毎日のように眺めていますから」
同様に、見張り台から日々海と空を見ているハヤテは、興味もないのか、星座の位置や様子の変化はほとんど気にとめない。
「海の雰囲気だけで、どの大陸の近くか判別できるようにもなっただろう?」
「そうですね。自信ないですけどなんとなく…」
「一年ちょっとで、それだけ判るようになれば、たいしたものだ」
珍しく、穏やかな声で笑みを浮かべるシン。
どことなく、照れたようにトワは、シンに訪ねる。
「あのー。前から不思議だったんですけど、どうして北極星の小熊座と北斗七星は、同じような形をしているんでしょう?」
「さあな。海の女神カリプソーがオデュッセウスに与えた目印だからかもな」
「? 海の女神カリプソー?」
シンの言わんとする伝説を知らない様子のトワ。
「…海の女神カリプソーは、二つの革袋にぶどう酒と水を詰め、穀物とご馳走を袋に入れて、そよかぜを送った。オデュッセウスは喜んで帆を張った。女神カリプソーはオデュッセウスに命じた。空に輝く雄牛と牛飼い、そして大熊の七つ星を左に見て海を渡るように……ホメロスの有名な叙事詩だが、聞いたことないか?」
「初めて聞きました。北斗七星を左に進むということは、東へ進んだ、ということですか?」
航海の知識が、自然と身についているトワに、シンだけでなく我も目を見張る。
「…そうだな。東に進んだことになる。あの七つ星は、昔から大切な舵の指標の一つだったから、舵星として、一つ一つに名前がついている」
「名前まであるんだ…」
こういう時にトワが見せる興味と好奇心いっぱいの眼差しは、どこかヒロインに似ている。
北斗七星の星、一つ一つについている名前というのは我も初めて聞く。つい、トワと一緒になってシンを見た。
といっても、彼らに我の姿は見えていないのだが。
「杓の柄の先端部分の星から順番に、アルカイド・ミザール・アリオト・メグレス・フェクダ・メラク・ドゥーベ、だ。別の大陸では、破軍・武曲・廉貞・文曲・禄存・巨門・貪狼という呼び名もあるな」
「…難しいですね。僕、とても覚えられそうもありません…」
聞いてすぐに、しょんぼりして答えたトワに、珍しく、シンがクスクスと笑う。
「覚える必要はない。つまり、どの大陸の人間たちも、重要な物には、特別に名前を付けたがる、ということだな。おまえが倉庫で可愛がっているネズミに名前をつけているのと一緒だ」
「……え? し、知っていたんですか?」
トワが、慌てはじめる。そういえば、トワは海賊達の名をネズミに当て嵌めていたか…。
「次からは、もっとマシな名前をつけるんだな」
「す、すいませんっ……」
頭を下げてシンに謝るトワ。
我は、フォアマストのてっぺんに立って、先ほど聞いたばかりの星の名前を反芻する。
月が昇るのは夜明け近く。
まだ暗い空には、たくさんの星が輝いている。
波の砕ける音。
船体を運んでいく潮の流れを心地よく感じながら、我は先ほど聞いた十四の単語を記憶の中に留めた。


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