残月
朝の明るくなっていく空に、白く細い月が溶けていく。
前方に見える無人島に向かって、我はゆっくりと進んでいた。
1年ほど前に訪れたことのある無人島。その近くに、朽ちかけた船影が見える。
乗組員もいない朽ちかけた船に、精霊の気配はない。
我は海賊船の精霊、シリウス。
深く濃かった海が、島に近づくにつれて、色合いを淡く変えていく。
『足下に砂が混じっていないか…』
我の声が聞こえたからではないだろうが、シンが舌打ちして舵を一気にきった。
「思った以上に浅かったか…」
辛うじて座礁を避けた我。
あと一瞬遅ければ、我は方向を変えることもできなかったかもしれない。
我がかき乱した水の流れによって、巻き上がった海底の砂。
おそらく、座礁すれすれの場所だったはずだ。
シンの海図ではここまで浅くなかったと、我も心得ている。
先程まで正面にあった島を横に眺める我。
以前は、あの島のもっと近くまで行けたことも、我は覚えている。
「あれは、やっぱり、座礁した船か……」
残骸に目をやって、シンが呟いた。
何があったのか知らないが、短期間で海底の地形が大きく変化したようだ。
その判断力と機転は、さすが海賊王の認める航海士、といったところだろうか。
「どうした?」
急な進路変更に、その海賊王リュウガが甲板にやってきた。
「海の地形が変わったようです。この辺り、かなり浅くなっているので、これ以上近づくのは、無理かと…」
シンの言葉に、リュウガは仕方ねえな…と島を眺めて呟いた。
「よし。とりあえずここで、アンカーだな」
アンカーと呼んだ碇を下ろしたシンが、驚いたように残った鎖を見る。
海底が砂地で幸いした。岩場なら、この場所でも座礁していたかもしれない。
我の船底と海底の距離は、碇一つ分程度しかない。
「シン、どうする?」
「船に残って、もう少し沖へ移動します。ここも、潮が引いたら座礁するので…」
「ああ。じゃあ、任せたぞ。野郎ども、行くぞ」
リュウガの掛け声で、ナギが黙々と小舟のテンダーを海面に下ろした。
他の海賊達が、小舟に乗りこむ。
「あ、あのっ…。私も、船に残ります」
ヒロインの言葉に、海賊達の微笑と苦笑が答えた。
シンが残ると言った時点で、ヒロインも船に残ることは暗黙の了解。そのことに、気づいていなかったのは、本人だけだろう。
他の海賊達が、島に向かってオールを漕いでゆくのを見送ったシンが、碇を引き揚げる。
「ヒロイン、バウスプリットにラテンセイルを張れるか?」
きょとん、としたヒロインが、シンを見た。
『何をするのか伝わっていないぞ…』
我の言葉は、二人に届かない。が、碇を固定しながら、言葉が理解されていないことに気付いたシンは、言葉を、ヒロインの理解範疇の言葉に置き換える。
「船の一番前についている、三角の帆を、広げられるか?」
「あ、あの三角形のやつですね。はい。広げてきます」
ようやく理解できたヒロインが、船首へ駆けていく。
今回のように、我は時折、深さが足りずに近づけない島に出会う。
我は遠くから眺めるだけの島…のなんと多いことか。
「地形が変化したからには、この辺りの水深を測り直しだな…」
常に、正確な海図を求める優秀な航海士は、我を海底まで2メートルぼど余裕のある場所まで導くと、忙しく海図に必要なデータをとりはじめた。
『こんな時、小舟が羨ましくなるな…』
我は、少し恨めしい気分で、浅瀬の続く淡い海を眺めた。
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