月待
有明の月が輝く早朝に、港に碇泊した我。
海賊達が誰も居なくなった船が、我の身体。
我は、海賊船の精霊、シリウス。
この港には、顔見知りの船は見当たらない。未だ精霊の宿らぬ船や、宿ったばかりの船が多い。
『嵐って、本当に怖くてさぁ…』
船体に傷を負った船の精霊が、得意げにそんな話をしているのを、我は黙って眺める。
帆を全てたたんで商船のふりをする我。
海からやってきた雨雲が、港の上に雨を降らせる。
『これはまた…面白いな…』
我は、わが身を見渡して、不思議な気分になる。
海賊達が戻ってきたら、どんな反応をするのだろうか。
ちょうど、我は、雨の境目に碇泊しているらしい。
雨は、我の海側後方半分だけに降り注いでいる。メインマストから港側前方は、濡れていない。
港町にも、雨は降っていない。
ほどなくして。
片手で器用に食材の紙袋を抱えたナギが、戻ってきた。
甲板の途中まで流れる雨水に、ふと足を止め、訝しげに雨に濡れる厨房の入口を見る。
「………」
面倒そうに紙袋を抱え直し、ナギは厨房へ駆けこんだ。
淡々と中身を確認しながら冷蔵庫に詰めている。
『反応なしか…』
せっかく、こんな稀有な状況だと言うのに、ナギにとっては、どうでもいいことのようだ。
次に戻ってきたソウシも、大した反応は見せずに医務室へ入ってしまった。
ハヤテとトワが、沢山の荷物を持って戻ってくる。
「雨?」
「降りはじめたのか?」
トワの呟きに、ハヤテは上を振り仰ぐ。
「いえ…甲板見てください。向こうだけ、降っているみたいです…。珍しいですね」
「ってゆーか、コレ、さっさと運びこもーぜ」
興味無さそうなハヤテの反応に、トワは珍しそうに甲板を見渡したものの、船倉へ入ってゆく。
『人にとっては、驚くことではないのか…?』
我が、自らの身に起きているから、稀有と感じるだけなのかもしれない。
我が身上に在る、雨の境界線。
「えーっ。すごーいっ。シンさんっ、船長っ、見て見てっ! 向こう側だけ雨降ってますよっ」
我の気分を代弁するかのような歓声が、ようやくやってきた。
ヒロインの言葉に、彼女の左右にいたシンとリュウガが我を見る。
濡れた舵と操舵場に目をやり、舌打ちするシン。
「面白いことになってるじゃねーか。いい場所に、停めたな、シン」
笑い出すリュウガ。
「……出発は、予定どおりですか?」
恨めしげに確認するシンに、リュウガは笑ったまま答える。
「明日までに大陸の東岬に着くなら、出港遅らせても構わないぞ?」
「…………。予定から1時間遅れでお願いします」
「おう」
雨も気にせずに、船長室へ歩いて戻るリュウガ。
雨を嫌う我の舵主。
『確かに、この雨は1時間もすれば止みそうだな…』
境界線へ手を差し出して、もの珍しそうに空を見上げるヒロインの額を、シンが小突く。
「ほらっ。遊ぶのは、まず、荷物を置いてからだ」
やがて、シンの予想通りに雨はあがり、我は港を後にする。
「シンさんっ、シンさんっ。虹ですっ!」
明るく元気な声に我も振り返れば、港町にかかる虹。
濡れた舵を持つシンの口元が、優しく緩む。
大陸を回りこむように海を進む我。
シンが昨日から行っているのは、天体に頼らない地文航法。
常に、大陸が見える位置で進む我からは、随分と長い間虹が見えていた。
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