月代
月が空に昇る直前、太陽ほどではないが、夜空が薄明るくなる。さかやき…月代と呼ばれる現象。
見張り台にいたソウシが、暗い海に浮かぶモノを見つけた。
甲板を見下ろして、左舷に立っていたリュウガに声をかける。
「4時の方向に、小舟が見えるんだ…」
リュウガが、右舷に移動して、わずかに後ろになる、4時の方向を見る。
「…なんだ?」
夜空をうっすら染めていた月が、水平線の向こうに姿を現し、海面に漂う小舟の影を照らしだした。
「…人……か…」
リュウガの呼び声で、海賊達は、小舟を我の上へ引き上げた。
我は、血に塗れた小舟をそっと撫でる。
希望と絶望。想いがたくさん刻まれた小舟。
この海賊船の聖霊である我は、人には見えず、触れられず、声も届かない。けれど、人が知ることのないものを知ることもある。
まだかすかな温もりを残す子供の脈に触れたソウシが、悲しげに俯いた。
小舟にいた母子。母親はとうに冷たくなっていたが、抱かれたまだ幼い子供は、しばらく前までは命を保っていた様子だ。
小舟に刻まれたのは、商船の印。
「難破じゃねーな……襲われたか」
背中に刀傷の残る母親を、リュウガは感情のない目で見おろした。息絶えた子供の首にかけられていたペンダントを、そっと外して眺める。
「え? 死…? そんな……ひどい…」
医務室からタオルを持ってきたヒロインが、立ち尽くした。
シンが舌打ちをして、リュウガたちに目くばせし、ヒロインを連れて船室へ姿を消す。
「間違いなく、同業者の仕業だな…」
吐き捨てるように言ったリュウガは、トワを見た。
「トワ。船倉から、シーツと重り、縄を持って来い」
「は…はいっ」
トワが船倉へ走る。
「ソウシ……悪いな、包んでやってくれ。ナギ、弔いの酒の準備を。ハヤテは、この船、捨てろ」
準備を整えた海賊達は、母子の遺体を水葬する。
静かなやるせなさが満ちる我が船内で、ただ一人、涙を流して悼むヒロイン。
海賊達の抱える想いは、複雑なことこの上無い。
それぞれが、多くの死を見送り、創り出し、掻いくぐってきている。
小舟に一縷の望みを託した母子。
ソウシの見立てでは、我があと半日早く彼女たちに出会っていれば、少なくとも子供は助かっただろうという。
生と死が常に隣り合う海。
二人の遺体は、海賊達の一人一人に、さまざまに写っているのが、我には見える。
海賊達は重りをつけた遺体を、ゆっくりと暗い海へ沈めた。
祈りの言葉も何もなく、沈黙だけで行う海賊たちの水葬。
「さあ。終わりだ。それぞれの持ち場へ戻れ」
リュウガが沈黙の終わりを告げて、踵を返す。
「あれ? 船長、それ…」
リュウガの手にあるペンダントを見たヒロインの言葉。
「ああ、俺達は、所詮、海賊だからな」
自嘲的に言って、船長室へ消えるリュウガに、不満そうなヒロイン。
シンが、溜息をついて、ヒロインを部屋に連れ戻す。
死者が遺した形見。もしもこの先、あの母子の身内に出会うことがあったら、リュウガは迷わずあの形見を渡すのだろう。
そして、殺したのは自分だと、優しい嘘をつくに違いない。
身内や愛する者を突然殺された場合、それでも生きていくには、憎む相手が必要なことをリュウガは知っている。
慰めなどよりも、復讐の方が生きる糧となることを、リュウガが集めた仲間達は体現している。
室内では、リュウガが遺品を一緒に埋葬しない理由を、ヒロインに語っているシン。
我は、シリウス。
海賊王の船。
いびつな月が、天頂へ向かい、我は月光を浴びながら、静かに海を漂った。
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