望



今夜は満月。 月夜の宴が始まる。
我は、集まった海賊達に加わって、宴の気分を楽しむ。
海賊船の精霊、シリウス。それが我。
人には感知されない存在ではあるが、それでも、船長たるリュウガや、航海士であるシンなどは、偶然にしてはできすぎるほどに我の意思を読み取る。
そして、動物と心通わすトワも、時に我を感じ取る。
「宴って、楽しくて好きです」
ニコニコと笑いながら、トワが準備を手伝っている。
「そういえば、トワくんて、酔っ払っても、いつも楽しそうだね」
ヒロインの言葉に、トワは笑顔のまま答えた。
「最初の頃は、それほどでもなかったんですよ。今だから言っちゃいますけど…無理やり楽しい気持ちになろうとしていた時も、あったんですよ?」
「え? そうなの?」
我は知っている。トワもまた、悲しみと冷たい闇を抱えてこの船にやってきたことを。
一人の時に、短剣を取り出して眺める瞳の色は、シンやハヤテが隠し持つものと同じ闇色。
トワの中に燻っている、リュウガの虚無や、ソウシやナギの慟哭とは明らかに異なる、闇の炎。
「ヒロインさんが来てからですよ? 宴が毎回本当に楽しくて、待ち遠しくなったのって。1年経って、だんだん、たくさんお酒が飲めるようになってきた、というのもあるかもしれませんけど」
「あっ。よく言うよね? お酒って酔うたびに強くなるって。本当なのかな?」
「僕はそれ、本当だと思います」
我は、以前、シンとソウシが話していたことを思い出す。人の体内で酒を分解する力は、筋肉トレーニング同様に、組織破壊を繰り返すたびに、自己防衛機能として高まっていくらしい。
「そっかあ…私も、酔っ払えば、だんだんお酒をたくさん飲めるようになるのかな?」
ヒロインの言葉を、トワは困ったように聞いている。
「今夜は、私も酔うくらい飲んじゃおうカナ…」
「……それは、シンさんに相談したほうがいい、と思います」
微妙に変わった、トワの語調。
「シンさんに相談しても、すぐダメって言われちゃいそう…。トワくんは、好きなだけ飲めていいよね」
ヒロインの言葉に、ふと、我はトワの意外としたたかな面に気づく。
宴が始まると、以前には無かったペースで酒を飲み、酔っていくトワ。
我以外に、そんな些細なことに気づく余裕のある海賊はリュウガくらいだろう。
結果として、酒に弱くてあっという間に酔うガキ、の立場にあえて居続けるトワ。
動物と心を通わせることができるような感性の人間が、人々の間に渦巻く様々な想いの模様に疎いはずがない。
我から見れば、トワは海賊達の様々な事に気づいているが、黙し関せずの立場にいる。
『あぁ、わかったぞ。酔ったことを免罪符に、周りに甘えられるから、トワは宴が好きなのか』
酔ったトワは、やたらとヒロインに絡む。
敏感なシンは、舌打ちして度々引き離すが、それだけだ。
トワが酔っていることで、シンも許している。
『酔っている間の記憶も、ないわけでは、ない、ということだな』
気付いてしまうと、この上なく面白い。
大人の海賊達が織り成している恋模様とは、明らかに別次元。
そういえば、ソウシやナギも、酔っているトワには格別に優しい。
ヒロインに至っては、酔ったトワにあれこれと世話を焼こうとする。
『まあ、ヒロインが来るまでは、どの男たちも、お前の明るさやひたむきさに少なからず救われていたからな…』
我がトワの肩に触れる。
「あれ?」
「どうしたの? トワくん?」
「なんか、誰かに肩を叩かれたような気がして…」
我は苦笑して、準備を続ける二人から離れる。
まだ、月が出るには時間がある。
どことなく浮ついた空気の満ちる我は、波間を、ゆっくりと進む。満月を待ちわびて。


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