十六夜



ヤマトには、七夕という行事があるのだという。
ヒロインが飾りを作って、我のところどころに装飾を取りつけている。
我は、海賊船の精霊、シリウス。
我の船内のあちこちに取りつけられているが、些細な装飾のためか、ヒロインがしたことだからか、文句を言う海賊はいない。
それどころか、装飾を見て、皆、似たような笑みを密かに浮かべている。
海賊船に飾りだなんて、と。
たまには悪くない、と。
何日か前、本来は笹の枝に飾るのだが、笹がないので船内に飾りたい、邪魔にならないようにする、と言ったヒロイン。
容認した海賊達は、折り紙で作られた小さな提灯や網簾などが、控え目に飾られているのをあちこちで見つけては、温かな想いを我に満たす。
唯一、たまに眉をひそめているのは、彼女の恋人であるシンくらいのものだ。
七夕には、素麺を食べるとヒロインが言ったので、ナギは今夜の夕食に素麺を用意した。
付け汁には、出汁つゆだけでなく、胡麻だれや肉みそだれ、トマトソースだれなど、各自の好みや趣向に合わせたものを用意して、海賊達を満足させていた。
『素麺とは、バラエティーに富んだものなのだな…』
感心した我の呟きは、海賊達の誰にも聞こえない。
食事も終わると、各自が部屋へ戻っていく。
シンは、急き立てるようにヒロインを甲板に連れだした。
「ほら、見てみろ」
今宵は十六夜。
満月より月の出が遅く、まだ月は水平線の向こうにある。
頭上に広がる天の川を、ヒロインは歓声混じりに見上げた。
「一つ、いいことを教えてやる。ベガとアルタイルは覚えているな?」
ヒロインは、夜空を見て頷いた。
我は、シンが航海の基本として一等星や主要な星座を教え込んでいることを知っている。
そしてヒロインも、シンから教えられた星については、ずいぶんしっかりと記憶していることも。
水平線の向こうに月が顔を出し始め、シンが舌打ちする。
「その間にあるのが白鳥座、なのも覚えているな?」
「はい。十字の短い方が、デネブですよね?」
 シンが満足気に頷いて、望遠鏡を手にした。
「その、デネブは、白鳥の尻尾にあたる。反対側が白鳥の嘴。三等星だが、アルビレオという名がある。ほら、のぞいてみろ」
望遠鏡を持つ手をシュラウドを使って固定したシンが、ヒロインにのぞくように言う。
少し背伸びして覗き込んだヒロインが、えっ、と驚きの声をあげた。
シンが微笑む。
「織り姫がベガ、彦星がアルタイル。白鳥の嘴はこの二つの星のほぼ中央に位置し、天の川の真ん中だ。見てのとおり、アルビレオは、赤い星と白い星の連星。望遠鏡では、二つの星がつながって見える。七夕伝説の基だな」
「うわぁ……織り姫と彦星、本当に天の川の中心で逢えたんだぁ。よかったぁ」
『なるほどな…』
我が関心している間に、シンはヒロインを後ろから抱きしめて、その髪へ口づけている。
「もう一つ。ベガは、アルタイルより三時間早く天に昇る。けれど、一晩中追いかけたアルタイルは、沈む時にベガに追いつき、同時に沈む。毎日、彦星は折姫を追いかけて、ようやく捕まえて沈んでいくわけだ」
くす、と笑ったシンが、ヒロインを抱きあげた。
「ええっ」と、慌てはじめる恋人に、囁いている。
「いつまでも、連星アルビレオを眺めているのは無粋だろう? このまま、部屋のベッドまで運んでやる」
眠るためではない、ということは流石のヒロインにも判ったようで、顔を赤くしてシンに運ばれていく。

古来、十六夜を「いざよい」と呼ぶのは、本来、恋人達の睦言の始まりを表す言葉。
『まさに、十六夜、か』
我は、少しだけ歪んだ満月のような月が空へ昇っていくのを眺めながら、海原を進んだ。


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