星食
月が天空を通る道を白道と呼ぶのに対して、太陽が天空を通る道を黄道と呼ぶ。
黄道にかかる星座を、黄道12星座と人々は呼び、星占いに用いている。
我は、海賊船の精霊。名は、天空で最も明るく輝く星の名、シリウス。
ギリシア語では輝く者の意味を持つ、セイリオスとも呼ばれる。
しかし、シリウスを瞳に抱く大犬座は黄道12星座からは外れている。
ヒロインが、星座占いの本を開いているところへ、シンが訪れた。
我は興味をそそられて彼らに意識を向ける。
「何をそんな一生懸命読んでる?」
「え? あ、星座占いの本なんですけど、皆さん何座かなぁって思って…」
「…くだらないな」
「むーっ。いいじゃないですか。誰かに害があるわけじゃないしっ」
ちょっとだけ拗ねたヒロインを、シンは微かに表情を揺らして見つめた。その微かな変化に、ヒロインは気付かない。シンから微かに漏れ出す愛しげな想い。
「で、分かったのか?」
「シンさんが蠍座で、ナギさんが牡牛座で、ソウシ先生は蟹座。えっと、トワくんが牡羊座で、船長は水瓶座、まで調べたんです。あと、ハヤテさんが…」
ヒロインがページをめくって、あ、と呟いた。
「そっかぁ。ハヤテさんは獅子座なんだ」
「獅子座ね…」
シンが、面白そうにクククと笑い出す。
「? 何ですか?」
不思議そうな顔をしたヒロインに、シンが言った。
「今夜は、星食、という月に星が食われる現象が起きるんだが、今夜、月に食われる星は、レグルスだ」
「レグルス?」
「1等星の名前と位置は、以前、教えてやっただろ。忘れたのか?」
「あ、いえ。1等星の中では暗い星でしたよね?」
以前、シンは星空を指さしながら、ヒロインに1等星21個の名前と位置を覚えさせていたのを、我も知っている。
「全ての1等星の中で、唯一レグルスだけが、黄道上にある。まあ…だから、レグルスという名がついたわけだが」
「なぜ、黄道上にあるとレグルスなんですか?」
シンは棚から星座表を取り出してヒロインに指示しながら説明をする。我も、興味津々に説明に聞き入った。
「獅子座のこの部分。6個の星が鎌のようになっている部分を獅子座の大鎌、ライオンズ・シックルと呼ぶ。この位置が黄道にかかっているわけだが、太陽と同じ道を通
る1等星、ということで昔から太陽と同等の王者の星とされた。強そうな大鎌も携えているからな。ラテン語で王のことをレックスと言う。レグルスの語源だ」
「レグルスって、王様だったんだ…」
「まあ、このレグルスは、白道上にもあるせいで、時々、月に食われる。今夜も、コイツは月に食われるわけだ」
「月に食われるって…?」
「月の後ろに隠れる、ということだ。月に隠されて見えなくなることを月に食べられる、と表現する。獅子座にとっては、不吉な現象だな」
シンの言葉に、理解半分のヒロインは少し不思議そうだ。
「えーと、確かに月に食べられちゃうっていうと…でも、星座の全部が隠れるわけじゃないですよね? 手とか足とか食べられちゃうだけなんですよね?」
シンが面白そうに嗤っている。
「レグルスには、もう一つ別名がある。コル・レオニス、という。獅子の心臓、という意味だ」
「えぇっ、それって、心臓を食べられちゃうんですか?」
「そういうことになるな。今夜は、ハヤテの星座が月に殺されるわけだ」
「ハヤテさん、かわいそう…」
『いや、それは違うと思うが……』
いつのまにか、すっかりシンのペースに乗せられているヒロイン。
「ハヤテさん、今夜、星座が殺されちゃっても大丈夫かなあ……」
こらえきれなくなったシンが、密かに吹き出した。
「馬鹿か、お前は。自分の星座が月に隠された程度で、不吉なことが起きるはずがないだろう」
『もしもそうなら、世の中の獅子座の人間は今夜、全員不幸になるわけだな…』
我もシンに合わせて苦笑する。
「えっ。もしかして、今の話、嘘なんですか?」
「嘘はついていない」
「え? ?……」
理解の遅いヒロイン。
「ハヤテの心配なんかしなくていいってことだ。そもそも、星座占いそのものが、くだらない。世界中の人間を12パターンに分けられるわけがないだろう?」
「…はい。それは確かにそうなんですけど…」
まだ、理解不十分なヒロインに、バカな奴、と小さく呟くシンは、苛立ちよりも愛しさが勝っている状態だ。
我は意識を空へ向ける。
今夜月に隠されるレグルスは、まだ空に光っている。
『そういえば、獅子座の大鎌の西に光る三つ星を、酒星と呼ぶと、リュウガが語ったことがあったな…。ソウシが、獅子座の大鎌は大陸のある国では、天を支配する黄金
のドラゴンと呼ばれると言っていたこともあったか…』
海賊達が、それぞれに語る話は、我に蓄積されていく。
我は、どの海賊達よりもたくさんの出来事と思いと記憶を蓄積し、精霊としての存在を堅固にしてゆく。
『獅子座の横にあるのは、…乙女座だったか…』
星空を眺めながら、我は海を渡った。
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