雨月



昼間ならば、天気雨と呼ばれる現象。
晴れている空なのに、細かい雨が落ちてくる。
我は海賊船の精霊、シリウス。
月が出ているのに、細かい雨が降り注いていた。
食堂に、ソウシとトワとヒロインがいる。
「じゃあ、カードゲームしようか? これ、やり方、ヒロインちゃん知ってるでしょ?」
にっこり笑ったソウシが、以前、ヤマトで購入したものの、やりかたが、いまいち判らなかったというカルタを取り出した。
「はい。できますけど…カルタって子供向けのやつなので、それほど面白くないと思いますよ?」
カルタの箱を開けたヒロインが、絵札をテーブルに並べはじめる。
「そうなの? 実は、これを買った時に、大人向けバージョン、というのもおまけで付いてきたんだけど。…もしかして、そっちを持ってきた方が良かったかな?」
「大人向けバージョン…なんか、すごく嫌な予感がしますけど、中を見ました?」
ヒロインは、何か思い当たることがあったらしい。
「うん……やっぱり、大人向けだと、トワにはちょっと刺激が強いよね。リュウガが喜びそうなカードが多かったよ」
「それって…酒場の近くで夜だけある露店で買ったんですね?」
「ヒロインちゃん、よく知ってるね?」
「酒場で働いていましたから……こっちのカルタは大丈夫かなぁ…」
ヒロインは文字の書かれたカードを手にとって、いくつか見ていく。
「よかったぁ。こっちは、すごくまともだ…」
我は、興味深くヤマトのカルタ、というカードゲームを見守る。
説明によれば、ヒロインが読んだ言葉の、最初の一文字が書かれているカードを奪い合うゲームらしい。
厨房で作業していたナギも、興味深げな意識を食堂に向けている。
「いきますね。『そなえあれば うれいなし』」
「あ、あったよ」
ソウシが『そ』と書かれているカードを取った。
「はい。そんな感じで、最初の文字が書かれているカードを取ってください。次いきます。『さわらぬかみに たたりなし』」
「はいっ」
今度は、トワが『さ』と書かれているカードをとる。
「えーと、『のうあるたかは つめかくす』」
「次はですね『うおごころあれば みずごころ』」
厨房でヒロインの声を聞いていたナギが、次々と読まれる諺に、笑っている。
「うーんと、『めはくちほどに ものをいう』」
「次は『まてばかいろの ひよりあり』」
「今度は、『かめのこうより としのこう』」
食堂に顔を見せたリュウガが、苦笑した。
「こりゃまた…随分と健全な遊びしてるな? 水をくれ。ヴァルンス産の硬水」
ナギがグラスに水を汲んでリュウガに手渡しながら言う。
「……ヤマトのカルタらしいですよ」
「海賊の遊びじゃねぇな」
といいつつも、リュウガも興味深げに眺めはじめた。
食堂に和やかな空気が満ちていく。
「あ、次のこれ私好きです『わらうかどには ふくきたる』」
笑顔のヒロインが読んだカードは、ソウシが取った。ところが…。
「あれ? ……」
新しいカードを見たヒロインが止まる。
「どうしたの? ヒロインちゃん?」
全員の注意が、一斉に…あまりにも揃ってヒロインに集まり、我は独り笑った。
海賊達の意識を、一瞬で集めるヒロイン。
本人は自覚していないが、かなりの確率で、ヒロインは船内の雰囲気を支配する。
シンも静かに食堂にやってきて、注目を浴びているヒロインと周囲を何事かと見ているが、シンに注意を向けている者はいない。
「…いえ、あの、このカードに『おとこごころと あきのそら』ってあるんですけど…女心ですよね? カードの間違いかな?」
リュウガとシンが、笑った。
「いや、間違ってない」
シンが食堂に来ていることに、初めて他の海賊達が気づく。
「え?」
「もともとその言葉は『男心と秋の空』が正しい」
シンの言葉に、リュウガが付け足す。
「『夜の間に七たび変わる』と続くがな。流石に、一晩で七人相手はキツイぞ。はっはっは」
「え? そういうことわざなんですか、これ…」
「馬鹿。単に、人の心は移ろいやすいという意味なだけだ。船長の冗談を真に受けるな」
シンが苦笑して、テーブルに近づき、『お』と書かれているカードを取った。
「ほら、さっさと次読め」
どうやら、シンも加わるつもりらしい。それも、かなり本気で。
「あ、はい。えーと『たでくう…』」
「取ったぞ。次だ」
「へ? まだ読んでませんけど」
「『蓼食う虫も好き好き』だろ。早くしろ」
ソウシの目つきが真剣になる。
「はい。えーと『したし…』」
「『親しき仲にも礼儀あり』だよね? はい。私が取ったよ」
「えぇぇっ!」
シンが小さく舌打ちした。
和やかだった空気が変わっていく。
「お、海賊の遊びらしくなってきたじゃねーか。せっかくだ、ナギ、お前も加われ」
リュウガが至極愉しげに笑いながら、けしかける。
まったく、と、溜息をつきながらナギもテーブルに近寄った。この船の海賊達はこういうところが、面白い。
「あ、ナギさんもやるんですか? えと。では、次いきます。『くちは…』」
「…『口は禍のもと舌は禍の根』」
加わったばかりのナギが、目の前にあった『く』のカードを取った。
気を取り直したヒロインが次のカードを読みはじめる。
「次は、『よいう…』
「『良いうちから養生』だね。やっぱりこれは、私が取らないとね」
すっかり参戦をあきらめている気配のトワ。
我はリュウガの隣で見学を決め込んだ。
ヒロインが一言読むだけで、次々に絵札が取られていくので、一気に展開が速くなる。
「…そういや、ハヤテがいねぇな…」
『入浴中だったが…今、出たようだな』
我の声は届かないが、リュウガは、探しに行く気もないらしい。
「さあ、こっからがおもしれぇぞ」
『同感だ』
テーブルに残っているのは既に10枚以下になった。目が離せない。
ハヤテが船内をきょろきょろとして、食堂に向かっている。
おそらく、彼がたどり着くまでには、決着がつくだろう。
我は、外で降り注いでいた雨が止んだのを感じながら、佳境にはいっているカルタ取りに意識を集中した。


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