二十九日月
今にも消滅しそうな細い月が、太陽に追われて雲の向こうへ隠れる。
「ナギ兄ー。いいだろー?」
「…めんどくせえな…早くしろ」
しばらくまえから頼み込んでいたハヤテが、ようやくナギの承諾を得て、喜んでいた。
「何? どうしたの?」
ヒロインが、事情を知っていそうなトワに聞く。
「ああ、実践練習の相手だそうです。僕だと、ハヤテさんの相手は務まりませんから」
「面白そう。見てようかな…」
ヒロインの声を聞いたナギがトワにロープを張るように言った。
「あぶねーから、お前はそこからこっちへ来るなよ」
おそらく、武器の射程範囲や軌道を判断して避けることができないヒロインを配慮しての、ナギなりの安全対策なのだろう。
我もヒロインの横で、見守る。
我は、彼らが乗っているこの船の精霊シリウス。
人には、見えず、聞こえず、触れることもない存在。
「いくぞ」
ナギが投げた鎖鎌を、ハヤテの剣が受け、弾き、叩き落とす。
間合いを詰めたナギが、ふっと笑って先ほどよりも早いタイミングで攻撃を繰り出す。
「これ…二人、戦ってるわけじゃないよね?」
ヒロインが心配そうに言う。
我から見れば、十分、二人とも手加減している。まだ遊びに近い。
しばらくは、牙を持つ獣がじゃれあうような攻防をしていたが。
ハヤテの両手にナギの鎖が巻き付き、ナギがそのままハヤテを引き倒した。
「あーっ、くそっ。ナギ兄、もう一回っ」
悔しがるハヤテがねだるものの。
「…忙しい。シンにでも相手してもらえ」
ナギは終わりだと告げて厨房へ向かう。
『終わりにするための、先程の攻撃だろうからな…』
「ちぇーっ。だいたい、シンはひきょーな飛び道具だしっ」
座り込んだハヤテが不服そうに呟いた。
そもそも、シンは我の舵とり中だから、無理だろう。
ナギの鎖鎌も、飛び道具の一種のような気もするのだが、それはハヤテにとって卑怯ではないらしい。
我は、晴れ上がった長閑な海を進む。
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