二十一日月



曇り空だが、雨の気配はない。
 我は、ジョリー・ロジャーを掲げる帆を折りたたみ、補助帆のみで速度を落としてゆっくりと海峡を進んでいた。
 我はこの海賊船の精霊、シリウス。
 左右に切り立つ大地の合間を縫う海峡は、思わぬ浅瀬も多く、常に危険が伴う。
 見張りを任されたトワは海面だけでなく大地にも注意を向ける。
 船首に立つリュウガも然り。
 舵輪を握るシンは、言うに及ばない。
 他の船員達は、シンの指示でできるだけ早く帆の向きを変えられるよう、ロープを手に甲板で待機していた。
「さっきから、ぜんぜん進んでねぇし…」
 暇そうに言うハヤテは、左右を壁に囲まれてあまり変わらぬ景色が飽きたようだ。
 彼の言葉が、シンの眉をピクリとあげさせたが、舵主は黙って専念する。
 そんな様子を知ってか知らずか、船医のソウシが口を開いた。
「ハヤテがよく腹を立てているシンの余裕や、すごいと言っている船長やナギの余裕、どうやって生まれると思う?」
「強いから、よゆーなんだろ? 生まれるってどういうこと?」
 またも、シンが微かに反応したものの、何も言わずに舵角を確認した。
「あのねハヤテ。余裕というのは、最初からあるものじゃないんだ。あることをしていると、自然に出てくるんだ」
「へえ…」
「きっとハヤテも、それをすれば、余裕がたくさん出てくると思うんだよね」
「わかった。オレも、それやる。何すればいいんだ?」
「何だと思う?」
 船に乗っている全員の耳が、ソウシに向けられているのが解り、我は笑う。
「わかんねーから、聞いてんじゃん」
 もとから自分で考える気のないハヤテに、ソウシが苦笑して告げた。
「忍耐と思考だよ」
「ニンタイとシコウ??」
 またまた、何か言いたそうになったシンが、まさに忍耐力で舵輪を握り直した。
 ソウシも忍耐力を発揮して、ハヤテが理解しやすい言葉に置き換える。
「つまり、ガマンしながら考えると、余裕がたくさん出てくるってことだよ」
「……ハヤテには無理だろ」
 ナギが、小さく呟く。
「あー、なるほど。確かにそうですね~」
 ヒロインは、ソウシの言葉に納得して、シンを見遣った。
「忍耐と思考かぁ…」
 トワも小さく呟く。
「…確かにな」
 リュウガも笑みを浮かべた。
 が。
「よし。オレもこれから、ガマンして考えるようにするっ! で、何をガマンして、何考えればいいんだ?」
 忍耐力どころか、思考力もなさそうなハヤテの言葉。
 一斉に気落ちしたような、変な空気が我いっぱいに満ちる。
「……あはは。ハヤテには難しすぎたみたいだね。ごめんね?」
 説明する限界を感じたらしいソウシが、匙を投げた。
 そして、やはり、言葉を飲み込んで舵に専念するシン。
「なあ、ナギ兄、どういうこと?」
 ソウシに匙を投げられたことも理解せずに、ハヤテはナギを見る。
「…とりあえず、喋るのガマンして、どのくらい進んでるか考えてろ」
「わ、わかった…」
 怒ったように言われて萎縮したハヤテが、黙りこむ。
 ゆっくりだが確実に進んでいた我の目の前に、海峡の出口が広がっていた。


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