二十日月



 見張り台では、トワが海を眺めている。
 夜更けになってから、月が空に顔を見せた。
 我は海賊船の精霊、シリウス。
 食堂で海賊達が愉しげに会話をしている。
「ねえ、シン、自分の部屋の中で虫が飛びまわっていたらどうする?」
「虫といってもいろいろありますが…」
 ソウシはとても楽しそうに、シンに答えた。
「うん。ちょっとした心理テストなんだ。思い浮かんだ虫は何で、それをシンならどうする?」
「心理テスト?」
 露骨に嫌そうな顔をしたシンが口を噤んでしまうが、聞いていたヒロインが答える。
「私、綺麗な蛾が思い浮かびました」
「なるほどね。ヒロインちゃん、その蛾をどうする?」
「あまりいい気分じゃないですけど、戸を開けて部屋の外に出て行くまで待ってますね」
 ヒロインの答えを聞いたソウシが、ふぅん、と笑う。
「オレ、なんか化け物みたいなデカくて怖え虫が浮かんだんだけど…で、戦いを挑むっ」
「あはは。それ、すごくハヤテらしいね。ナギは?」
「…狡賢いハエだな。当然、叩き潰す」
 ソウシは、それもナギらしいと言って笑う。
「虫ねぇ…虫……」
 考えこんでいるリュウガに、ソウシが言った。
「船長はきっと、具体的に思いつかないんじゃないかな?」
「そうだな。虫なんざ、気にしねぇな」
 黙って聞いていたシンが、ソウシに尋ねる。
「それが、何の心理テストなんですか?」
 にっこり笑ったソウシは、シンが答えてくれたらね、と言って結果を明かそうとしない。
「だぁーーっ。気になるっ。早く答えろよ、シンっ」
 食堂内の意識が、一斉にシンに向かう。
 周りから、様々な視線の集中砲火をあびて、渋々シンが答えた。
「浮かんだ虫が三匹。毒グモが糸吐きながら天井から垂れさがってぐるぐる飛び回っていて、滅多なことで死なないしぶといゴキブリがあちこち隠れながら左右に飛び回っていて、カマキリがベッドの上で飛んでいる。当然、どれも撃ち殺します」
「へぇー。さすがに、シンは具体的だね」
 シンの言葉を想像したのか、ハヤテはとても嫌そうな顔をしている。
「それで、ソウシさん、今の答えが、何になるんですか?」
 眼を輝かせて聞くヒロインに、ソウシが答えた。
「思い浮かんだ飛び回っている虫は恋人の浮気相手で、どうするか、というのが実際に浮気相手に会った時の行動なんだけどね」
 一同が納得する中、ソウシが続ける。
「シンは、いったい誰をヒロインちゃんの浮気相手だと思っているんだろうね?」
 リュウガが笑う。
「あっはっはっは。おい、シン、ヒロインは浮気なんかしねーぞ。なあ? ヒロイン?」
「はいっ。しませんっ」
 笑っているリュウガだが、想いは温かい。
 これ以上シンに詮索が及ばぬように、という意図が我には伝わる。
「…ふん。くだらない」
 シンが席を立って食堂を出ていく。
「それにしてもヒロインさぁ、部屋の外へ出ていくまで待ってるって、おかしくねえ?」
「でも、蛾とかって、叩いて潰すといろいろ汚れるじゃないですか」
「つーか、オレ、戦いを挑むんだけど、どういうこと?」
 ソウシが答える。
「つまり、ハヤテの意識では、自分の恋人が浮気するとしたら、自分より強くて怖い男だってことだよ」
「あー、なるほどねー」
「そういえば、ソウシさんはどうだったんですか?」
 ヒロインが聞いた途端、ソウシが不穏なものを纏う。
「私は五匹浮かんだよ。聞きたい?」
「……え、いや…いいです」 
 見張り台では、トワが1人で月を眺めている。
 食堂を出たシンは、船尾で月を見上げている。
 我は、月を背に、海を渡る。


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