鈍色
海軍の目を盗んで進む航路は、必然的に高度な操船技術を必要とする場合が多い。
月の沈んだ暗い海を、我の舵主は記憶の中にある海図をもとに操舵しているようだ。
向かう先は、小さいながらも海軍の要塞がある。
崖の上にせり出す要塞は、海に対してほとんど死角がない。
そこにハヤテとソウシが捕えられているのが、作戦のうちであることを我は知っていた。
我は、船の精霊シリウス。この船で起きた全てを知る存在。
今回の計画では、ハヤテとソウシが宝の鍵を手に入れて海へ飛び込むまでに、要塞の下へ船を移動させることになっている。
とはいえ、暗い陸と暗い海では、陸地を確認しながら操舵する地文航行が難しい。
まして、曇天で星が見えない以上は、天文航行で位置や方角を確認することも不可能である。
こんな夜、普通の船は浅瀬の多い陸地の間近を進むことはしない。
『さすがだな。この暗い海で岩にかすることもなく進むとは』
我の感嘆の声は、舵を取るシンには、聞こえない。彼は、時々見張り台を見上げている。
見張り台の上に立って、剣を前方に据えているのは船長のリュウガ。まだシンの位置からは確認できない要塞の灯かりを見ている。
唯一の指針が、船長の剣。
あとは、シンの記憶と潮の流れの感覚。
我は海賊船。こういった作戦は、彼らにできる限りの力を貸したい。
いつもと違う海賊たちのピリピリとした緊張感を悟ってか、甲板にいるヒロインは、声もたてずに船縁間際に立っていた。
やがて、舵場からも要塞の光が確認できるようになる。
「……来るぞ」
リュウガの鋭い声に、ナギが海へ縄梯子を垂らした。
暗闇の中に、二つの水音が響く。
ハヤテとソウシが、縄梯子を掴んで登り出したことを確認したトワが、「OKです」とシンに告げた。
船はゆっくりと、要塞から離れ始める。
「まさか、こんなに近くに来てくれているとは思わなかったよ。300メートルくらいは泳ぐ覚悟だったんだけどね」
甲板に戻ったソウシが、真っ先にシンに笑いかけた。
「船長の指示に沿っただけです」
シンは、微笑して応える。
「おかげで、助かったよ。思った以上に水温が低かったからね」
「マジ、つめてぇしっ」
ソウシの横で、ハヤテがカタカタと震えながら、濡れた上着を脱ぎ捨てる。
「え? あ、あの…」
うろたえた様子のヒロインが、慌ててハヤテに毛布を渡した途端、シンの口許から笑みが消えた。
「こらこら、ハヤテ。寒いのは判るけど、女の子の前だよ。自分の部屋で着替えなさい」
ソウシが苦笑する。
先程までの緊張感は、随分と緩和した。
「おいおい、お前ら、まだ気ぃ抜くなよ」
見張り台の上から、リュウガの苦笑が降る。
『そうだな、追手が来ているぞ』
「海軍が追いかけてきたな…」
我の人には聞こえぬ言葉に重なったナギの呟きに、海賊達は戦闘態勢を整える。
「フン。追いつかせねぇよ」
狙っていたかのように、我の船体は離岸流の早い流れに乗る。いや、狙っていたのだろう。
海賊王の航海士である我の舵主の唇には、今度は不敵な笑みが浮かんでいた。
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