琥珀色
「どういうことだ?」
襲撃してきた海賊が置き去りにしていった樽を眺めて、リュウガが怪訝な表情をした。
「…なんか、中で動いているね」
ソウシが指摘するとおり、置いて行かれた樽のなかでは、ガサゴソと何かが蠢いている気配がする。
「確認しますか?」
シンが靴先で軽く樽をころがしてリュウガに尋ねた。
「とりあえず、人じゃなさそうだな…」
ガサゴソと音をさせる樽をリュウガが見下ろす。
『プレゼントらしいぞ』
船同士の会話から得た我の情報は、海賊たちへ伝わらない。我は船の精霊シリウス。人には見えず、声も届かぬ存在。けれど、今日は話し相手が近くまで来ていることがわかっている。
「……なんか、また別のが来たぜ。左っ」
見張り台からハヤテの声が降ってきて、一同は左の海を見た。
海賊旗を掲げた見慣れない船が近づいてくる。宿る精霊がいることから、大事にされている船のようだ。
「海賊王ーっ、勝負だーっ!」
船首で剣を掲げたいかにも腕自慢といった様子の男が、大声を張り上げているのが見えた。
「リュウガ、また呼ばれてるよ?」
ソウシが肩をすくめてリュウガに視線を送る。
「今日二度目のご指名か。どうせなら、美女のご指名が…」
「うわっ、後ろからも来たっ」
ハヤテのちょっと焦った声。
一同が、ん?と後方を見ると、意外と近くまで迫っている別の海賊旗を掲げた船。こちらの精霊は、茶番劇だとぼやいている。
「リュウガっ、あたしと勝負してもらうよっ」
いかにも鍛えていそうな女海賊が、剣を突き出して今にもシリウス号に飛び移ろうとしていた。
「船長、美女のご指名ですよ」
シンがどうしますか、と目で問いつつ、どこかからかうような笑みを浮かべる。
「しかたねぇな…。面倒だから、軽くお相手してやったら退散するか?」
どこか愉しそうに剣を手にしたリュウガが、シンに答えて船尾へ駆ける。
「左は私たちかな…」
ソウシがナギを誘って左舷へ移動し、船長の意図を解したシンは舵場に向かった。
「変だね…」
甲板に並んだ六つの樽を見下ろして、ソウシが腕を組んだ。
あれから、立て続けに襲撃を受けた我。海賊王の船シリウス号だったのだが。
どの海賊もリュウガとわずかに剣を合わせると、樽を投げ込んだり、リュウガに手渡したりして、一目散に逃げ去っていった。
それこそ、最初の気迫や意気込みはどうしたのかと、皆が呆気にとられるほど…。
『だから、プレゼントだと彼らが言っていたぞ』
こんな時、我はどうしようもないもどかしさを感じる。
「中身、確認した方が…」
ナギが最初のガソゴソと音をさせている樽に手をかけて、リュウガを見た。
「ああ、毒虫や毒蛇だと厄介だから用心しろよ?」
頷いたリュウガの言葉に、ソウシがくすっと笑った。
「それならそれで、いくらでも活用法はあるけどね」
『確かに、その通りだな。ある意味、そっちのほうが宝の山だろう』
船医の言葉に、海賊たちは反応しない選択肢を選んだようだ。
「………」
静まり返った中で、鎖鎌を手に、慎重に樽を開けかけたナギが、意外そうな表情で中身を捕りだした。
「……カニっ?」
トワが、ナギの手にしている生き物をびっくりしたように見る。
「……生きてますが、かなりいいモノです…十数匹はいるな……」
舵場からやってきたばかりのシンが、自分の手近にあった樽をこじ開けた。
「…こっちは、牡蠣だな」
ハヤテも一つの樽を空ける。
「うわっ、ウニが詰まってるっ。こんだけあると、気持ちわりぃ……」
あえて、別のガサゴソ音をさせている樽を開けたソウシは、フフフ、と笑ってリュウガを見る。
「こっちは、大きなロブスターが入っているよ? トワ、それ開けてみて?」
頷いたトワのあけた樽には、アワビが詰められていた。
リュウガが残った樽に近寄って、何かに気づいたように栓のあたりを嗅ぐ。
「こいつは、酒だな。ダークラムか…」
「ふはははーっ。驚いたかっ。その酒は、ロイ様からのプレゼントだっ」
海賊たちが樽の中身を開け、気を取られている間にそっと近づいてきた小舟。殺気もなく、気配を完璧に消していたのは流石だろう。渡し板を我と繋げた小舟の先頭から、聞き慣れた声がする。
『サプライズのために、ご苦労なことだ』
いつも振り回されているから、今回はリュウガを振り回したい、という彼らの意向のようだ。
「はあ?」
小舟から乗ってきた面々に、リュウガが大笑いした。
「なんでお前らが?」
「無事に届いたようですね。ウニとアワビは、私からです。誕生日の祝いにそれぞれ食べ物か飲み物を持ち寄ることにしまして…」
西の海を統括しているリーが、穏やかに微笑む。
「牡蠣とロブスターは、俺からな」
東の海を統括するヴァンが、愉快だと言わんばかりに笑いながら右舷を親指で示す。
「カニは、あいつからだ。あと、届けた海賊達もな。一人くらいは海賊王に手傷の一つも負わせてやればいいものをと、さんざん憎まれ口たたいてたぜ」
右舷に、去っていこうとする北の海を統括するセシルの船。精霊はレーゾン・デートル。
『ちょっと、シリウス。うちの船長を引き止めるように言ってよ』
『引き止めて欲しがっているのか?』
『なんか、諦めのつく状況にしてあげて。ホントは仲間に加わりたいんだからっ』
『心配しなくても、たぶん、ちゃんと分かっていそうだ』
去っていく割には、スピードもゆっくりで、海賊たちの実力なら、すぐに追いつけそうだ。
「なんだ、あいつは来ねぇのか?」
「顔を合わせにくいんだろうよ」
ヴァンが、にやりと笑ってリュウガをみる。
リュウガも、不敵な笑みを浮かべてシンに視線を送った。
「よっし。襲撃の仕返しに行くぞ。狙いはあの船。お宝は、セシルだ。掻っ攫って宴会だっ」
「アイアイサー」
トワとナギは食材を持って厨房へ行き、シンの操舵で我は速度をあげてセシルの船を追いかける。
「俺らも手伝うか」とヴァンとリー、ロイがリュウガと共にレーゾン・デートル号に乗り込んでいった。
『きてきてーっ。うちの船長、連れて行ってあげて』
精霊が嬉しそうに、リュウガたちを歓迎している。しばらくして、彼らはセシルを連れて我の元へ戻って来る。
「あなたの、そういうところが大嫌いです」
「そーか、そーか」
「私があなたの盃に毒を入れるかもしれないと思わないのですか?」
「はっはっはっ。やっぱ、世の中、そーいう奴がいねーと、面白くねえんだよ」
「………今夜だけですから」
溜息をついたセシル。
見守っていたヴァンが笑ってそっと呟いた。
「まるで恋人の会話だな」
リーがそんなヴァンに耳打ちする。
「ダメですよ。我々では無理だった彼を、せっかく、リュウガが上手く口説いたのに…」
「わかってるって…」
「大丈夫だ。毒なんぞ入れなくても、ロイ様の送った酒には、しっかり眠り薬を入れてある、安心しろっ」
『あいかわらず、懲りないな』
胸を張ったロイに、セシルを含めた一同の視線が刺さる。
「……仕方ないですね。うちのラム酒を一樽、進呈しましょう。残念ながら、混じりもの無しのホワイトラムですが…私も飲みますのでね」
セシルが苦笑した。
我の船上で、海を統べる海賊王の誕生日を祝う船長会議という名の宴が始まった。
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