花紺色
晴れ渡った深く青い海に、青白い氷山が浮いている。
海上に見えるのは、まさに氷山の一角。海中にはその倍以上の氷の塊がある。
海の中で触れる氷の刃は、容易に我が身を削り貫くだけの力がある。
寒く美しい危険な北の海。
航海士のシンは、この海域に入ってから不休で舵を握り続けていた。
見張り台にはソウシが立ち、舵場からはまだ見えない氷山についてシンに位置を伝えている。
おかげで我は、水中に潜む氷の刃に触れることもなく、晴れ渡った美しい海を進んでいた。
海賊船シリウス。それが我が身体。
「ヒロインちゃん、手伝う?」
数日前に、乗ってきたネロが、厨房で温かいコーンスープをカップに入れているヒロインに話しかけていた。
「え? ありがとうございます。じゃあ、こっちのスープを見張り台のソウシさんに届けていただいてもいいですか?」
「見張り台? これ運ぶの?」
なみなみと注がれているスープを見て、ネロが少し複雑な表情になった。
見張り台に行くには、スープを持ってシュラウドを登らなければならない。
「……それは、俺が届ける」
ネロの複雑な表情から、何か察した様子のナギが言う。
「え? ナギさんが? えっとじゃあ、ネロさんは、こっちの二つを、倉庫で作業しているハヤテさんとトワくんに届けてもらっていいですか?」
「二つかぁ…やっぱ、ナギ兄、そっちの見張り台用オレが運ぶよ」
「………。」
ナギが黙って頷く。
スープのカップを持って甲板に出たネロは、シュラウドを見上げて立ち止った。
「どう考えても、コレをこぼさずにってのは、無理だよなぁ? それとも、ナギ兄ならできるのか? まさか、ヒロインちゃんもできるとか?」
首をかしげる独り言に、我は、人である彼には聞こえない声で答えてやった。
『確かに、ナギはスープをこぼさないな。だが、ヒロインの場合は、そもそも運ぶ機会が訪れない』
ヒロインが運ぼうとする時には、海賊達の誰かが必ず動いて、さりげなく彼女に運ばせない。
それは、見張り台に居る者が気づいて自ら受け取りに降りたり、甲板にいる者がが気づいて引き受けたり、絶妙のタイミングばかりだ。
「っとと……」
シュラウドに足をかけた途端に、カップが傾く。
なみなみと注がれていたスープが、青い海へ吸い込まれる。
「あ…やば……」
『ナギが見ていなくて良かったな…』
我は苦笑して、ネロが慌てて水平にしたカップを眺めた。
「…ま、いっか。これで運びやすくなったよな…」
盗賊だというネロは、我の予想よりずっと身軽に、シュラウドを登って見張り台へたどり着く。
「うっわー、寒いじゃん、ここ」
差し出されたスープを、ソウシは笑顔で受け取った。
「ありがとう。フフフ。……ナギが見ていなくて良かったね」
「え? わかんの?」
「見張りだからね」
今、ソウシが見ているのは、我の周りの海。
氷の刃が隠れる海。
花紺青色の海で、白味がかっている場所には氷山の裾が存在している。
「なあ、みんな、マジであれ、ここまで運ぶわけ?」
「ナギはこぼさずに持ってくるよ?」
くすくすと笑いながら、ソウシはカップに残ったスープを飲み干す。
『もうしばらく波の揺れに慣れれば、ネロにも可能だろうな…』
我は見張り台の手摺に座って、呟く。
我の言葉は、二人には聞こえない。
ただ、北の風が笑って我の声を連れてすり抜けていく。
より寒さの増した中で、我は、冷たく美しい海を眺め続けた。
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