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第七話:繰り返されるスラップスティック、の巻。
 
「・・・・・?」
 恐る恐る、悠也は目を開けてみる。今はありとあらゆる攻撃が自分を襲うはずだ。無論、今の攻撃とて例外ではなく、現に手足に軽い火傷を負った。しかし、爆発音の壮大さに比べ傷が軽すぎる。一瞬、どういうことだ、と怪訝に思った悠也だったが、目を開けた瞬間、その疑問は氷解した。
「カイル!?」
 いつの間にか遺跡を脱出していたらしいカイルが、目の前に…すぐ近くに、いた。カイルは悠也を、その黒マントで守るようにしっかりと抱きかかえている。
「お前…どうして…」
「『どうしてかばえたのか?』か? それとも、『どうしてかばったのか?』か? …いかに攻撃のすべてがオマエを襲うとはいえ、密着していればオレを避けることはできまい。それに」
 不敵な笑みを浮かべたカイルは、攻撃を繰り出したシバブーをちらりと見やった。
「オマエはまがりなりにもオレのライバルだ。オレに倒される前に、こんなチンケな三流魔王に殺させる訳にはいかん」
『誰が三流か!』
「貴様以外に誰がいる」
 フン、と鼻で笑ったカイルは、自分と一緒に脱出してきた楊雲、メイヤー、そしてカレンに目を向ける。
「今のうちにもう一度遺跡に戻って、ペンダントをどうにかする方法を見つけてこい!」
「カイルクン! でも、それじゃあキミが…」
「心配は要らん。言っただろう? このようなのはチンケな三流魔王だと。オレ様はカイル・イシュバーン! 魔族の中の魔族、ザ・キング・オブ・魔族だ! 三流魔王の攻撃などものの数ではない!」
「…先程、必死で逃げていたようでしたが…?」
「違う! 戦略的撤退と言っただろう! ああしておびき寄せながら、こいつの力をはかっていたのだ!」
「本当ですか?」
「ああ。現に見てみろ、悠也を殺すつもりで放ったこいつの魔力を受けても、オレはこの通りだ」
 次々と心配…あるいはツッコミ…の言葉をかける仲間達に、自分の力を示すように大声で答えるカイル。そんなカイルの様子を見て、カレンはこくりと頷いた。
「…わかったわ。すぐ戻るから頑張って!」
「この三流魔王に身の程をわきまえさせてやるんだからな。急げよ!」
 カイルの言葉に再び頷き、仲間三人は遺跡に駆け込んだ。その後ろ姿を見送ったカイルの顔に、初めて苦痛が浮かぶ。
(つっ…。いつまで、保つ…?)
 
「急ぎなさい!」
 性懲りもなく壁画にへばりつくメイヤーを力ずくで引きはがすカレン。そのままメイヤーを引きずりながら走っても、全力疾走の楊雲と同じスピードが出せるのはさすがといったところか。
「ああっ! 少しくらいいいじゃないですか! カイルさんだって大丈夫だって言ってましたし!」
「…虚勢に…決まっているでしょう…」
 非難の声を上げるメイヤーに、息を切らせつつ即答する楊雲。
「そうだったんですか?」
「・・・・・・」
 とぼけたメイヤーの言葉に二人は絶句した。どうやらメイヤーにとって、自分に都合のいい言葉はすべて真実らしい。
「とにかく! 調べるんなら遺跡の一番奥! ペンダントに関わるところを調べなさい! そこがこの遺跡で一番重要な部分なんでしょう!」
 いつまでも壁画に未練を残し自分で走ろうとしないメイヤーにしびれを切らし、カレンはメイヤーをかつぎ上げながら怒鳴った。しかし、
「なるほど。それも一理ありますね…」
 メイヤーはカレンの肩の上で、納得、といった風情の言葉を漏らすと、自ら飛び降り、今度は先頭を切って走り始めた。
「さあ! 急ぎましょう! 古代の神秘が我々を待っていますっ!」
 あっというまに二人を引き離すメイヤー。遺跡の中のメイヤーは髪が赤く、緑の髪の通常のメイヤーの三倍の機動力を持つ…わけではないと思うが、とにかく大した速度である。
 その後ろ姿を茫然と見ながら、楊雲がつぶやいた。
「…乗せるのが…お上手ですね…」
「…別に、そういうつもりじゃなかったんだけど…」
 カレンも、茫然とそれに答えた。
 
 封じられた魔王が解放されてしまったせいかモンスターもすでになく、トラップはさっきほとんど作動させてしまったため、三人はあっさりと遺跡の最深部…魔王が封じられていた場所…にたどり着いた。今はトラップと魔王の大暴れのせいでガレキだらけになっている。
「これじゃあ調べるのも一苦労ね…」
「ああ…古代の神秘があ…歴史の遺産があ…」
 ふう、とため息をつくカレンと、ぺたんと座り込んでだばだば涙を流すメイヤーを後目に、楊雲は落ちつかない様子で周囲をキョロキョロ見回していた。
「どうしたの? 楊雲…」
「先程から、何か…霊というか…意識体というか…そのような者の気配を感じるのです…」
「死霊か何か?」
「いえ…悪意や恨みの類は無いようなのですが…」
 楊雲は何か…おそらく、彼女の言う「霊」…を探すように周囲を見回しながら、部屋を出ようとした。
「ちょっと、この部屋調べるんだから…」
「お任せします」
 引き留めるカレンの言葉を一蹴し、楊雲は部屋を出た。そして、二三歩歩いたところで立ち止まり、通路の壁をじっと見つめる。
「何かあったの?」
 さすがに気になったカレンが楊雲のもとに駆け寄った。
「メイヤーさん…」
「…はい? 何ですか?」
 まだ立ち直りきっていない様子のメイヤーが、楊雲の呼びかけに応じて重い足取りでやってきた。
「何と書いてあるか…読めますか?」
 楊雲が指差した壁には、何か図形のような、マークのようなものが描かれていた。横長の楕円のような図の上に四つの小さな丸…という図柄で、一見した限りでは何かの動物の足跡のようにも見える。
「ちょっと…待って下さい」
 尋ねられたメイヤーはザックから本だのノートだのを取り出し、すごい勢いでページを繰り始める。
「ふむ…。文字と言うよりは記号の一種…のようですね。休みとか、サボリとか…そのような意味をあらわす記号のようですが…」
「そうですか…。やはり…」
「やはり、とは?」
「何者かの意識がこの中で眠っているのです…。眠ってはいても確かな存在を持つ何かが…」
「なるほどねえ…。そんなの、楊雲がいなきゃ気づかないもんねえ…。カイルクンやレミットちゃんたちじゃあ素通りするでしょうねえ…。ましてや、あんなのに追っかけられてたんじゃねえ…」
 感心しながら頷くカレンを押しのけ、メイヤーがずずずいっと進み出た。
「で、楊雲さん! その何者かを起こすことはできないのですか!」
「ちょっとメイヤー! またあの魔王みたいなとんでもないのだったらどうするの!?」
「古代の神秘を解明するため…もとい、悠也さんの呪いを解くためです。カレンさんもあの部屋の有様を見たでしょう、他に手がかりはないのですよ?」
「・・・・・・」
 動機はどうやら不純なようだが、メイヤーの言うことは間違っていない。それを理解したカレンは、そうね、とつぶやき、楊雲に視線を向けた。
「大した封印もかかっていないようですから…できると思いますが…」
「お願いします」
「そうね…。楊雲」
「…わかりました」
 二人の視線に頷き返し、楊雲は宙に印を切って、壁を真っ直ぐにらみ、口の中で何事かをつぶやいた。すると、それに反応するように、それまで壁であった部分が横にスライドし、狭い空間が現れた。
「・・・・・・」
「…何も…ないじゃない?」
 絶句して小部屋の中をきょときょと見回すメイヤーと、戸惑いの視線を楊雲に向けるカレン。
「とりあえず、調べてみましょう」
 メイヤーはその中に入ろうと、一歩足を踏み出した。その前に楊雲の腕が、すっ、と遮るように差し出される。
「…気をつけて下さい。見えないとは思いますが…確かに何かの意識があります。慣れていない者が近づくと、乗り移られますよ」
 楊雲の言葉に、カレンが思わず身構える。メイヤーを制したまま楊雲は今度はカレンを見て、
「大丈夫です…。敵意や悪意はなさそうです…」
 と、告げた。
「ところで、楊雲さん?」
「何でしょう…?」
「『慣れていない者が近づくと乗り移られる』って言いましたよね?」
「それが、何か…?」
「ということは、慣れている者であれば大丈夫、ということですか?」
「ええ、まあ…」
 楊雲を見つめるメイヤーの瞳が大きな丸メガネごときらきらと輝いている。言わんとしていることは明白だ。
「調べてきていただけませんか?」
 案の定のセリフだった。
「そう言われても…私でも、乗り移られる恐れはあります…。ちょうど、『口寄せ』のような状態になってしまうと思うので、調べられるかどうかは約束できませんが…?」
「口寄せ? そんなことができるのですか?」
「ええ、まあ…」
「すばらしいですね! それなら直に古代の人の言葉を聞けるではありませんか! お願いします! 是非お願いします!!」
「この意識の口寄せを…するんですか…?」
 メイヤーやカレンには何も見えない空間を見ながら、楊雲が戸惑ったように言う。珍しくも、比較的露骨に「イヤ」という顔をしている。
「そこを何とか! お願いします!」
「…私からもお願いするわ。他に手がかりはないんだし…」
 カレンにも頼まれた楊雲は、これまた珍しくも、小さくため息をつく。
「わかりました…。ですが…」
 その小部屋に歩を進めながら、楊雲は二人を振り返る。
「一つ、約束して下さい…。私が口寄せをしている間の様子を、絶対に他言しないと…」
「…わかりました」
「…約束するわ」
 何か儀式に関係することなのだろうと思い、二人は真剣な顔で頷いた。それを見た楊雲は、仕方なく、といった様子で小部屋の中央に座る。ちょうど日課である瞑想をしているときのような姿だ。
 しばらく楊雲はそのまま微動だにしなかった。そんな様子に二人もつられ、身動きできなくなってしまった。そのまま、本当はわずかなのだろうが永劫とも思える時間が過ぎ、そして…。
「ふにゅ〜」
「ふ、ふにゅ〜??」
 次に楊雲の口から発せられたのは、あまりにもあまりにも彼女らしくない声だった。思わず聞き返してしまう二人。
「ちょ…ちょっと、楊雲…?」
「あー…。よくねましたあ…」
「あの…楊雲さん?」
 両手の握り拳でごしごしと顔をこする…まるでネコが顔を洗っているように…楊雲の様子に、二人とも硬直してしまう。
「『やんゆん』? ちがいますよぅ。『いせきのばんにん』ですぅ」
「楊雲さん…しゃべりがひらがなになってますよ…?」
「うにゃ?」
 メイヤーが言ってみるが、どうも要領を得ない。
 口寄せには成功したようだが、どうも遺跡の重厚な雰囲気にはそぐわない霊のようだ。しかも、外見も声もあの楊雲のままで「ふにゅ〜」だの「うにゃ〜」だの言っているのだからものすごい違和感である。
「…ま、まあ…いいわ…」
 しばらく硬直していたカレンがようやく、何とか気を取り直す。
「ちょっと聞きたいんだけど。ここにあったペンダントのこと…」
「ペンダント? …どうかしたんですかぁ?」
「実はね…」
 カレンはかい摘んで事情を説明した。この遺跡で発見されたすべての攻撃を引き寄せるペンダントを一人の青年が飲み込んでしまったこと、その解呪のためにこの遺跡を調査しているうち、魔王を眠りから覚ましてしまったこと、ペンダントのせいでその魔王に反撃することもできず、一刻も早くペンダントをどうにかする必要があること…。
「にゃッ!? まおうがめをさましたんですかぁ〜!?」
「ええ。けど、見た所長い封印のせいで力をだいぶ失ってるみたいだから、攻撃さえできれば倒せないまでも再封印くらいは何とかなると思うわ。腕が立つ連中は揃ってるから…。攻撃さえできればの話だけど。だから、あのペンダントを何とかしたいのよ!」
「うにゅ〜…。そうですかあ…。それなら、しばらくまってるのがいいとおもいますよぉ」
「え? 待ってる、って?」
「あのペンダントにかかっているまほうには、『じぞくじかん』があるんですぅ」
「持続時間?」
 楊雲に乗り移った自称『いせきのばんにん』の説明によると、例のペンダントは、もともとは魔王の封印のために作られたものらしい。ペンダントを身につけている者には、装着者自身によるものも含めてすべての攻撃が集中する。身に着けさせることさえできれば、魔王とて無力化させることができる究極の封印アイテム…のはずだったのだが、このペンダントには重大な欠点があった。
 一つは、相手に身につけさせなければならないということ。「誰がネコの首に鈴を付けるか」という問題が生じてしまうわけである。しかも、身につけたところでペンダントを外すことはたやすい。
 そしてもう一つは、魔力が続く時間に限りがある、ということである。魔王封印のために研究が重ねられ、かなり持続時間は延びたのだが、それでも一週間もすればペンダントの効果はなくなってしまい、今はメイヤーが持っているあの石の箱に入れて魔力を補充せねばならないらしい。
 そんなわけで、魔王は他の手段で封じられ…封印のために実用化されることのなかった三つの試作ペンダントは、それでも何かの気休め程度にはなるだろうと、この遺跡に置かれることになった。
 ついでに言うなら、この『いせきのばんにん』は、ペンダントにかけられていたもとの魔法を使うことができるらしく、万一魔王が目を覚ました場合は、直接魔王にその魔法をかけるためにここにいたらしいのだが…どうも自分がすっかり眠り込んでしまい、役には立っていなかったようである。
「なるほど。それであのペンダントは魔王の封印の間ではなく、遺跡の途中に隠されていたわけですね」
「まあ、魔王には役立たず、って言っても、シャレにならない代物であることは確かだから…気休めもかねて一緒に封印しよう、って判断は正しいんでしょうけど…だったら、もっと厳重に封じておいてくれれば…」
 ちらり、とカレンはメイヤーを見る。「遺跡バカが気軽に開封して持ち出したりもしないでしょうに…」という言葉を飲み込みながら。
「で、メイヤー。あのペンダントを最後に箱から出したのって、いつ?」
「確かちょうど7日前だったはずですが?」
「じゃあ…そろそろ魔力切れって訳?」
「そうなりそうですね」
「よし…そうとわかれば話は早いわ。戻るわよ!」
「ええっ!? 待って下さいよ、古代の方の話を直に聞ける機会なんて滅多にないんですよ!?」
「カイルクンや悠也クンをいつまでも放っておく訳にはいかないの! それに! 楊雲をこのままこんなネコみたいにしとく訳にもいかないでしょう!」
 カレンの言葉に、相変わらず「にぎりこぶしでかおをごしごし」していた『いせきのしゅごしゃ』は、ぴくっとなって顔を上げる。
「うに〜っ! 『いせきのしゅごしゃ』ですぅ! ネコじゃありませんよぅ!」
「ああもう! どっちでもいいから! 楊雲! 戻るわよ!」
 カレンがしびれを切らして怒鳴る。「楊雲」と呼ばれたとたん、彼女の動きがぴたっ、と止まる。そして、自分が相変わらず「にぎりこぶしでかおをごしごし」のポーズをしていることに気づくと、ばつが悪そうに立ち上がり、服の裾をぱたぱた払った。
「参りましょうか…」
「ああ〜…、ガク」
 元に戻った楊雲を見たメイヤーはがっくりとうなだれた。そんな彼女の手を引いて、カレンはもう走り始めている。
「ほぉらぁ! モタモタしないの!」
 カレンの声にせかされて、楊雲も駆け出した。
 長い通路を戻る途中、並んで走る二人に、楊雲は小さな声で言った。
「…先程も、言いましたが…」
「何?」
「…口寄せしている間の私の様子は…他言なさらないで下さい…」
 かなり気まずそうに言う楊雲を見て、二人はようやく悟った。別に儀式とかそういうわけではなくて、ただ単に…
 楊雲は、恥ずかしかったのだ。
 
「くっ…」
 何度目かの魔力光を受け、カイルの体が傾いた。
『フン…。手こずらせおって』
 シバブーはそんなカイルをせせら笑うように、今度こそ、と悠也に狙いを定めた。
「させ…るか…」
 必死にカイルは悠也にしがみつこうとするが、もうその両腕にも力は入っていない。
「もういいカイル! このままじゃお前が…」
「バカが…。呪われた愚か者に心配されるほど、オレ様は落ちぶれてはいない…」
 カイルの言葉がただの強がりであることは誰の目にも明らかだった。悠也の肩にかけようとした腕が、ずるり、と力無く垂れる。
「カイル!」
『茶番劇は、そこまでか?』
 嘲笑するシバブーを睨み付ける悠也。しかし、自分にはどうしようもない。
『ならば、死ね』
 シバブーの手からあふれる魔力光。悠也が覚悟を決め、思わず目を閉じた、その瞬間だった。
「だめーっ!!」
 魔力の轟音よりも強く、少女の叫びが響いた。倒れたカイルと同じように悠也をしっかりと抱きしめ、彼を守ろうとした少女の背を、魔力光が容赦なく打ち据える。
「あうぅっ!」
 その光景を、悠也はただ茫然と見守ることしかできなかった。声が出たのは数瞬の後だった。
「ウェンディ!!」
 両腕の中にいる少女は、苦しそうな顔を見せないように必死に微笑みかけながら、弱々しい声で言った。
「さっき…石が崩れてきたときに…助けて、くれたから…」
「でも…お前…」
「どんなにいじめられても、何もできなくて…悔しい気持ちは、よく知ってますから…。カイルさんがこんなにされて、悠也さんもなにもできないまま、カイルさんみたいにされちゃうと思ったら…体が、勝手に動いてくれたんです…」
「そんなことより! 大丈夫なのか!?」
「大丈夫…ですよ。あんな…無抵抗の相手をいたぶって楽しむような人には…」
 そこまで言って、ウェンディは、シバブーを真っ直ぐ睨み付けた。いつもの、ひねたような拗ねたような目ではなく、本当の強さを持った目で。
 そして、強い意志を込め、きっぱりと言った。
「負けないんだから…!」
「ウェンディ…」
 そんな彼女の様子を見た彼は、意を決して立ち上がった。
「ちょっと! 何するつもり!?」
 不安そうなフィリーの金切り声が飛ぶ。
「戦う」
「ちょっ…冗談でしょ!? あんた、今…」
「何もできないなんてことはわかってる! だけど、だからって…仲間を…ウェンディを傷つけたこいつに何もしないなんて、俺には耐えられない!」
「でも、あんた!」
 もう、フィリーの制止の声は届いていなかった。
 怒声をあげながら一直線に自分に向かってくる青年を、シバブーは冷ややかな目で見おろした。これまでの会話で、この青年がどんな状況にあるのかはわかっている。
『愚かな…』
 しかし、そのシバブーは次の瞬間、苦痛に目を見開いた。
『なっ…バカな!?』
 青年の剣が、深々と自分に突き刺さっていたから。
『何故だ! 貴様は、あのペンダントの魔力を…』
「ふむ。どうやら、ようやく魔力切れのようですね…」
 遺跡の中からその時出てきたメイヤーが、その様子を見て率直な感想を述べた。
「それとも…意志の力、ってやつかな?」
 冗談とも本気ともつかない言葉をもらしながら、カレンは楊雲とともにカイルに駆け寄る。
「どう?」
「深い傷も多くありますが…大丈夫です。カイルさんですから」
「そうね、カイルクンだもんね」
 微笑むカレンに、楊雲も小さく微笑み返した…ような、気がした。
「ヒーリング・ウェイブ」
 楊雲の魔法で傷がふさがると、カイルはすぐに意識を取り戻した。
「大丈夫…ですか?」
「誰に向かって言っている?」
 カイルは不敵に笑い、立ち上がると、シバブーと戦い続ける青年を、どことなく嬉しそうな眼差しで見た。
「よくはわからんが…とにかく、ペンダントはどうにかなったのだな?」
「まあね」
「よし…いままでの礼をしてやらねばな…!」
「カイルさん…まだ、完全に治ったわけでは…」
「あんな三流魔王の相手には、この程度で充分だ」
 剣を引き抜くカイルに、レミットが駆け寄ってくる。
「ねえちょっと! どういうことなの!」
「…フン。もう遠慮は要らんということだ!」
「よくわかんないけど…まあいいわ。あたしもあいつには頭に来てたとこよっ!」
「ガキの出番はない、引っ込んでろ」
「何よ。ケガ人こそ引っ込んでなさいよね」
 カイルとレミットは互いに悪態をつき、どちらともなく苦笑した。
「よし!」
「行くわよ!」
 青年の気迫に押され、防戦一方になっていた魔王シバブーの敗北は、この二人が参戦したことで、はっきりと決した。
 
「まさか…お前等と一緒に戦うことになるとはな…」
「それはこっちのセリフだ…」
「勝てたのはあたしのおかげよ、感謝することね!」
「何言ってやがる、ガキんちょが…」
「何よバカイル! あたし、ガキじゃないもん!」
「誰がバカイルだ!」
 いつも通りのやりとりを始める三人を、残り十一人の乙女たちが、微笑ましそうに見ていた。
「皆さん、本当に…仲がよろしいんですね」
 若葉の言葉は、この時ばかりは、正確に的を射ていた。
「でも…無事でよかった、本当に…」
 若葉の魔法ですっかり元気になったウェンディが、涙まで浮かべながらつぶやく。
「そうね…。ウェンディ、あんたのおかげもあるわね。見直したわよ」
「そうそう」
「え…そんな…」
 フィリーとリラに肩を叩かれ、ウェンディは頬を赤らめうつむいてしまう。
「ま、なんにせよめでたしめでたしや! はよ帰ってメシ食お!」
 元気よく駆け出そうとするアルザの肩を、キャラットがとんとんとつついた。
「そうでも…ないみたいだよ?」
「あん?」
 アルザが、キャラットの指差す方を見てみると…。
「…そもそも、オレ様が守ってやらなかったら貴様などとっくの昔に消し炭だったではないか! 海より深く感謝しろ!」
「誰が守ってくれって頼んだよ!? それに俺には男に抱きつかれて喜ぶ趣味はないんだっ!」
「あーあーそーだろーよ、オレがいくら攻撃されても黙って見てただけのクセして、不景気女が一撃食らっただけでいきなり張り切りやがって。そんなに女にいいところを見せたかったのか!」
「なによあんた、そんなつもりだったの! 不潔よ、不潔だわっ!」
「ああっ、姫さま落ちついて…」
 と、いつものケンカ…例によって、戦いでも喧嘩でもない…がまたも始まろうとしていた。
「また、始まってしまいそうですね」
 言うティナの顔も、少し微笑んでいる。
「放っておけば、おさまりましょう…」
「そうね。おーい、カイルクーン! 私たち、先に行ってるからねー!」
「勝手にしろっ!」
「うちらもはよ行こー。うち、お腹ぺこぺこやー」
「そうだね。ねーレミットー、ボクら、先行くよー?」
「すいませんすいません、すぐ追いかけますから…」
「あたしたちも、行こうか?」
「そうね。ウェンディの破けた服も買うなり直すなりしないといけないし…」
「でも…」
「いいのよ放っとけば! 楊雲じゃないけど、じきおさまるわ」
「そう…ですね」
「本当に…皆さん、仲がよろしいんですね」
 周りのみんながとっとと出発したというのに、それぞれのパーティのリーダーであるはずの三人は、気づきもせずに、ずっと、仲良くケンカしていた。
 
                            〈おしまい〉
 
お・ま・け
 
「そういえば…」
 街道を歩きながら、カレンがふとつぶやいた。
「どうかなさいましたか?」
 少し前を歩いていた楊雲が振り返る。
「あのペンダント、魔力が切れたとは言え、まだ悠也クンのお腹の中にある訳よね?」
「…そうですね…。そのはずです…」
「いいのかな? あのままにしておいて」
「さあ…?」
 楊雲の様子に肩をすくめたカレンは、ふと、もう一人の姿がないことに気づいた。
「あれ? そういえば、メイヤーは?」
「…言われてみれば、さきほどから見かけませんね…」
「まあ、いいか。あれでもメイヤー、はぐれたことはないしね」
「そうですね…」
 
 そのころ、メイヤーは。
「摘出は、無理でしたか…。やはり、かくなる上は…」
 しゃーこ、しゅーこ。
「外科手術しか…ないでしょうね…ふふふ」
 メイヤーの手の研がれたナイフと、その照り返しを受けた丸メガネのレンズが、同時にキラーン!と剣呑な輝きを放った。
「ふふふふふ…ははははは…ヒーッヒッヒッヒッヒッ…」
 悠也の運命や、如何に!?
 
                            〈つづかない〉
 

 
中書きでない後書き
 
 どーも、もーらですー。とりあえず今回でおしまいということにしました。まあまたいずれ別シリーズで…ということですね。もっとも、「おまけ」で書いたことを初め放って置いた問題もあるので、このシリーズを続けることもできなくはないのですが…終わりでいいよね? ねっ?
 
 では、今回のお話について。
 
・『いせきのしゅごしゃ』について
 間違っても『遺跡の守護者』ではありません。もちろんイルム・ザーンにいるやつとは無関係です。誰だか…わかるよね?
 今回のテーマは「にゃんにゃんやんゆん」(「楊雲」ではなく「やんゆん」です)…のはずだったのですが、結構どうでもいいキャラになってしまいました。終盤が物語を収束させるために重くなったせいですね。しぐさがネコのやんゆん…ビジュアルがあったら楽しかったかも。
 物静かでミステリアスな楊雲が好きな皆さん、ごめんなさい。
 
・カイルについて
 おかしいなあ…。どうしてこんなにいい役どころなんだろう…? バカイルのはずなのに…ヘンだなあ…?
 格好悪いバカイルが好きな皆さん、ごめんなさい。
 
・ウェンディについて
 今回のお気に入り。ちょっとウェンディにしては行動が立派すぎかな? けれど、メンバーの中で「一方的にやられる悔しさ」が一番わかっているのはウェンディだと思うんですよ。「負けないんだから」というセリフも使わせたかったから、ここでは彼女が適任かな…と。
 内向的で後ろ向きなウェンディが好きな皆さん、ごめんなさい。
 
・メイヤーについて
 やべっ(笑)。
 一番の災いは、魔王なんかより彼女かも…。
 知的なメイヤーが好きな皆さん、ごめんなさい。
 
・魔王シバブーについて
 この魔王の出典については聞かせてもらったのですがどうもピンときません。その上どうしても名前から「シシカバブー」を連想してしまうので…なんかしっかり書けないんだよなあ…。だもんで、「よくある悪役」になった上に、描写すらなく倒されてもらいました。
 んー…なんかわかんないけどとにかく好きな皆さんごめんなさい。
 
・主人公君について
 シリアスなシーンで「主人公」って名前…うーん…。ってなわけで終盤、一部「青年」になってます。小説EMでは「少年」ですが…「少年」だとかなり子供のような気がしちゃうんで、こうしました。
 ホントにオフィシャルの名前が欲しいなあ…。
 みなさん、主人公君に、どんな名前付けてます? 私はプレイの度に名前変えてるんで、30以上は付けましたが…。
 
 …ってなわけで、DDペンダント編はこれでおしまいです。またいずれ別のシリーズなどでお会いできることがありましたら宜しくお願いしますね。
 ではでは。もーら6502でしたー。
 

 
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