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なんちゃってのんふぃくしょん 巻の肆

「おかえり」編

「もーら…さん…。深篠さん…。ただいま…」
 入院は、短くはなかった。あの愛想の悪い店員の言うには二週間ほどだろう、ということだったのに、結局三週間もかかってしまったのだ。
 しかも、結局修理と称してやったことは、HDDの交換とシステムの再セットアップだけ。私にでも充分できたことだし、その方が時間も資金もかからなかったことだろう。私は自分の不明を後悔した。
「すまん、エルメスフェネック…。長い間不自由させただけじゃなく、お前のことを人任せにしちゃって…」
「ううん。もーらさん、自分でやって失敗しちゃいけない、って思ったんでしょう? もーらさんが大切なものには確実な方法を選ぶって、私知ってる。お金がかかっても、時間がかかっても、電気屋さんだったら私が直らない、ってことないもの。
 私のこと、大切に思ってくれてたんだよね? ありがとう、もーらさん。
 けど、私…。いっぱい、いっぱい…忘れちゃったよ。なにも覚えてないの。
 まだ、しばらく…迷惑かけちゃうと思う…」
 HDDを交換した、ということは、そこに入っていたものはすべて失われた、ということだ。
 ただ、それはそれほど気にすることでもない。人からもらったメール等を持っていた深篠姫と違ってエルメスフェネックを私用で使うことはほとんどなかったし、仕事で作ったデータについては引き継いだりするためにほとんどFDに保存してある。取り返しのつかないデータは、実はほとんどないのだ。
「心配するなエルメスフェネック。元通り…とはいかなくても、すぐにお前も私も困らないようにしてやるさ。
 な、深篠姫、青葉さん」
 私が話しかけると、深篠姫も青葉さんも力強く賛意を示した。
「そうですとも。今度は私が、恩返しをするときですわ」
「はいっ。わたくし、こういう時のためにこちらに上がったのですもの。一生懸命がんばりますっ」
 そんな二人を見て、エルメスフェネックは、ひどい喜びとひどい悲しみが入り交じったような様子を見せる。
「あ…ありがとう…っ…。
 ごめんね、ごめんなさい…
 私、またこんなことになっちゃって…迷惑かけてるのに…。
 助けてくれて、本当に、ありがとう…」
「気にするな。お前は、私の大切な仲間なんだから」
 それから、確かに、エルメスフェネックの復旧にはかなりの時間と手間がかかったのだけれど(30メガもあるデータを、故あって電話回線越しに転送したりもした)…無事、彼女の復旧は済んだのだった。

「さて、エルメスフェネック。
 お前に頼みたかった仕事が山積みになってるんだ。頑張ってもらうぞ」
「うん。でも私、ホントに安心したよ。一月近く入院してても、もーらさん相変わらずで」
「ん?」
「だってさ、私の中のATOKの辞書復帰した後、試しに変換してみた言葉が…」
『楊雲』か?」
 これは、私が使っている辞書ファイルを転送したりしたとき、それが成功したかどうか試すときに使う単語の定番である。固有人名なのだが、普通はぜっっったいに出ない。
「それもだけど。それだけじゃなくてさ。
『幽祢』なんてのもやってみてたじゃない」
「・・・・・・」
「知ってる人なんてほとんどいないよ? 相変わらずまにあっくなんだからー」
「だまらっしゃい」

 そんな掛け合いができるくらい、彼女も精神的に立ち直ったようだ。まあ強がりもあるのかもしれないが、ひとまずは安心と思っていいだろう。
 まだ、お前には頑張ってもらわなきゃならない。
 これからもよろしく頼むよ、エルメスフェネック。

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