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Late for…

                                       

 そうだ。
 やっぱり、サンタクロースなんていないんだ。
 暗い部屋の中で一人、翔太はそれを確信した。
 もちろん最初は、その存在にこれっぽっちも疑問なんてなかった。だけど小学校の高学年ともなると、当然半信半疑になってくる。
 それでも毎年、朝起きると枕元にプレゼントが置いてあったから、サンタはいない、と言い切る自信もなかった。
 だが、今年のクリスマスイヴ。
 共働きのお父さんとお母さんが運悪く二人そろって出張にでかけることになってしまい、そして…。
 誰もいない、何もない、25日の朝を、翔太は迎えることになったのだ。

 そのせいで、しばらくの間翔太の気分は暗く沈んでいた。
 両親の出張が長期にわたり、ずっと家に一人きりにされていたことも、翔太の気分を沈ませる原因のひとつだったろう。
 ともあれ、12月27日の夜。
 翔太はまだ、ひとりぼっちだった。

「ん…」
 真夜中、翔太は目を覚ました。
 年末の面白くもないテレビを見るともなく見ているうちに、ついうたた寝してしまったらしい。
 口の中がねとねとして気持ち悪い。水を飲むため、翔太は部屋を出た。

 どすぅんッ!!
「きゃあぁっ!!」
 突然。
 キッチンにいた翔太の耳に、そんな音と声が飛び込んできた。
「わっ!?」
 当然びっくりする。この家には今翔太しかいないはずなのだから。
(泥棒?)
 まず思い浮かんだのはそれだった。だとすると、うかつに部屋に戻るのは危ない。
 翔太は辺りを見回すと、キッチンの隅に置いてあったビール瓶を持ち、静かに部屋の様子を見に戻った。

「いっ…たたたたたあ…」
 ドアを少しだけ開けて、すきまからそっと中をのぞいてみると、そこには見たこともないお姉さんが一人、痛そうな顔でおしりをさすっていた。
「うう…。おもいっきりぶつけちゃったよお…」
 涙目になっている。どうも、害はなさそうだ。
「あの…。お姉さん、誰?」
 そう思った翔太は、思い切って声をかけてみた。
 涙目でおしりをさすっていたお姉さんは、はっ、となると翔太を見る。
 しばらく続く、気まずーい沈黙…。
「え、あ、あっ、あははははっ。
 その、えっと、怪しい者じゃないのよ。
 まあ、なんて言うか、あれよ、あれ。
 め、メリー、クリスマス?」
 自分でも場違いなことを言っているとわかっているのだろう。お姉さんの言葉は、最後、半疑問形になっていた。
 言っている本人がそんななのだから、
「はあ?」
 翔太がこういう反応をしめしたからと、誰が責められるだろう?
「はあ? って何よー。
 そりゃ、ちょっと遅れちゃったのは悪かったけど…。
 このカッコ見れば、私が何者で、何しに来たか大体わかりそうなもんじゃない?」
 言われた翔太は改めて、もう一度お姉さんの全身をまじまじと見てみた。
 まんまるなフレームのメガネ。みつあみに結った黒い髪。出で立ちは地味っぽいが顔立ちは元気が良さそうだ。しかしまあ、顔つきはごく普通の、どこにでもいそうなお姉さんでしかない。
 問題はお姉さんの服装だ。
 白い縁飾りと白い飾りのついた赤い帽子。服装も白と赤のおめでたそうなツートンカラー。そして手には白い大きな袋。
「サンタのつもり?」
「つもりじゃなくてね。サンタなの。私」
 ・・・・・・
「はあ?」
 もう一度、間の抜けた声をあげる翔太。お姉さんはそれを聞いて、また不機嫌そうに頬を膨らませた。
「だから、はあ? じゃないでしょ?
 私まだ新米サンタでね。トナカイ橇うまく乗れなくて3日くらい遅れちゃったけど、ちゃんとプレゼント届けに来たんだから」
 にっこり笑ってみせる、自称サンタのお姉さん。翔太はそんなお姉さんの様子に、少しムッ、となった。
「子供だと思ってからかってるでしょ。
 サンタなんて、いるわけないじゃないか」
「ああまったく、これだから最近の子供は夢がなくて…」
「最近の子供、って…。そういうこと言い出したらトシだって誰かが言ってたよ」
「なんですってっ」
 今度はサンタお姉さんがムッとなる。
「ま、いいわ。
 とにかく私はサンタで、君にプレゼントを贈りに来たの。ホントよ」
「でもサンタさんっていったら、白いヒゲのお爺さんじゃないか」
「あ、うん。それは開祖の聖ニコラウスさんのイメージでね。今いるサンタさんは、聖ニコラウスのお弟子さんとか孫弟子とか、そういう人たちなの。私もそう。
 サンタに弟子入りする人っていうのは子供好きのお年寄りが多いから、そういうイメージがずっとついてまわっているけど、私みたいなのもいないことないんだよ」
「嘘だあ」
「信じなさいよー。目の前にいるんだからさあ」
「でもさあ」
 信じようとしない翔太の様子に、サンタお姉さんは一つため息をつくと、まじめな顔になった。
「ねえ。サンタはいない、って、思う?」
 ここ数日の出来事を思い出した翔太は、暗い表情で、こくり、とうなづいた。
「どうして?」
「よく、わかんないけど…。でも、クリスマスのとき、プレゼントくれてたのはお父さんとお母さんだった。
 今年のクリスマスは、お父さんもお母さんもいなかったんだ。だから、プレゼントももらえなかった。
 サンタさんがホントにいるんなら、お父さんやお母さんがいなくても、プレゼントはもらえるはずじゃないか」
「…そうね。ホントはそうするつもりだったんだけどね。ちょっと遅くなっちゃって、ごめんね。
 でも、プレゼントをくれるのがお父さんとお母さんだと、どうしてサンタがいないことになるのかな?」
「え?」
 何を聞かれたかよくわからず、翔太はきょとん、となる。
「確かにね、ほとんどの子供にプレゼントをあげるのは、お父さんとお母さんよ。
 でもね、ちょっと考えてみて。
 お父さんとお母さんは、どうしてクリスマスの日、プレゼントをくれるんだと思う?」
「それは…えっと…」
 すぐに答は出てこなかった。
 いままでずっと、クリスマスとはそういうものだ、と思っていたから、いざそれが「なぜ」ということになると想像も付かない。
「秘密のお話なんだけどね。特別に教えてあげる。
 ホントのサンタになるのはね、とっても大変なの。空飛ぶトナカイ橇の乗り方とか、通り抜け煙突の使い方とか、一つ一つ覚えていかなきゃいけないのよ。学校と違って教科書とかもない。先生サンタから少しずつ教えてもらうの。
 簡単にはサンタになれないからね、サンタの数ってとっても少ないの。だからね、世界中の子供達全員にホントのサンタがプレゼントを贈る、っていうのは、無理なのよ。
 だから、サンタ達は少しでも多くのいい子にプレゼントをあげるために、いい子のお父さんとお母さんにお願いすることにしたの。
『私たちの代わりに、プレゼントを贈ってあげてください』ってね」
 ただきょとん、とした顔で聞いている翔太に向かって、にっこり微笑みかけるサンタお姉さん。
「お父さんとお母さんがクリスマスの日にプレゼントをくれるのはね。
 サンタが、お父さんとお母さんに、代わりにプレゼントを贈ってくれるようにお願いしてるから、なのよ。
 今みたいに、直接渡すこともあるけどね」
 そこまで話し終わったサンタお姉さんは、ふと、表情を曇らせた。
「でもね。それを信じるかどうかは、子供達次第なの。
 無理して信じろ、なんて言わない。
 けど、信じてくれるなら、みんなはいつか、私たちに会える。
 子供のときに会えなくたって、お父さんやお母さんになった後、『あなた方のお子さんに、プレゼントを贈ってあげてください』って頼みに来る私たちに会えるのよ」
 長い話を終えたサンタお姉さんは、ふう、と大きく息を付き、まっすぐに翔太の瞳を見つめた。
「翔太くんは、信じてくれる?」
 翔太はしばらく戸惑っていたが、やがて、
「…うん」
 小さく、だがしっかりと、うなづいた。
 それを見たサンタお姉さんは、心の底から嬉しそうな笑みを満面にたたえ、
「ありがとう!」
 本当に嬉しそうに言った。
「あ、そうそう。本来の目的を果たさないとね」
 サンタお姉さんは担いでいた袋をごそごそさぐった。そして、一つの包みを取り出す。
 決して大きな包みではなかった。が、とても心惹かれる色の包み紙で綺麗に包んである。
「はい、プレゼントよ」
「あ…ありがとう!
 開けてみて、いい?」
「ええ、もちろん。
 翔太くんが一番欲しい物が、入っているはずだよ」
 それだけ言うと、サンタお姉さんは立ち上がる。それにあわせて、天井に四角い穴が開いた。
「またいつか、もう一度会いましょうね。
 そのとき、翔太くんはお父さんかもしれないけどね」
 煙突の穴なんだ、と気づいたとき、サンタお姉さんの姿はその穴の中に消えていた。

「何なのかな?」
 手元に残った一つの包み。大きくもなければ重くもない。振ってみてもなんの音もしない。
 包み紙は破るのがもったいないので、静かにていねいにはがした。そして翔太が箱を開けると…
 かちゃッ。
 階下で静かな音がした。
「え…?」
 階段の吹き抜けから玄関をのぞく。そこにいた二人を見て、翔太の表情がぱあっ、と明るく輝いた。
「お帰り! お父さん、お母さん!」
 箱の中は、実は、空っぽだったのだけれど。
 翔太は、これがあのサンタお姉さんのプレゼントなんだな、と、疑いもなく思った。

「ホントのサンタのプレゼントは、モノよりもずっと大切なもの、なのよ。
 遅くなっちゃったけど、メリークリスマス、翔太くん」
 その様子を垣間見ていたサンタお姉さんはにっこり微笑むと、傍らの橇に乗り込んで、満天の星空の中に消えていった。

〈おしまい〉


あとがき

Vさま寄贈サンタおんなのこ はい、年も明けてからクリスマスなお話です(^^;)

 まあ、テーマが「遅刻してきたサンタさん」なので、クリスマスに間に合わなくて当然なんですけれど。

 そもそもこのお話、とある方からイラストを頂きまして、そのお礼にと書いたものです。←が、そのイラスト。

 …ページに載せてみたら意外とでかいなあ…。実はこれ、元のサイズの25%に縮小してあるんですけど、それでも1画面には収まり切りませんねえ。これ以上縮めると線がなめらかに表示されなくなっちゃうんですよね。

 まあともかく、このイラストが私の手元に届いたのが12月27日だったので、作中の日付設定が27日になっているわけです。で、28日一日でこのお話を作って、イラストの掲載許可もらってたら、結局年を越しちゃったわけです(^^;)

 いずれにせよ、作者の“V”さま、どうもありがとうございました。バナーをのぞけばこのページ初のイラスト掲載ですよ。おかげさまで視覚的に豪華なページになりました。今後ともよろしくお願いしますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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