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第一話:決戦兵器誕生!
 
 これで三度目だったが、やはりびっくりするものはびっくりするのだった。
 朝食の席で、自分の右隣に座った、自分よりほんのちょっと下か同じくらい、20前後であろう娘を横目で見ながら、前島響は念のため聞いてみる。
「新しい入居者ですか?」
 響の言葉を聞いた管理人の…、はずなのだが、なぜかよれよれの白衣を着ており、とても真っ当な管理人になど見えない…森祐は、苦笑しながら答えた。
「入居者が身の回りのものも何も持たずいきなり手ぶらでやってきて、朝食のテーブルについているわけがあるまい。
 私の三人目の娘だ。昨日の晩生まれたばかりだぞ。すごいだろう」
 やっぱり。
 はああ…。響は深いため息をつく。そんな彼の様子を見て、正面に座っていた娘が心配そうに話しかけてきた。
「あら…。私、どこか失敗してた? おいしくない…かな?」
 彼女の名は森ふみ。この下宿のおさんどん担当である。当然、この朝食も彼女が作ったものだ。トーストをかじりながらも浮かない顔の響を見て、不安になってしまったらしい。
「あ、いや…大丈夫、ちゃんとおいしいよ。
 ただね…」
「ただ?」
「君たち二人で慣れたつもりだったけど、やっぱりどうもこういうのはまだ信じられなくて…」
「まだ、なんですか…? わたしが生まれて、もう1年も経つんですよ?」
 響の斜め前、ふみの隣に座っていた少女…森はつえという名だ…が少し呆れたように言った。が、呆れるのは響の方だ。
「まだ1年、だよ…。俺はここに来るまでは、ロボットなんて直立二足歩行がやっとだと思ってたんだ」
「ふふん。私を俗世間の凡夫と一緒にするな。これが天才というものだ」
 得意気に胸を反らす祐。そしてさらに、意地悪そうな顔になって続けた。
「それに、今更文句を言うものではないぞ。君がこの下宿に入居するとき、ちゃんと断ったはずだ。『ここは私の研究所の空き部屋を開放しているものだから、家賃が安い代わりに実験の影響が出ることもある。場合によっては君自身が実験台になってもらう場合も考えられる。危険がないことだけは、保証する』とな。
 さもなくば、月の家賃が3000円ポッキリなどということがあるはずなかろうが」
「確かに、それはそうですけど…。
 だからって、一体どこの誰が『アンドロイドと同居する』なんて状況を予想してるって言うんですか!」
 
 ふみやはつえは…そして、おそらくは今日初お目見えの三人目の少女も…実は、祐が作り上げた「アンドロイド」なのである。
 先ほどの祐の話にあったとおり、この下宿は祐が自分の研究所の空き部屋をいくつか開放しているものだ。
 しかしながら、住人は大家兼管理人の祐とその「作品」たち、そして響しかいない。その家賃の破格の安さと天秤に掛けてもなお皆が敬遠するほどの怪しい雰囲気を、この下宿は…そして祐は放っているのだ。一言で簡単に言ってしまえば、この下宿は「マッドサイエンティストのアジト」にほかならない。皆、「改造人間にされたりしてはかなわない」とでも思っているのだろう。
 響も最初はそうだった。が、入試の際この大学のボーダーラインすれすれだった響は、受かっているかどうかわからなかったためぎりぎりまでアパートとかの手配ができず、結果、見つかったのがここだけだったのだ。
 住み始めてしばらくは、予想より悪くない、と感じていた。大家兼管理人の祐はほとんど研究室に閉じ籠もったきり出てこず、何の邪魔にもならないし、雰囲気は怪しいが大学にもコンビニにも商店街にも近く、立地条件はすこぶるよい。
 物事を見かけで判断しちゃいけないな…などと響が考えていたのは、2年になる春休み明けに下宿に戻ってくるまでだった。
 久しぶりの下宿には祐のほかにもう一人、見知らぬ…そして、メイド服など着ている極めていかがわしい…女性がいて、
「初めまして。私、ふみです。よろしくね、響クン」
 と、自己紹介してきた。それだけなら響も彼女のことを、かなり風変わりではあるものの、新しい入所者としか思わなかっただろう。
 しかし、その日の夜。ふみが、お近づきのしるしに、と響を夕食に招待したのだが、彼女が冷凍がちがちの魚を手刀で両断しているのを見、響は目を疑った。そして得意気な祐から、ふみが家事用アンドロイドだということを聞かされたのである。ちなみにこれ以後、基本的に自炊…あるいは、時には祐の食事まで作らされていた響に、ふみが食事を作ってくれるようになった。
 さて、ふみは普段は、メイド服を除いてはまったく普通の女性と変わらなかったので、アンドロイドだなどと言われても信じられるものではなかったのだが、その約半年後、今度は2年の夏休みの帰省から下宿に帰ってきた響に、はつえが紹介された。それなりに大人、という外見のふみと違い、中学生くらいに見えるはつえが一人暮らし、というのは納得し難かったので、響は彼女のことを祐の親戚の子かなにかだと思っていた。ふみ同様はつえも、祐と同じ「森」という苗字だったためでもある。
 が、はつえと仲良くなった響が彼女と遊んでいたとき、転がっていったボールを追って道路に飛び出した彼女は…、
 ぶつかってきた10tトラックを、返り討ちにしたのである。
 中学生の女の子をはねたと思ったとたん自分のトラックの方が大破したため、何が起こったかまったく理解できずきょとんとしているトラックの運転手を後目に、
「こわかったよぉ…」
 と、泣き出したはつえ。「痛いよぉ」ではないのである。そう、彼女はトラックを潰しておきながら、自分はカスリ傷一つ負わなかったのだ。
 
 そんな二人に比べ、更に倍の開発期間を経て誕生したこの娘は、一体何者なのだろう? 響は、そんなことを考えながら、彼女をまじまじと見つめた。そんな視線に気づいた娘が響にむかって微笑みかけてきた。
「あ、自己紹介まだだったよね。
 あたし、森かなこ。これから、よろしくね」
「俺…前島響。
 念のため聞くけど、君もやっぱり?」
「うん。アンドロイドだよ」
 何を当たり前のことを、という風情で答えるかなこを見て、響はまたも深ぁいため息をついた。そしてそのうかない顔のまま、得意満面の祐に向き直る。
「で、祐さん? かなこさんのコンセプトはなんなのさ?」
 祐は今までの二人を作るときにも、明確なコンセプトを定めてきた。ふみは「家庭内作業用人型メイドロボおねえちゃんタイプ」、つまり、後半部分はともかくとして「究極の家電」であり、はつえは「万能遊戯用人型ホビーロボけなげタイプ」、やはり後半はともかくとして「究極のオモチャ」である。多分に趣味に走ってはいるが、二人ともそれなりに穏当なコンセプトの元に生まれてはいるのだ。
「かなこか? かなこはな、『汎用人型決戦兵器ロボともだちタイプ』だ」
 が、祐の答えは、今までと違い極めて不穏当なものだった。
「…なんだって?」
「『汎用人型決戦兵器ロボともだちタイプ』」
「決戦…兵器ィ?」
 しばらく一緒に暮らしてみて、響にはふみとはつえのとんでもなさが充分わかっている。ふみには「オーブン機能のおまけ」であるところの高出力熱線砲だの、「電子レンジ機能のおまけ」であるところの高出力マイクロウェーヴ砲だの、「包丁よりもよく切れる」単分子振動剣だの、シャレにならないシロモノがいっぱい装備されているし、はつえははつえで、トラックにはねられてもへっちゃらな頑丈さだけでなく、邪魔な違法駐車の自動車をひょいとどかすくらいの力もある。そんな二人でも、あくまで「家電」であり「オモチャ」なのだ。
 そんな二人を作った祐が、三人目のかなこは「兵器」として作ったのだという。一体彼女にはどのくらいの戦闘能力があるというのだろう。
「そうすると…かなこさんは、指がマシンガンになってたり、膝からミサイルが撃てたり、挙げ句の果てには体内にヒロシマ型に匹敵する原爆が埋め込まれてたりするわけ?」
 冗談半分に響が言うと、祐はそれに苦笑で答えた。
「かなこはサイボーグではなくアンドロイドだ。それにマシンガンだの原爆だのは法に触れるだろうが」
「熱線砲やマイクロウェーヴ砲や単分子振動剣は?」
 響が突っ込むと、祐はさらに苦笑する。
「響君。銃刀法の条文を読んでみたことがあるかね? 熱線砲もマイクロウェーヴ砲も実弾が出ないから対象にはならんし、ふみの単分子振動剣は腕に仕込んであるから実際には剣とはみなされまい。法には触れんよ。
  そもそもボウガンも取り締まれんような法が、新兵器を規制できるはずがなかろうが」
 そんなものなのだろうか? 響は首を傾げるが、天才の祐に口車で敵う者は誰もいない。例え裁判官であっても。だから、法的には問題ないのだろう。きっと。
「でも、今度は本気で破壊兵器くっつけたんでしょ?」
「ああ。なにしろ決戦兵器だからな。
 目から怪光線は出るし、口から一兆度の火球を吐くぞ」
「は?」
 響は素っ頓狂な声を上げるが、それ以上にびっくりした顔をしたのは他ならぬかなこ自身だった。
「ね…ねえ、母さん?」
 かなこのみならず、ふみもはつえも祐のことを母と呼ぶ。はつえはともかく、見た目は20代半ばよりちょい前、という感じのふみに祐が母と呼ばれると、周囲の人々が「一体幾つなんだ」という目で彼女を見ることがよくあるのだが。
 とにもかくにも祐自身にはそう呼ばれることへの抵抗はまったくないらしく、不安げなかなこの声に「ん?」と振り向く。
「あたしに…ホントに、そんなのついてんの?」
「冗談に決まってるだろう。一兆度の火炎など吐いたらその瞬間に世界が滅ぶわ。征服すべき世界を蒸発させるほど私はバカじゃない」
「せいふくぅ!?」
 再び、響が素っ頓狂な声を上げた。今度はかなこも唱和している。
「祐さん…また、冗談だよね?」
「はっはっは。
 無論本気だ」
 朗らかに笑いながら言い切る祐を見て、かなこは一気に青ざめた。
「あの…母さん?
 世界征服ってことは、『世界の警察』とか名乗ってる某大国とかとも戦わないといけないわけ?」
「問題ない。
 かなこ、おまえなら例の某大国が保有してる全核弾頭をまとめてくらっても、さすがに無傷とはいかんが…戦闘不能にはならんぞ」
「…あ、あたしって何でできてるの?」
「天才特製ひみつ合金とかひみつ樹脂とかいろいろだ。ま、『核弾頭をくらっても平気』ってのは、材質じゃなくて空間断層を作り出す能力があるからだがな」
「くうかん…だんそう?」
「厳密に言えば違うんだが、好きなところに異空間を作る能力だと思えばいい。空間がそこで途切れるからどんな攻撃もそこで止まるし、攻撃に使えば防ぐ手段はない。かなこの主武装だな」
「はあー…」
 響は感心して…というよりはもうわけがわからなくなって、まじまじとかなこを見た。見た目は自分とほとんど歳も変わらないこの娘が、某大国を敵に回して互角に渡り合えるほどの兵器だというのだ。
「や…やだな、そんな目で見ないでよ」
 響の視線に気づいたかなこは、頬を赤らめた。ふみやはつえもそうだが、祐の作品達は外見が到底アンドロイドだとは思えないほど生き生きしている。表情が極めて自然に変わるのはもちろんのこと、青ざめたり赤くなったり、顔色だって変わる。例のとんでもない性能がなければ、誰もアンドロイドだなどとは思わないだろう。このときかなこが浮かべた怒りの表情も、人間の娘のそれとまったく変わらなかった。
「とにかく! 母さん、あたし、世界征服なんてヤだからね!」
「ん?」
 祐は一瞬きょとんとした顔になったが、すぐに表情を崩した。自分の作品が自分の意向に逆らったことに、むしろ満足しているようだった。
「どうして?」
 にこにこしながら、祐はかなこに尋ねた。かなこは即答する。
「だって、世界を征服するって言ったら数え切れないほどの人と戦わないといけないじゃない。あたし、だれかを傷つけるのもヤだし、それで恨まれるのも、誰かが悲しむのもみんなヤだよ」
「まあ、かなこちゃん優しいのね」
 ふみが嬉しそうに微笑んで言った。彼女もまた、台所に出現した害虫獣も殺さず逃がすような性格をしている。
「そもそも、どうして母さんは世界征服なんてしたいの? 世界を征服して、どうするつもり?」
「まあ、やりたいことはいろいろあるのだが…どうして世界征服をしたいか、と言われれば、マッドサイエンティストとしてのたしなみだな」
「自分で、マッドサイエンティストを名乗らないでよ、ママ…」
 小さな声で、だがはっきりと、はつえが言う。その言葉にも、祐の笑みが消えることはなかった。
「どこかおかしくなければ、新しいものなど作れんさ。
 自分に逆らうアンドロイドなんて、正気の人間は作らんぞ?」
「あのね、はつえちゃん、それにかなこちゃん。
 お母様はね。私たちの『心』を、より人間に近く作られたのよ。自分で感じて、自分で考えて、自分で行動できるように。
 …そう、制作者のお母さんに逆らう自由さえ、私たちには与えられているわ。
 だから、お母さんは私たちの『ご主人様』ではなくて『お母さん』なの」 
 ふみは純粋な尊敬と感謝の眼差しを祐に向けた。それを受けた祐は珍しくも、少し照れたような表情を見せた。
「…ま、まあ、そういうわけだ。
 だがな、いいか、かなこ。
 今言ったとおり、お前はもともと世界征服用の汎用人型決戦兵器として作ったアンドロイドだ。シャレにならない武装や能力が満載してある。充分に用心せねば、厄介なことになるぞ」
「・・・・・・」
「…ナイフを一本渡されたとき、それを果物の皮をむくのに使うか、人を傷つけるのに使うかは、結局渡された者次第だ。
 私はな、かなこ。お前の性能だけじゃなく、『心』にも、自信を持っている」
 マッドサイエンティストを自称し、日頃の言動でそれを証明している祐だが、こういうところがあるから響は彼女を嫌いになれない。祐は何かを作るとき、いつでも自分の持てる全てをそそぎ込む。ふみやはつえが生まれたときも、そのあと数日体力と精神力を使い果たして寝込んだくらいだ。だから、彼女は自分の作品に対して絶大な自信だけでなく、それこそ母親のような、限りない愛情を持っている。当然、ふみもはつえもそんな祐を心から慕っているし、かなこも祐の人となりを知り安心したようだ。ようやく表情を和らげる。
「ま、いいわ。せっかく母さんが作ってくれたんだし、前向きに生きなきゃ。ね?」
 そう言って響に微笑みかけるかなこ。どうやら、あまりくよくよするのは好きではないようだ。
「ふむ。では、皆にお披露目も済んだことだし、私は休ませてもらうとしよう。ふみ、ありがとう。後は頼むぞ」
 空になった朝粥の椀…ふみは、祐が開発開けであることを気遣い、祐にだけは消化のよい粥を用意していた…を流しに置くと、キッチンを後にした。先程も述べたとおり、彼女は開発が済むと数日間、気力も体力も使い果たして寝込んでしまうのだ。
「さて」
 手早く椀を洗い終えたふみが、テーブルについている3人を見回した。祐が「後は頼むぞ」と言い残していった通り、祐がいないときは長姉である彼女が場を取り仕切ることが多い。
「じゃあ、今日はどうしましょうか? 響クンも、もう夏休みなのよね?」
「あ、ええ」
「なら、かなこちゃん。街を見てきたらどうかしら? 響クンに案内してもらって。はつえちゃんも一緒に行くといいわ。今日はお天気もいいし」
「お姉ちゃんは?」
 はつえが首を傾げて尋ねた。ふみは優しい微笑みのまま答える。
「私はお片づけやお洗濯があるから。それに、街の様子ははつえちゃんやかなこちゃんよりよく知っているつもりよ」
 確かにふみは一番のお姉ちゃんだし、いろんな店に買い物にも行くので、街の様子には詳しい。だが、姉によくなついているはつえとしては、お姉ちゃんを置いていくということに抵抗があるのだろう。
「わたし…いい」
「そんなこと言っちゃダメ」
 うかない顔のはつえに、ふみは顔を近づけた。
「あなたも今日からお姉ちゃんなんだから。ね?」
 その言葉を聞いた響は思わずはつえとかなこを見比べる。
 彼女たちの実年齢は、ふみが1歳半、はつえが1歳、そしてかなこは昨夜生まれたばかりなのだが、そのほかに、祐が決めた「設定年齢」というものがあるらしい。祐の話によると、ふみは23歳、はつえは13歳に設定されているとのことだ。かなこの設定年齢はまだ聞いていないが、この外見からしてはつえより下ということはないだろう。はつえの方が「お姉ちゃん」というのには、だいぶ無理がある。かなこもそれが気になったらしく、「あの、姉さん? あたし、一応20歳に設定されてるんだけど」
 と、ふみに申告した。
「あら…困ったわねえ。どっちが、お姉ちゃんなのかしら…?」
「うーん…」
 ふみの問いかけに当事者同士は答えを出せず、難しい顔で互いを見た。しばらく3人はそうして悩んでいたが、やがて助けを求めるように、その場にいたもう一人…響の方を見た。
「響クンは、どう思う?」
「え…そんなこと、いきなり言われても…」
 戸惑う響に、はつえがすがるように言った。
「響さん。わたしたちアンドロイドは、歳をとりません。だから、『年齢』の意味がよく分からないんです。
 だから、人間の響さんに聞きたいんです」
 なるほど、それももっともだ。納得した響はしばし、腕を組んで考えた。
「…ちゃんと決めるのは祐さんだと思うけど、俺はやっぱり、どう見たってかなこさんの方がお姉さんだと思う。
 ふみさんが祐さんのことを『お母さん』って呼ぶのはまだしも、かなこさんがはつえちゃんを『お姉さん』って呼ぶのには相当無理があると思うな」
「そうですよね」
 はつえが満足げに微笑んでうなづいた。彼女としても、設定でも見た目でも自分より七つも上のかなこに姉と呼ばれるには抵抗があったのだろう。
「じゃあ、そういうことにしましょうか」
 ふみの一言でその場ではそう言うことに話がまとまる。そうして落ち着いたところで、皆、当初の問題を思い出した。
「で、結局、はつえちゃんはどうするの? 俺はかなこさんと一緒に出かけてもかまわないけど」
「…わたし…」
「一緒に行ってあげなさい、はつえちゃん。年頃のかなこちゃんを、男の人と二人きりになんてしちゃダメよ。男はオオカミなんだからね」
 まるでお説教でもしているかのように、ふみは人差し指を立て、はつえに言って聞かせた。が、はつえはふみの言っている意味がよく分からないようだ。
「オオカミ…?」
「羊の顔していても心の中じゃオオカミが牙をむく、そういうものよ」
「…姉さん、古いよ…」
 突っ込むかなこだったが、それを知っているかなこもあまり人のことは言えない。響は三姉妹のやり取りを見ながら、そんなことを考えていた。
 
 結局、最後にははつえも同意し、ふみが留守番、かなことはつえと響の三人で街へ出かけることになった。
 前述の通り、祐の家は商店街に近い。商店街に出かけて一通りの店を見て回るだけであればそう大した時間はかからない。
 だが、20歳に設定されており、また、日常生活に必要な知識は予め祐に入力してもらってあるとは言っても、かなこは結局は昨日生まれたばかりなのだ。ショーウィンドウに並んでいる服だのなんだのが物珍しいと見え、一軒一軒の店の前をなかなか動こうとしない。さすがに我を忘れて羽目を外すようなことはなかったが、それでもそのはしゃぎぶりに響は大分疲れてしまった。
 その一方で、はつえはすっかり新しい「お姉ちゃん」とうち解けたらしく、二人でとても楽しそうに笑顔を交わしていた。二人のその様子に疲れが全く見えないのは、彼女たちかアンドロイドだからなのだろうか、それとも女の子だからなのだろうか。響がそんなことをぼんやり考えながら、ふう、とため息をついたとき、
「…で、いいよね、響くん?」
 突然かなこが話しかけてきた。否、かなこは少し前から響に向かって話していたのだが、響はぼんやりしていたせいでそれに気づくのが遅れたのだ。だから、かなこが何を確認しようとしているかはよくわからなかった。しかし、彼女やはつえの楽しそうな顔を見ていると、彼女の言うことに異を唱えてはいけないような気がしてきた。
「あ、うん。いいんじゃない?」
 極めていい加減な響の生返事を聞くと、二人は更に嬉しそうに表情を輝かせた。
「ありがとうございます、響さん」
 まだ事情が飲み込めていない響に向かって頭を下げると、はつえはかなこの袖を引き、先に立って歩き始めた。
「お姉ちゃん、こっち!」
 それを見た響は首を傾げた。はつえが向かうその方向には、確か駅があるはずだ。
「…?」
 今更二人が何をしようとしているか聞くこともできない響は、黙って二人の後について歩き、会話を聞いてその意図を判断することにした。
 
 どうやら、商店街の店を見て楽しそうにしているかなこに、はつえは、
「隣町にはもっといろんなお店があるの」
 とか、言ったらしい。確かに隣町はここよりも規模が大きく、賑わっている。遊び以外で日常よく行くわけでもないので、かなこにもそんなに詳しいデータは入力されていなかった。既にデータにあるこの町の商店街でさえあそこまではしゃぐほど好奇心旺盛なかなこは、どうにもその隣町が見てみたくなった。だが、隣町までは電車で行かねばならず、お金もかかれば帰りも遅くなる。そこで、同行している響に確認を求めたところ、承諾の返事が(生返事だったが)もらえた、ということのようだ。
 疲れてはいたが、もう返事はしてしまったのだ。今になって文句を言う気には、響はなれなかった。
 
「・・・・・・」
 隣町で更に半日。夏休みだというのにどうしてこんなに疲れ果てねばならないのか。ボーっとする頭で響はそんなことを考えていた。既に陽は大分西に傾いており、周囲には夏休みなど関係ないか、あっても決して学生のように長くはない会社勤めの人々の姿がかなり増えてきた。
 そんな時間になるまで遊び歩いていたというのに、姉妹は相変わらず元気だ。このまま放っておいては夜の街に繰り出しかねない。昨今、かなこくらいの歳の女子大生が夜遊びをしていても珍しくも何ともないが、中学生の年齢に設定されているはつえはさすがにマズいだろう。
「二人とも、そろそろ帰らないと暗くなるよ。ふみさんもきっと待ってるだろうし」
 響がそう言うと、かなことはつえはきょとん、とした顔で互いに顔を見合わせ、すぐに苦笑した。
「そうですね。ここには、またいつでも来られますし」
「うん。あたし、お腹空いちゃった」
 余談だが、ふみもはつえもかなこもエネルギー源は普通の人間用食料だったりする。ついでに味覚もちゃんとあるらしい。しかし、人間と同じものを食べていながらどうしてこんなに高出力なのだろうか。疑問に思った響は以前、祐にそれを尋ねたことがある。
「エネルギーの変換効率が人間より遙かに良いのだよ。現に、食事はするが排泄はせんだろう?」
 というのが祐の説明だった。確かに彼女たちはトイレに行かない。人間が排泄している分まですべてエネルギー化しているというのは本当なのだろう。だが、だからといって炭水化物やら脂質やらでマイクロウェーヴを発生させたりできるものなのだろうか。謎は残ったが、それ以上追求しても理解できない理論が飛び出してくるか「そこが天才の天才たる所以だ」で片付けられるかどちらかだろう。響はそれ以上の追求を諦めた。
 とにもかくにもそんなわけで、家ではふみが、響だけでなくはつえやかなこの分も夕食を用意して待っているはずなのだ。それに、ふみには必要以上に妹の心配をするきらいがある。あまり遅くまでほっつき歩いてふみをやきもきさせるのも悪いだろう。
「じゃ、帰ろうか?」
 響がそう言うと、二人は大人しくうなづいた。
 
「はうぅ。苦しいよお、響くん…むぎゅ」
「こればっかりは…ガマンするよりほか…しかたないよ…うぶっ」
 時間帯が悪かったのだろう。帰りの電車はひどい満員だった。
「ちょっ…やだっ、ヘンなとこ触んないで!」
「仕方ないだろ、俺だって身動きとれないんだから!」
 アンドロイドなのになんでこんなに柔らかいんだろう、などと不届きなことを考えながらも、響は口では一応弁明した。
「そんなことより、はぐれるなよ。君はまだ迷子になりかねないんだから」
「残念でした。これでもあたしはアレなんだよ」
 さすがに、人前で「決戦兵器」とは言いたくないらしい。
「地形やルートの記憶は完璧なんだから。アマゾンの密林に放り出されても迷わない自信あるよ」
 確かに、位置の把握は古今東西戦略や戦術の基本中の基本だ。決戦兵器であるかなこにその機能がないはずはない。迷子という言葉はその機能が故障でもしない限りかなこには無縁なのだろう。
「そっか」
「そう。だからあたしよりはつえの心配しなさいよ。あの子ちっちゃいんだから…あら?」
 言いながらはつえを見やったかなこは、彼女の様子がおかしいのに気づいた。
 下唇をぎゅっとかんだはつえは、真っ赤な顔で黙ってうつむいている。その全身が小刻みに震えていた。よく見てみれば、うっすらと涙まで浮かべている。
「ど…どうしたの、はつえ…?」
「はつえちゃん?」
 はつえは黙ったまま、両手でそれぞれ響とかなこの手を握りしめた。そして、消え入りそうに微かな声で、
「…たすけて…」
 と、つぶやいた。
「え?」
 人混みの喧噪に紛れたその声は響には聞こえなかったが、かなこはそれを聞くや、この上なく鋭い視線で周囲を見回す。
 響はそんな二人の様子を見て、はつえになにが起こったのかを悟った。
 かなこやはつえの体が、手触りだの柔らかさだのでも普通の人間と何ら変わらないということは、先ほど響自身もかなこに触れてわかったことだ。ましてや、外見から彼女たちがアンドロイドだなどとわかるわけもない。よからぬ思いを抱く輩がいても不思議ではなかった。しかし、それにしても外見中学生のはつえに手を出さなくても、と響は思う。かなこならいいというものでもないが。
 そういった被害にあったときは、相手の手に虫ピンなど刺してやるというのも一つの手なのだという。はつえがその気になれば、虫ピンどころか不届者の腕をへし折ったり握り潰したりすることだって可能だ。だが、はつえはすっかり怯えてしまい、それどころではないらしい。
 今すぐにでもはつえを助けてやりたいが、この満員状態でははつえを不届者から引き離すことも難しそうだ。人混みのせいで相手もわからないのでは、そいつを注意することもできない…と、響は思っていたのだが、
「ちょっとそこのスキンヘッドっ! なにやってんのっ!!」
 かなこの怒声を聞き、反射的に彼女が指さしたスキンヘッドの顔を見た。
「か、かなこさん、その人がやったかなんて…」
「わかるよ! 索敵は戦いの基本だもの!」
 なるほど、決戦兵器であるかなこの性能であれば、この人混みの中でも敵とそうでない者を見分けられるというわけだ。
 指さされたスキンヘッドは、最初驚いた様子を見せたが、すぐににやりと笑うと、しらばっくれるように視線を周囲にさまよわせた。その様子を見、響もそのスキンヘッドが犯人であることを確信した。そしてその態度は、かなこの怒りをあおってしまったようだ。
「こぉの…チカン野郎があぁっ!!」
 
 電車は小さな駅に停まった。乗換駅でもなんでもない、快速なら通り過ぎるような駅だ。だから、普段はほとんど人も降りないのだが。
「おあぁっ!?」
 ぎゅうぎゅうづめの人々の頭上を何かがバタバタしながら飛んでいき、プラットホームに落下した。
 人々の「何だ何だ」という視線が集中する。その中を、かなこがゆっくりと降り立った。
 先ほどまでのふてぶてしい態度はどこへやら、一転して怯えた様子を見せるスキンヘッド。当然だ、かなこは駅に着くなり彼の胸ぐらをつかみ、片手でホームまで投げ飛ばしたのだから。
「お…お姉ちゃん、わたし…もういいから…」
 はつえは必死にかなこをとめようとする。むろん、当の被害者であるはつえが犯人を許せているわけではないが、はつえはかなこより先に生まれているだけに、自分たちの危険さをよく知っている。「オモチャ」であるはつえとてやろうと思えばこの男をひねりつぶす(文字通りの意味で)こともできるのだ。ましてや「兵器」であるかなこであれば、相手を跡形もなく蒸発させる(失踪という意味ではなく)こととて不可能ではあるまい。いくらなんでもそれは相手がかわいそうだと思うし、そんなことより何よりも、周囲の皆の視線が自分たちに注がれていることが、恥ずかしくてたまらなかったのだ。
「なに言ってんの! おしり触られてタダで済ますつもり!?」
「…お金取ればいいの…?」
「はつえちゃん、そりゃヤバイよ」
「?」
 響の言っている意味がよくわからないらしく、首を傾げるはつえ。
「じゃあ、どうすればいいんでしょう?」
「やっぱり、駅員さんに言って警察に突き出してもらうってもんだろうね」
「警察だァ!? ンだよ、たかだか…」
「たかだか、なあに?」
 反論しようとした男の言葉を封じるように、かなこは一歩踏み出した。
「わかってんの? チカンはれっきとした犯罪なんだよ!」
「ッざけてンじゃねぇぞ! あァっ!?」
「それはこっちのセリフだよ! 女の子をなんだと思ってるんだっ!?」
「けっ」
 男の態度に、同じ男である響までも腹が立ってきた。女であるかなこやはつえならなおのことであろう。かなこはもう顔色をかえているし、珍しくはつえも不快感をあらわにしていた。
「ああっ! いけません!」
 突然、はつえが彼女らしからぬ大声を上げた。見ると、男がとうとう逆ギレしたのか、かなこにおどりかかったのだ。そして、その男の手には。
「ナイフ!?」
「お姉ちゃん!」
 かなこがそのナイフに気づかない訳がない。が、かなこがそのくらいのことで動じる訳もなかった。何の造作もなく、突いてきた男の手首を捕らえる。
「まるっきり、シロウトの動きだね」
 当たり前だ。そこらの街をナイフ使いのプロフェッショナルが歩いていたりはしない。
「ぅああっ!?」
 男は悲鳴を上げた。かなこが、手首をつかんだままちょっと力を入れたのだ。ちょっと、のはずなのだが、骨がみしりときしみ、他愛もなく男はナイフを取り落とす。空いているもう片方の手で、地面に落ちる前にかなこはそれを受け止めた。
「分不相応な武器なんて持たない方がいいよ。武器を使えば命が懸かる、命を懸ければお互いタダじゃ済まないんだから。
 護身のため、とか言うつもりかもしれないけど、武器持ってる方が危ないんだぞ」
 言いながら、かなこはナイフをかまえなおした。そして、無造作に何回かひゅひゅんとふるう。
「ナイフ使うんなら、このくらい上達してからにしなよ。
 …あと、そんなにきれいに頭剃ってるんなら、無精ヒゲはやしとくのはどうかと思うな。
 キミの場合、中身も外見ももっとちゃんとしないとね。女の子に嫌われるよっ」
 かなこがそう言うと、スキンヘッドの無精ヒゲがはらりと散った。
 それを確認してにやりと笑ったかなこはナイフをぱちんと畳んで、そのまま強く握る。金属製のグリップは、かなこの手の形にそってぐにゃりと歪み、ただの鉄の塊になった。
「これでいい、はつえ?」
「…わ、わたしは、別に…」
「そう。じゃキミ、最後にこの子に謝って。じゃないと…」
 かなこは手にしていた鉄の塊を、はつえに向けて放った。はつえはそれを受け取ると、しばらく逡巡の様子を見せる。が、かなこと響がうなづくのを見ると、ふう、とため息をつき、その鉄がまるで粘土であるかのように、くにゃくにゃとこね回して小さな象さんを作って見せた。
「最初にこの子に腕握りつぶされても、文句言えなかったんだよ?」
 そんなかなことはつえを見て、スキンヘッドはすっかり青ざめていた。はつえがゆっくりと近づくと、それにあわせて後ずさる。
「…もう、しないでくださいね…。今度は、わたしも怒りますからね…」
 象さんを手渡されたスキンヘッドは、それを手にしたことで彼女たちの力が本物と認めざるを得なくなった。
「ぅわあぁあー! ご、ごめんなさいぃー!」
 こけつまろびつも脱兎の如く逃げ出すスキンヘッドを見、はつえはもう一度深くため息をついた。
「ねえ、お姉ちゃん? かばってくれたのは嬉しかったけど…あんまり、目立ったことはしない方がいいと思う」
「大丈夫だよお。たかだかチカン相手に空間断層だの空間裂壊砲だの使ったりしないから」
「…使ったら、目立つどころじゃ済まないと思うけど…。
 お姉ちゃん、わたしたちにはそんな性能があるんだから、誰かに目を付けられたら面倒だよ。わたしたちならそう簡単にどうにかされることは多分ないと思うけど、下手をすると戦わないといけなくなるかもしれないよ。
 かなこお姉ちゃんはもちろんだけど、ふみお姉ちゃんだって私だって、戦ったりしたらまわりがただじゃ済まなくなるんだから」
 少し小心のきらいがあるだけに、はつえは三人の中では最も慎重で、常識的だ。ふみは自分たちの力をわかってはいてもそれを使うことに関してはかなりおおらかだし、かなこに至っては生まれたばかりであるせいもあり、自分の力を今ひとつ自覚していない様子さえある。はつえとしては、そんなかなこが心配だということももちろんだが、厄介事に巻き込まれるのもまた、イヤなのだろう。
「心配症だなあ。だぁいじょぶだって。あたしだって争い事が好きなワケじゃないんだから。こう見えても愛と平和をこよなく愛する決戦兵器なんだよ」
 なんだそりゃ。響とはつえのそんな視線に気づいているのかいないのか、かなこは無意味に胸を反らす。
『あたし、だれかを傷つけるのもヤだし、それで恨まれるのも、誰かが悲しむのもみんなヤだよ』
 かなこは、祐に向かってそう言っていた。今はその言葉を信用して、かなこが騒動を起こさないことを祈るしかないだろう。
 ため息をついた響は、さえない顔のまま口を開いた。
「で、愛と平和をこよなく愛する君に、俺達の心の平和のために聞きたいんだけど」
「何?」
「…どうやって帰るの?」
「え?」
 先ほど述べたとおり、ここは快速なら通り過ぎるような小さな駅だ。そして、この路線のダイヤによると、学校や会社帰りのこの時間には、快速が集中しているのである。
「…30分くらいは、待たないといけないみたい…」
 ホームの時刻表を見て、はつえもまたため息をついた。彼女のおなかがくぅ、と小さな音を立てる。祐の話によれば、この音はエネルギー残量警告らしい。
「ま、しょうがないよ。30分くらいは待とう」
「・・・・・・」
 明るく言うかなこの顔をちらりと見て、はつえはがっくりと肩を落とした。
「…ごめんなさい、ホントに…響さん…」
「ああ…仕方ない…」
 嫌に沈鬱な二人の表情を見て、かなこは首を傾げた。
「二人とも、たかだか帰りが遅くなったくらいでなんだよ? 何もそんなに深刻な顔しなくても…」
「別に、遅くなったことを気にしてるんじゃないよ」
「…お姉ちゃん、覚悟しておいた方がいいよ…」
 さらに首をひねるかなこ。しかし、その謎は、帰宅してすぐに、解き明かされることになった。
 
「三人ともっ! こんな時間まで、一体どこで何をしてたのっ!」
 ようやく家に帰り着いた三人を迎えたのは、ふみの怒声だった。
「…すいません…」
「…ごめんなさい、お姉ちゃん…」
 両手を腰に当てて大層ご立腹の様子のふみと、大人しく謝る響とはつえを交互に見、かなこはきょとんとした表情を見せる。
 今、時刻は午後9時ちょい前。確かに13歳に設定されているはつえにとっては遅すぎだが、20歳に設定されているかなこや、実際20歳の響にとっては、怒鳴りつけられるような時間ではないはずだ。
「ちょ…ちょっと、姉さん…。だってまだ9時前だよ…」
 ふみの剣幕にたじろぎながらも、かなこは思った通りに、そう言ってみた。とたんに、ふみの刺すような視線がかなこに突き立つ。
「だってもう陽が沈んでるじゃないの!」
「はあ?」
「暗くなったらね、どんな危ないことがあるかわからないのよ! 痴漢とか変質者とか、怪しげな新興宗教団体とか死ね死ね団とか、いろいろ出てくるんだから!」
「…最後のはないと思うけど…」
 思わず突っ込んでしまうかなこだったが、それがまたふみの逆鱗に触れてしまったようだ。かなこを睨んだままの瞳から、見る間に涙があふれ出す。
「…どうして、お姉ちゃんの言うことわかってくれないの…?」
「え、あ、う…」
 泣かれてしまうともうどうしたらいいかわからない。かなこがしどろもどろになっていると、ふみがなおも詰め寄ってきた。
「はつえちゃんもかなこちゃんも、私の大切な妹なのよ…そんな二人に何かあったりしたら、私、私…」
 決戦兵器である自分に「何かある」ことなど、まずないと思うが、それを指摘すればふみはますます錯乱するだけだろう。戦略的にそう判断したかなこは、
「…ごめんなさい…」
 大人しく頭を下げた。が、ふみの怒りはまだ収まらないようだ。
「響クンも響クンよ! はつえちゃんはまだ子供だし、かなこちゃんはまだ生まれたばっかりなのよ! それなのに…なのにっ…」
 響をどやしつけるのにふみが夢中になっている隙をつき、はつえはかなこに耳打ちした。
「言ったでしょ、覚悟した方がいいって…」
「…わかった…。イヤっていうほど…」
 
 その後、ふみのお説教はしばらく続いた。
 家電に対して手も足も出ない決戦兵器、というのも間の抜けた話だが、創造主である祐がほとんど研究室に籠もっているか寝ているかである以上、この家で最強なのはお姉ちゃんであるふみなのだ。
 そんなふみへの接し方をまだ心得ていないかなこが何度か不用意な発言でふみの怒りを煽ってしまったため、三人はなかなかふみに解放してもらえなかったのである。
(はあぁ…。かなこさん、もう面倒事おこさないといいけど…)
 響は、そう思っていたのだが。
 
「…すごい、すごいわ…。すごいもの見ちゃった…」
 彼女はアパートに帰り着き、入り口のドアを閉めると、そこに寄りかかって、まだ興奮に弾む息を整えようと試みた。
「何者なんだろう、あの人…。前島くんと一緒にいたけど…。
 よし、今度前島くんに会ったら、ばっちり聞き出してやるんだから!」
 
〈つづく〉
 
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