FEDERAL REPUBLIC OF NIGERIA 5月8日カノ州政府は事故犠牲者に対して200万ナイラ(200万円)分の救援物資を調達しました。事故で倒壊した30戸に配布されたということです。物資の内容はうまく翻訳できないものもありますが、米100袋、毛布200枚、コーヒーとティー10カートン、バケツ200個、容器(カップ)200個、ビニール製の敷物500枚などです。墜落場所のグワマジャ地区はいまだによくわかりませんが、先日のメール(下記)の場所は以下の地図を参照してください。 カノ市ストリートガイドの一部です

夕方の追加分です。カノからメールがきました。墜落場所はカツィーナ・ロードの連邦政府ビル FEDERAL SECRETARIAT building をちょうどすぎたあたり。WAPAシネマから1マイルぐらいとのこと。

昼の追加分です。GAMJI.COMのニュースが更新されました。亡くなった114人の中にスポーツ相イシャヤ・マーク・アク氏が含まれているようです。事故機は首都アブージャからジョス、カノを経由してラゴスへ向かうことになっていました。スポーツ相はスーパー・イーグルス、ハラムベ・スターズ戦を観戦に向かう途中だったということです。

5日午前中になりまして、乗客69名乗員7名全員と地上の50名が死亡という情報もあります。北ナイジェリア関連ニュースサイトGAMJI.COMも詳報をリンクさせました。米ヤフーのニュースサイトだと思いますが、写真もあります。http://www.gamji.com/のBREAKING NEWSからリンクします。なお、カノでは民間航空機墜落事故が起きることはまずありません。先月カノベースのKABO航空の伝説的社長カボさんが誕生日に急死されましたが、このニュースを聞いてあの世で悔しがっているかもしれません。

追加です。カノ発ラゴス行EAS(Executive Airline Services)航空の旅客機で離陸直後に墜落したという情報もあります。BBCは75人乗りと言ってます。GAMJIやALLAFRICA.COMには情報がまだありません。

5月4日夜(日本時間)105人(75人という情報あり)搭乗のジョス発(ラゴス発という情報あり)カノ行BAC111−555旅客機がカノ空港へ着陸しようとして住宅密集地に墜落炎上中ということです。生存者がいる模様。

ちょっとイスラム法シャリーアについての記事を取り上げてみましょうか。先日、アガビ法相(クリスチャン)がシャリーアを実施中の州知事たちに宛てた書面で「差別的な刑罰を科すのはよくない」と述べたことに各方面から非難の声があがっているようです。北部のムスリムたちが、公という限定つきですが、シャリーアをどう位置づけているのかが読みとれます。

2002年4月12日の『ウィークリートラスト』紙から、
 ザムファラ州で、ムスリム学生協会(MSS)の婦人部が開いた記者会見の記事があります。ハジヤ・サッアダトゥ・アンカの指導の下、ザムファラ州の女性達はシャリーアを守るべく自らの命を捧げる準備ができていると述べました(*メッカへ巡礼した人々はハジヤ、アルハジという称号をつけます)。ハジヤによると、アガビ法相はムスリムではないのになぜシャリーアにイチャモンつけようとするのか疑問であるとのこと。「以前から言明されているようにシャリーアはムスリム以外には関係ないのです。法相はなぜシャリーアに懸念を抱かなければならないのでしょうか。」とのコメントです。法相から書面が届いたからといって、ムスリムの努力が弱まったり、ムスリムが恐れたりすることはないと。「シャリーアはザムファラ州の民全員が熱望してきたものであり、われわれはそれを今手に入れたのです。われわれからシャリーアを奪い取ることは耐え難いことです。」ハジヤによると国内のクリスチャンの事由についてはムスリムは全く関知していないとのこと。これはある種の熟語的なというか典型的な反応です。クリスチャンには関係ないから黙ってろというわけです。さらに、ザムファラ州のムスリムの女性は、夫からの支持もえており、シャリーアとイスラムという宗教を守るためよろこんで死ぬつもりであるとハジヤは述べたということです。「州あげての運動キャンペーンがはじまろうとしています。シャリーアという法システムの破壊を意図する者に対して戦いを宣言し、対決するためでなのです。」ムスリムの女性たち自身が、国際的に非難されているシャリーアの支持にまわったという記事でした。なにやら国防婦人会のような。でもこれが一国の中でムスリム外部に向けてスタンスをとっているところが波紋をよんでいるわけです。でそれがさらにナイジェリア国外のイスラム対キリスト教(米国)の対立に自らを重ね合わせていくように意識化、問題化されているところがナイジェリア的といえばナイジェリア的です。すぐれてメディア的というか、外を見てわが身を定義するというか。民主化運動で暴動が起こっていた1989年頃もやはり天安門がラゴスでありました。天安門は弾圧されてしまったので先細ってしまいましたが。とするとやはりアフガン的な状況をナイジェリアの中でバーチャル化していくというか自らの問題化としてアフガンを再演していく可能性もないとはいえないかもしれません。でもこうした状況をまじめにとるのは、周囲の人々を見るにつけずいぶん距離感がありますのでちょと無理かなと思います。

2002年4月9日の『デイリートラスト』紙から、
 ナイジェリア北西部のケッビ州の話題です。ケッビ州もシャリーアを施行していますが、州知事のシャリーア特別顧問アルハジ・ウマル・イーサが公式訪問中突然号泣した事件が報道されてます。ワールドミュージックにはまず取り上げられないハウサ音楽ですが、ミュージシャンは豊富でして特にナイジェリア北西部に多く、この公式行事にもハウサランドでは著名なアーティスト、アルハジ・サニ・アリユ・ダンダウォが賓客をもてなすために招かれていたのでした。特別顧問は、ヤーウリー王アブドゥラヒ・ザイヤッド博士のすぐ近くに座っておりましたが、ダンダウォが有名な「マイ・ヤーウリー・アブドゥラヒ・クワボン・ギダ」を演奏しはじめるや、泣きくずれてしまったのです。随員が説得、特別顧問を退出させ事なきをえたのですが、顧問が後で述べたところによると大枚を払ってミュージシャンに演奏させるのはシャリーアに反する行為だから抗議の意味を込めて泣いたとのことです。イスラム法廷の裁判官はお金なんかもらえないのになんでこんな浪費をするのだ、がっかりだというわけです。歌舞音曲や浪費はシャリーアに反するという認識はどこかにあるようですね。これはツーリスムキャンプのコンサートが少なくなったのにもうかがえます。しかし、いいおやじが抗議のために泣き崩れるというのはわれわれにはちょっと理解しがたいところで表現形式としてもとってもおもしろいです。シャリーアの問題系をトータルに考えるにはこうしたエピソードが役に立ちそうですね。
 この他にイスラム青年会国民会議(NACOMYO)がカヌ・アガビ法相の退陣を要求したという記事も掲載されています。アガビ法相がシャリーアは差別的だと発言したことが発端のようです。NACOMYOによると、法相もシャリーアにより犯罪が減少しているのを認めているようです。シャリーアによって犯罪が減少すれば政府の公安関連の支出削減にもつながるし、海外投資家も積極的にナイジェリアにやってくるというわけです。この記事からはシャリーアの導入が世界的にも有名なナイジェリアの犯罪率を下げると考える人々がいることがわかります。

 

11月10日最近日本で出版されたナイジェリア関連の絵本を紹介します。

イフェオマ・オニェフル(さくまゆみこ訳)『AはアフリカのA』偕成社です。ナイジェリアの生活についてハウサランドも含めやさしく解説されています。写真もとてもきれいです。たいへんおすすめです。このところFela KutiのCDもどんどん発売(再販?)されていますね。

 

11月04日 時事については帰国後更新しないままずいぶん時間がたってしまいました。ニューヨークの事件以後、ナイジェリアも騒がしくなっています。ビンラディンTシャツをザムファラ州都グサウで売っているとの報道はかわいいほうで、ジョスで暴動が起こり、カノへ飛び火し、今度は中部でティブとジュクンの衝突が起こっています。1年半前に暴動でたくさんの死者を出したカドゥーナ州にはいよいよイスラム法シャリーアが導入されるので非常に気になるところです。先日、武蔵野線でエド人のジビさんに出会いました。エグシスープ用のカボチャの種を探していると言うと川口で手に入るというと教えてもらいましたが、彼も心配していました。

 

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2月21日、KSTBに電話をしてみました。電話がバチバチと音が出るようになりました。通話はタイムラグもなく、なんとかできます。ダーバの直前ですが、昨年とちがい平穏なようすです。

 

2月11日、10日のドイチェヴェレの朝のハウサ語放送で、日本の高校生が乗った船と潜水艦との衝突事故が大きく扱われました。11日朝のVOAハウサ語放送でも報じられました。

 

2月09日、KSTB情報です。今年のカノのダーバは3月5日・6日になるようです。昨年は500ナイラでゲスト券を購入すると、ゆったりと観覧できました。詳しくは電話で問い合わせてみてください。なお、日本からは、ナイジェリアの国番号234の後すぐ646-46-309でKSTBにつながります。英語・ハウサ語のみ通じます。普通の国際通話ですとあっという間に千円を超えるので注意が必要です。

 

2月03日、ブラジリアのように人工的に計画された首都アブージャは25周年なんだそうです。ケンゾー・タンゲが設計にかかわったのをご存じですか?80年代のはじめ工学系の留学生が何人か来日していましたっけ。

 

1月24日、ナイジェリア女性に対して先週100回鞭打ち刑が執行されました。ところはカノ州とソッコト州の間にあるザムファラ州です。ナイジェリアの中でははやくからイスラム法シャーリアが実施されました。これまでにもザムファラのイスラム法廷の判決はナイジェリア国内でも問題になっております。今回は父親に命じられてやむなく、17才の少女が3人の男性と性関係をむすんだのが、婚前性交を禁じるシャリーアに反するというケースです。なんとも理不尽な事由でありまして、カナダ政府をはじめ複数の人権団体が抗議をしてきました。3人の男性との性交渉で少女は妊娠しました。12月に男児を出産し、授乳期間の終わるまで刑の執行をみあわせるという期待がもたれましたが、そうはなりませんでした。当初180回とされた鞭打ちが100回に減らされただけです。その後少女は、アラーに感謝し、歩いて帰宅したということです。父親はどうなったのでしょうか?

 

1月21日、先日の森首相のナイジェリア訪問は、あまり大きく報道されませんでしたね。

 

1月12日、そろそろ森首相はアブージャに到着する頃ですが、クリントンとは格がちがうのでしょうね。国内のメディアではほとんど注目されていません。ですが、各国のハウサ語放送は連日伝えていますのでハウサランドの人々は知っていることでしょう。

 ところで今週火曜日、月食があった夜マイドゥグリでは若者の一団がアッラーアクバルと叫びながらキリスト教の教会などを襲いました。どうやら月食は罪深い行為の結果だということらしいです。たぶんこれは口実でしょうが。

 

1月4日、ドイチェベレのハウサ語放送によると、カノ州のイスラム法廷では飲酒をした2名のイスラム教徒にたいして80回の鞭打ちの判決が下されました。イスラム法シャーリアはイスラム教徒にしか適用されないと政府は強調しています。

 

交通安全!1月3日、連邦政府は、前アバーチャ軍事政権時代に不正蓄財された一部を発見したと発表。回収された蓄財は国家予算に組み込む予定とのこと。

 

 

12月28日、ラマダンも無事終了しました。ラマダンは暑い季節だという印象がある旨の質問を受けましたが、イスラム暦はわたしたちの使っている暦より短いので、ラマダンの時期は毎年少しずつ早まることになります。例えば1979年ラマダンは酷暑の8月でありまして、カノ州ゲーザーワーから来日中のアルハジさんが、酷暑の東京で憔悴してお仕事をなされていた記憶があります。省エネルックが登場し、取水制限があった夏です。ハウサランドではじめて遭遇した1989年のラマダンは4月か5月だったかと記憶しています。今回のラマダンはハウサランドとしては過ごしやすい季節でありました。

 

 

大型バス12月23日、ドイチェベレなどによるとカノ州北部でバスの横転事故で15人ほどが死亡。タイヤ1本が破裂したのがきっかけで、ガソリン缶に引火燃え上がったということです。不足しているガソリンをカツィーナへ仕入れにいく途中だったようです。

 

 

タンカー、カノ・ザーリア間12月21日、カノではヤミ・ガソリンの取り締まりが強化されているようです。本日のCNN.comでも摘発で3人が死亡したと報道されてます。お金持ちなら高いヤミ・ガスを買うこともできますが、最近とみにガソリン不足が広がりをみせるなかでもっともワリを食っているのは貧乏人talakawaでしょう。車やバイクをもっていなくたって、バス代やカブカブ代がすぐ値上げになって移動もままなりません。おまけにトラックで運ばれる生活必需品も値上げ、値上げ、値上げ。ヤミ・ガソリンの摘発はシャーリア(正義)とつながってくるのです。

 

12月19日、森首相が来月ナイジェリアを訪問すると報道されています。日本の首相としてははじめての訪問です。クリントンに刺激を受けたのかもしれませんね。残念ながらIT関連の支援については今のところ何もありません。先週のドイチェベレは、森首相が週刊現代を訴えたとハウサ語ニュースで放送しました。

 ハウサ語を話す人々は海外の短波放送を実によく聴取しています。中国の北京放送・アメリカのVOA・ドイツのドイチェベレ・イギリスのBBC(昔はモスクワ放送も有名でした)がハウサ語プログラムをもっています。字が読めなくても、英語やフランス語がよくわからなくても世界の最新ニュースは海外からのハウサ語放送で知ることができるのです。

 逆説的ですが、リマ・レディオ・ソッコトなど地元のラジオ局はともかく、ラジオナイジェリアのようなナイジェリア全土をカバーするはずの公共性の強い放送がよく聞こえないので、海外のハウサ語放送で国内のことを知る現象が起こっています。この点国内のマスメディアも変わらないらしく、ナイジェリアの日刊紙が国内事件のソースとしてVOAをあげることも珍しくありません。NHKはどうしてハウサ語放送ないの?とか北京放送は日本でしょ?という質問も珍しくありません。NHKの国際放送担当者との会話では、郵政省の予算的なしばりとスタッフを2人以上現地から呼ばなければならない(スワヒリ語を除く他の放送は1人)コストの問題でハウサ語プログラムは現時点で不可能ということでした。日本の首相のイメージや如何?

 

12月13日、Gamji.comから。昨日カノの女性5000人がデモをおこないました。シャリーアがきちんと実現されるべきだと訴え、カノ州知事オフィスまで行進しました。具体的には公共交通機関を男女別にしてほしいということです。この点では日本での女性専用車両の導入はカノの女性たちをうらやましがらせることでしょう。

 

12月12日、CNN情報です。土曜日に車3台がからむ衝突事故が南東部で発生。60名が死亡とのこと。ほとんどがバスの乗客。原因は悪路とのこと。ナイジェリアを旅しているとセルフヘルプの道路修繕ボランティア(?)を見かけます。まず、アスファルト道路に穴があいてデコボコになったところに木の枝をおきます。ドライバに注意をうながすためです。そして土で穴をふさいで、通りかかった車に修理したよと手を上げるわけです。わたしは一度だけプジョータクシーの運転手がセルフヘルプの若者にお金を投げるところを見たことがあります。一応商売になっているわけです。

 

12月11日、アメリカ大統領選、コートジボワールの国政選挙をめぐる暴力ざた、ガーナの大統領選とこのところなにかと選挙の話題が多いですが、ナイジェリアでは悪名高き故アバーチャに近かった人々が人権蹂躙・抑圧調査委員会で証言を続けています。今日のNew Nigerian紙には、アバーチャは悪魔的ではなかったとのオラディポ・ディヤ氏の証言が掲載されています。アフリカにおいて悪は絶対悪であるという知見からするとアバーチャは90年代の代表的悪役になるのでしょう。日本でも、アバーチャのコックがカノに店を開いた話を知人にしましたら、人の肉でも売っているんじゃないのかと冗談まじりの答えが返ってきました。しかしあるとき、処刑された人権活動家の話をナイジェリア人の恩師にすると、ケンサロ・ウィワが自分の部族のチーフを何人殺したか知っているのかと尋ねられ何もいえなかったことがあります。

 ムスリム王の在所ソッコトではアバーチャがある程度評価されています。ムスリム王は、19世紀に西アフリカを吹きあれたジハードの立て役者ウスマン・ダン・フォディヨの子孫がなるのですが、1988年までは代々決まった家系からしか選ばれませんでした。ところがアバーチャの前政権になるババンギダ(大喪の礼に出席しました)時代に、ムスリム王の出たことのない家系の実業家イブラヒム・ダ・スーキがムスリム王になろうとし、それに怒ったソッコト市民は暴動を起こしました。ダ・スーキはババンギダの友人であり、ババンギダは強権によってソッコト市民を押さえ込んだのです。アバーチャは政権を奪取した後、ムスリム王をダ・スーキから正しい後継者マチドにかえました。アバーチャが国を疲弊させたにしても、そうした「正義」をソッコトの庶民は評価しているのでしょう。

 

12月6日、CNNその他の情報です。先日の事故現場付近では水上に漂う油を容器ですくう人々が出現。油汚染の除去ボランティアではありません。なんと油を集めて生活の糧にしようというのです。本日のgamji.comトップページにはバケツや洗面器を手に油を集める人々の写真が掲載されていました(残念ながら午後9時現在ではページが更新され見られません)。最初はアルグングの国際釣りフェスティバルの情報かと思いました。本当に。でもそのなかには、油火災によって海岸で漁ができなくなった漁師も含まれているということでした。油で焼かれてそれでも、商売のために油を集めなきゃならない、その苦境がまた油を盗るためにパイプラインに穴をあけさせ爆発が起こるという悪夢(魔)的ストーリー。この物語は今のナイジェリアを鮮やかに写しとる確実なアングルといえましょう。

 

12月1日、CNN、VOAハウサ語放送、ドイチェヴェレのハウサ語放送いずれも言及。ラゴスでガソリン大爆発。少なくとも60人が犠牲になりました。ナイジェリアはOPEC(石油輸出国機構)第6位の産油国にもかかわらず、精製施設の問題で石油産品を輸入しております。北部でもスタンドに長蛇の列ができるという現象がしょっちゅうみられるわけですが、今回は埠頭から貯蔵施設へとつながるパイプからガソリンが漏れていて、たまたま屋外で使われた火が引火したようです。地元の話だと2ヶ月間漏れていたそうです。嗚呼、ナイジェリア、ナイジェリア。

 

11月27日、アズミー(ラマダン)が26日にはじまりました。VOAハウサ語放送によると、カノ州は商業センタで他州のシャリーア導入とは異なるとの地元の認識があるようですが、今のところ問題は起こっていません。シャリーアは歓迎されていると。

 

カノ州知事ラビッウ・ムーサ・クワンクワソ氏11月26日、gamji.com 経由のシャリーア情報です。北部で出版されているNew Nigerian紙によると、カノ州は本日26日よりイスラム法シャリーアを施行しました。一部では6月より開始と報道されましたが、これまでは準備期間でありまして、いよいよ本番開始です。問題のアルコールですが、サーボンガリをはじめとしてイスラム教徒でない人々が居住する場所では豊富にあり、公に飲まれているようです。州経営のダウラホテルでは8月にはすでに、アルコール販売をとりやめており、ツーリスム・キャンプのレストランDEWIではどうなるのか気になるところです。

 

 

 

事故はほんとに多い!カノからザーリアへの途上11月25日、CNNによるとナイジェリア南東部でバスの事故発生。河に転落し、48人が死亡ということです。日本のメディアではほとんど報道されませんが、橋は事故の多発地帯でありまして、黒こげになった複数の車両を橋のたもとで見ることはめずらしくありません。先に入ったほうが勝ちといっていた人がいます。日本の交差点のようですね。

 

群れの横断も大きな危険因子です11月22日、VOAのハウサ語ニュース。ナイジャ州ではブルクトゥ(ドブロク)販売禁止にかかわる議論から9人が死亡したということです。ナイジャ州はイスラム法シャリーアを導入した8州のひとつ。シャリーアの理念を強調する学識者に対し、町中では飲酒などの特定の行為がシャリーア違反だとしてシャリーアが強調されることが多いです。盗んだら手を切り落とされるから野蛮だというシャリーア批判も同様です。ですのでムスリム王の在所ソッコトのクリスチャンがシャリーアは正しいという言い方をするとき、それは理念として共感できるということなのでしょう。彼らもほとんど飲酒しませんが。

 

11月21日、この数日はオルシェグン・オバサンジョ大統領や副大統領アティク・アブバカルと北部の守護者(!?)ナ・アッバ氏の政争に関する報道が多いですが、CNNによれば北東部ボルヌ州のクーカーワー・ローカル・ガバメント(現在ナイジェリアには700ほどのローカル・ガバメントがあります。州の下に位置する行政組織です)のカンガルワー市場で火災が発生し、少なくとも4人が死亡、数十人が負傷した模様。今のところ原因は不明。

 

11月18日、先月ラゴスの民族抗争事件で逮捕されたヨルバ民族組織の指導者が証拠不十分で無罪放免となりました。これにともなって何も起こらないことを祈るばかりです。

 

11月18日、エネルギー危機が深刻化しているとのCNN報道です。ナイジェリアの電気を一手に供給しているNEPA(ネパは悪の代名詞になってしまってますね)はパイプライン火災と洪水の影響がでていると説明、各企業は自前で調達しなければならないため製品コストにはねかえるということです。嗚呼、ナイジェリア、ナイジェリア。

 

ヤマハメイトに貼ったシャリーアのステッカー、ソッコト市11月17日、CNNとドイチェヴェレのハウサ語ニュースによると、10日ほど前のことニジェール側ハウサランドの(そしてニジェール第二の町でもある)マラーディで国際アフリカ・ファッションショーをけしからんとして中止を求めるジモティの抗議デモが出来しましたが、その際の逮捕者が釈放された模様。イスラムになじまないシャイダンチーだと。ハウサ語でシャイダンとは、悪魔とか性格の悪い人という意味ですが、チーがついて「よくないこと」となります。私見ですが、どうもシャリーアをめぐるナイジェリアの状況が影響を及ぼしているようです。ナイジェリア側のソッコトでは大学生たちが以前男女共学や男女交際に抗議してデモをしたことがあります。民主化を求めるデモが南部で盛んにおこなわれていた時にです。この点、宗教的帰属だけではないかなりの温度差を感じます。これを地域差と翻訳していいのかなんともいえませんが。

 

カノ州消防局ポンプ車11月6日、タンカー(タンクローリー)の横転爆発炎上事故が起こりました。現場はラゴスの北250キロで150人ほど死者がでているということです。今年はすでに爆発炎上事故が南部で起こっていますが、この事故の影響によりラゴス北方1000キロにあるソッコトのガソリン不足がさらに深刻にならないよう祈るばかりです。ナイジェリアの火災原因は油関連が非常に多いという特徴があります。日本ではガソリンの屋内保管はほとんど考えられませんが、しばしばガソリン不足に悩まされる北ナイジェリアでは、自家貯蔵をしている住民もいて、ガソリン火災に注意しなければなりません。カノ州政府消防局ではラジオを通じてその危険性について広報活動をしています。日本でも秋の火災予防週間がはじまります。

 

 

道ばたの売り子、背後は朽ちはてた城壁、カノ市11月3日現在北部でまたガソリンが高騰しています。町が拡大しているのにマストランスポートが貧弱なソッコトでは貧乏人talakaが困っているとのメイルが届きました。南ナイジェリアではときどき、パイプラインからの油盗人が穴をあけたまま逃げてしまい引火して大爆発が起こりますが、北ナイジェリアにはパイプラインはありません。ガソリンはタンカー(タンクローリー)で運ばれるのです。どうやらタンカーにも穴があいているらしく北部ではしょっちゅうガソリンが不足しています。不思議なことにブラックマーケットでは豊富でしてお金さえあれば道端で買うことができます。北部のガソリンスタンドを取り巻くながーいながい車やバイクの行列は北ナイジェリアの風物詩の感があります。最近はヨーロッパでも見られるようですが、北ナイジェリアを旅するとOPEC第6位の産油国のガソリン不足という極めて興味深い社会現象に出会うことができます。

 

10月17日付のラゴスの民族抗争は、ハウサ移民など関係組織の首長同士の話し合いやヨルバ族の急進的民族主義組織の指導者逮捕により、一応終息したようです。10/24日のニュースはすでに、軍事政権時代の人権蹂躙・抑圧の調査委員会の話題に移行しています。ナイジェリアの日々のニュースは、Vanguard紙などで知ることができます。また、ナイジェリア南部に生活する北部出身者の社会的背景や文化としての移民については、Abner Cohen の古典的名著 Custom and Politics in Urban Africa.(1969)を参照ください。

 

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