小氷期
大気環境学研究グループ・青野靖之(准教授)のhpから
太陽の黒点が少ないことは太陽活動が不活発なことを意味しています。西暦1300年以降,この太陽の黒点が急に少なくなり太陽活動が不活発な時期が繰り返してやってくるようになりました。その時期は1320年頃,1460〜1550年,1660〜1715年,そして1800年前後である。1320年頃の極少期をウォルフ極小期,1460〜1550年のそれをスペーラー極小期,そしてとくに西暦1660〜1715年のおよそ70年間の太陽黒点がほとんど無くなった顕著な黒点極少期間をマウンダー極小期(Maunder minimum),また一番最近の1800年前後の短い極少期をドルトン極少期と,それぞれ呼びます。
この4つの時期は,サクラの満開日から推定した京都の気温(図1)の低かった時期とかなりシンクロしています。サクラの満開日による3月の京都の気温は冬季の気温にかなり似た傾向を示すと思われますが,やはり,この太陽活動の不活発な時期は,世界的な気候悪化,寒冷化が見られた時代と,全般に一致したようです。西暦1300年以後,1850年までのこの期間を,小氷期(Little Ice Age)と呼びます。この時期には各地で氷河の前進が起きました。日本でも西暦1300年を過ぎると気候悪化が起こり,降水量が増えて,濃尾平野などでは河道変化が繰り返されるようになりました。
特にマウンダー極少期とその次のドルトン極少期にあたる1600〜1850年の寒さの程度はものすごく,小氷期をこの時期に限定する場合もあります。この時期,日本では大雪,冷夏が相次ぎました。淀川が大阪近辺で完全に氷結したこともあります。大阪の河内地方ではそれまで盛んであった綿作が,気候寒冷化・降水量増加にためにイネ・ナタネに転作を余儀なくされたとも言われています。大塩平八郎の乱を鎮圧した大坂城代としても有名な土井利位は,現在の茨城県古河市付近で雪の結晶を観察・研究,1820年に「雪華図説」として書籍を発表しました。こうした観察は-15℃程度の寒さが必要で,現代では北海道でしか無理であると思われます。ともあれ,この時期,とくに19世紀初頭は寒かったようです。日本では小氷期のうちでも最も寒冷な期間,たとえば1830年代と1980年代を比べると冬や春の平均気温は2℃程度,京都に限ると3.4℃も現在よりも低かったと推測されています。
http://www.envi.osakafu-u.ac.jp/atmenv/aono/CliHis.html
