第10号 2004年8月発行

目次 ご挨拶

    田んぼを作りあげる

   

   最近作ったもの

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 この夏の過ごしにくい猛暑には閉口しますが、昨年の冷夏の不出来を挽回するべく、田んぼも畑も作物が順調に育っています。

 4月の上旬に春の大根の種を播いてからしばらくの間、雨が少なくて、乾く日が多かったのですが、大根が枯れもせずいつもより時間はかかりましたがそれなりに成長してくれました。

 間引き菜を抜いてびっくりしたのは、その根の長いこと。水を求めて、深くふかく、地中へと根を伸ばしたのでしょう。その単純だけれどまっすぐな生命力に感心させられました。

 このところ、お天気が続き、さすがに田んぼの水源の水も減ってきたし、畑もカラカラでオロオロしてしまいますが、作物はまだ元気です。どんなにか地中の奥深くに根を張っていることでしょう。



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[脩]


 自分たちの田んぼも6シーズン目にして初めて、まともと言える苗を育てることができました。また、今年は昨年とはうってかわって晴天が続き、そのおかげで稲の生育状況がとても良い。

 今年の田植えは5月の最後の週末に、例によって大勢のお手伝いを迎えてなんとか土日の2日間で終了しました。米作りをしている人にとっては当たり前のことですが、実はこの田植えまでがとても大変な作業なのです。

 まず春になると最初に、冬の間に痛んだ水路の整備から始まります。

 うちが借りている田んぼは、沢の上流から長さ4メートルのパイプを何本もつないで水を引いてくるのですが、このパイプが雪の重みで倒れた樹木の下敷きになったりして寸断されています。パイプをつなぎ直しますが、パイプのつなぎ目の高さをうまく調整しないと逆流してつなぎ目から水が漏れてしまいます。土木工事のようなものです。

 ところが、今年はどんなに調整してもどうしても水が漏れる。春先に大量に降った雨のおかげで沢には豊富に水があるのに、どうしてもパイプの終点までの水量が確保できない。これはパイプがどこかで詰まっているのじゃないか。そうとしか考えられず、ところどころのパイプのつなぎ目をはずして長い竹さおで突いてみました。そうこうするうちにどうやらあやしい場所が判りました。がけになっているところを横切っているパイプの継ぎ目のわずかな隙間から、柳の木の根が入り込み、中で成長していたのです。

 がけに5メートルのはしごを架けて、そのてっぺんでパイプを切断。中の根をとりだして新しいパイプをつないで、ようやく大量の水を流すことができました。

 次に畦を作ります。1年経つと畦にも草がたくさん茂り、畦自身も柔らかくなってしまっています。このままでは水が漏れやすく、また大雨が降った時に崩れる心配もあります。まず畦の表面を削って草を根こそぎはぎとります。次に大きな木槌のような道具で畦を叩いてしっかり固めます。そして水で土を練って泥を作り、畦を塗り上げます。左官工事みたいなものです。

 そうしてやっと田んぼに水を張り、代かきをすることができます。代かきも丁寧にやらないと水持ちが悪い田んぼになってしまいます。2度の代かきを終えて、ロープをつけたはしごで田んぼの表面をならし、ようやく田植えの準備が整います。

 実際に稲を植えた後の成長は、天気に左右されることが多いのですが、田んぼを作りあげるまでは100パーセント人の手によるもので、この部分の出来不出来が、かなり稲の成長に響くことがようやく解ってきました。



パイプに詰まっていた柳の根

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[弓]


 農薬も化学肥料も使わないで6回目の春をむかえた畑では、虫の種類が増え、にぎやかになりました。

 生き物が多様化してくるのは、いいことのように思うのですが、昨年から、圧倒的に多くなったコメツキ虫の幼虫には手を焼いています。どうやら、3年を幼虫で過ごすこの虫の好物であるジャガイモと小麦の輪作を続けていたことが災いしたようです。

 昨年は収穫したジャガイモの半分以上を、この虫の食害のためにイノシシ牧場へ持って行かされました。もう小麦をやめたのでまた少しずつこの虫は減っていくと思うのですが、見つけるとつい、無造作にひきちぎってしまうのです。 この虫に限らず、私は毎日たくさんの虫を殺して暮らしています。あるおばあさんが、痛くなった脚をさすりながら「わしは虫をさんざんつぶしてきたもんで、こんなに脚が痛いんだ」と笑って話してくれました。この世代の多くの人は重労働の末に足腰を痛めています。そんな日々にもこの人はなぜこの虫は私に命を絶たれるのだろうという疑問を積み重ねてこられたのでしょう。こうやって、いつかは自分の番が来ると思って暮らすのは、いいなぁと思って、うなづきました。

 私という人間が生きているだけで、こんなにたくさんの命の犠牲があることをきちんと実感して生きるのは、私にとってとても大切なことと感じています。

 農薬の普及している今では、少なくなりましたが、かつては、全国のあちらこちらで虫送りの行事が行われていたようです。そのやり方、時期、名称はさまざまですが、虫を追い払うため、鐘や太鼓をならしたり、大声で歌を歌ったり、踊ったり、松明に火をつけたりしながら練り歩く行事です。こういった行事には、虫を追い払うためだけでなく、虫たちへの供養の意味もあったといわれています。 

 冬からこの春にかけては、イラクへの自衛隊派遣、憲法を変えることに反対する意見広告を地元の新聞に載せようと取り組み、忙しく、慌ただしく過ごしました。

 春になって、自分にとって都合の悪い虫をどんどん殺す自分と毎日向き合って、ブッシュ政権と私はどれだけ違うのか、などと考えさせられています。我が国のエネルギー資源のよりどころであるイラクに関わることは重要だという年頭の首相の施政方針には、それなりの納得をさせられました。

 そういう社会や自分の暮らしを少しずつでも変えてゆきたいと、こういう暮らしをはじめた初心に帰らされました。

 幾多の命のつながりの中でおごることなくの私の命を全うできればいいなぁと願う日々です。



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ダイニングセット

 長野県伊那市で山仕事をしている知り合いから、新築した家に置くダイニングセットの受注がありました。昨年末に注文してもらっていたので、農作業が忙しくなる3〜4月までに納品したかったのですが、3月にいろいろ手数のかかることが続いたため結局田んぼの仕事と並行して作ることになり、新居への引っ越しに間に合ったのはテーブルだけ、という情けないことになりました。それでも辛抱強く待っていただいて、なんとか椅子6脚も納品することができました。

 伊那市にKOA森林塾という山仕事を教えてくれる所があります。そこの講師を勤めている島崎先生は、日本の山(=人工林)に手が入らず荒れていくことに心を痛め、信州大学農学部の教授を退官された後、94年に「山造り承ります」の看板を掲げた山小屋を建てて、様々な人に山の手入れのやり方を教えています。私たちも和合へ来る以前に、島崎先生には大変お世話になっています。その島崎先生のもとへ弟子入りして、その後山造りの一人親方になって伊那市周辺を拠点として仕事をしている人たちがいます。

 今回の仕事は、そんな一人親方の知り合いからのものでした。彼等は9人で、”島崎山林塾企業組合”という団体を作り、主に間伐、下草刈りなどの森林整備を請け負っています。面白い仕事では、山梨県長坂町で、家を一軒作るためだけの伐採を請け負ったことがあったそうです。建築の木取り表を見ながらの造材(伐採して倒した木を太さ、長さに応じて枝打ち、丸太にする作業)は難しいけれど楽しかったという話でした。

 今、私は地元の和合森林組合で、週のうち1日か2日ほど補助金の申請関係のバイトをしています。森林の現場を見ていると上記の長坂町のような仕事はとても珍しい例だと思います。今、日本で流通している材木の8割以上が輸入に頼っています。木材価格の低迷で、日本の林業は補助金無しには成り立たなくなっています。その林業に対する補助金も年々減少しているのが現実です。

 森林にはただ単に木材を生産するというだけではなく、災害を防ぐ、水源を確保するなど、大切な機能もあるということは、今では多くの人が理解していると思うのです。かといって今日、一体どうすれば問題が解決する方向に向かうのかが全くみえないところに、ときどきもどかしさを感じています。

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