第7号 2003年1月発行

目次 ご挨拶

    えびすダイコン

   和合小学校で先生になる

   

   最近作ったもの

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あけましておめでとうございます。新年の挨拶にちょうどよろず通信が間に合いました。

 この冬はいつもより上等な薪がふんだんにあるので、気分的に安心して冬を迎える事が出来ました。「コナラを伐ったんだが薪ストーブにはちょうど良いんじゃないか。」と声をかけてくれた人がいたのです。薪ストーブをつかい始めてから5度目の冬になりますが、今までは木工の仕事や製材所で出た端材、貰って来た細い薪などを使っていて、太いナラの薪なんて初めてです。

 針葉樹の薪や細い薪は一気に燃えて強い火力がでますが、すぐに燃え尽きてしまいます。また広葉樹でも樹種によっては、あまり暖かくありません。一方太いコナラの薪はじっくり燃えてくれて火力もあります。ヒノキの薪でも頻繁にくべていれば、ストーブの温度は高いままで変わらないはずです。が、なんとも説明しようがありませんがコナラの薪は身体に感じる暖かさが違うのです。

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[弓]

 2年ぶりに大根が上手に出来ました。去年、一昨年とも、ダイコンサルハムシという虫の、食害による、甚大な被害を受け、種をまいた半分の本数の小さな大根しかできなかったのです。

 さて、今年になって、あちこちの家で、大根の収穫時期に、大きな大根2本の葉の部分をわらでくくったものが、茶の間のえびす様という神棚の下にそなえてあることに気付きました。
「えびす様は何でも大きいものが好きな神様で、今年もこんなに大きな大根ができましたよ、とお見せするんだよ」。
そうやって感謝すると来年もまたいい大根が採れるそうです。ウチの小さな借家には、えびす様は無いのですが、私も自慢したくなるような大きな大根を2本選んで、わらでしばり、数日、眺めていました。

 大根が出来たことをこんなに喜び、来年の豊作をまた祈るのは、大根がとても貴重な冬の食べ物だったことを知ると納得できます。昔からじゃがいもの後作には大根を作ったそうです。

 夏に収穫するジャガイモは翌年の初夏まで貯蔵し、食べることができます。大家族だった昔はさぞ大量のジャガイモを植え付けていたことでしょう。そのジャガイモと同じ面積に大根を作るのだそうです。

  はじめは、そんなにたくさんの大根を作って、いったいどうするのか、ピンときませんでした。けれど、冬の大根がどんなに活躍するものか聞いたとき、本当にびっくりし、食文化とは工夫から生まれるものなのだなぁとつくづく感心しました。
 まず、全部の大根を収穫して、形の悪いものは切り干し大根にし、それから年内に食べられるドブ漬け(こうじ漬け)と正月過ぎから春まで食べられる沢庵をしこたま漬けます。

 さらに、1月の厳寒期になると、凍み大根を作ります。輪切りにして茹でた大根をわらに通して軒下に吊るします。家々の軒下に下がった白いのれんの大根は凍ったり、乾いたりしながら、凍み大根になります。これは、まだ野菜の少ない初夏までも活躍する保存食です。そして、ムロにしまった生のままの大根は酢の物やおろし大根、煮物など色々なおかずとして食べるわけです。
 こうして、冬の食卓の主役となる大根を作るための畑は、ジャガイモの収穫後から着々と準備されます。旺盛な夏草をせっせと刈って、積んで、堆肥にし、盆が過ぎると間もなく畝を切ります。8月の20日過ぎ、日照りが続きがちなその時期のタイミングを逃すまいと先手をうって準備をして雨を待ちます。

 来年も再来年もこうやって暮らしていれば、永々とどこまでも続いていく、なんと安定した営みなのでしょう。

 もくもくと働き、祈る。一年はその繰り返しの中に済んで行きます。自然の流れの中に組み込まれる山や田畑での営みは、その食生活にしっかり裏付けられているという、ごくあたりまえのことと、自分の暮らし方、改めて考えさせられています。


 

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[脩]


 以前にも書いた事がありますが、和合小学校は全校児童が10名という小さな学校です。
和合地区の全戸がPTAの会員ですので、PTA作業、運動会、先生の歓送迎会と学校と関わる機会がなにかと多く、自然と子どもたちとも友達になります。

今年度、和合小学校で総合教育として「和合の木」について全校で学習してきたそうですが、その一環として木工教室の講師を頼まれました。
 11月28日の朝小学校へ行くと、いつもは「吉田さん」と呼んでいる子どもたちに、この日は「吉田先生」と呼ばれてちょっと恥ずかしい気分。2、3年生3人には、ベニヤを糸ノコで丸く切り、タコ糸を2本通して作るブンブンゴマ。4年生3人には、ベニヤで作った人形の手先にタコ糸を通しそれを鉄棒に見立てて組み立てたアクロバット人形。6年生4人にはヒノキで作ったポストカード入れのキットにそれぞれ彫刻したり、絵を描いたりして組み立ててもらいました。
 子どもとモノを作っていて楽しいのは、その発想がすごく自由なところです。
 シーズンになるとキャンプ場で竹トンボ教室を開いていますが、竹トンボを組み立てる前に羽根の部分にマジックで色をつけてもらいます。僕はその時、「じゃあマジックで羽根に模様をつけてください。」と言っていました。するとある時ある子どもがお日さまと雲とテントの絵を描いて、その日の日付けを書きこんでいるのです。これを見た時に僕はまさに目からウロコが落ちた思いがしました。その子にとって、それは単なる竹トンボじゃなくキャンプの、(楽しかったであろうキャンプの)記念のモノだったのでしょう。
 僕はそれ以来、「じゃあマジックで羽根に好きな絵を描いてください。」と言うようになりました。

 和合小学校での木工教室を始めるにあたって、子ども達が途中で飽きてしまわないかどうかが心配でした。が、午前中の3時間半の間、一度も休憩もとらずに皆とても熱中して楽しくやってくれました。その間、子どもたちは思い思いに、木を切ったり、色をつけたり、削ったり、してくれました。それがまた僕の中に大きな刺激を残したと思います。


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[脩]


  コナラの丸太が沢山手に入った、という話しは先にしました。この丸太を薪にするのにヨキ(斧のこと)で割ります。ヨキは頭が重い方が割るのに便利ですが、それを一日使っていると身体中がガタガタになってしまいます。また極端に太い丸太や、ねじれているもの、こぶがあったりするものなどはそう簡単には割れません。そんな時に重宝するのが、矢という道具です。これは山で木を伐り倒すときにも使いますが、裂け目にくさびのように打ち込むと裂け目を拡げることができます。2つ一組になっていて、簡単には割れそうもない丸太でも、矢を打ち込むとすぐヒビ割れが拡がって2本の矢を交互に打ち込むことによってみごとに割れます。

 いつもお世話になっている製材所の近所に野鍛冶がいて、うちの矢はその野鍛冶に作ってもらったモノです。製材所の主人に「今のうちに買っとかないと、引退してしまうぞ。」と言われて買っておいて貰ったものです。昔はどの集落にも野鍛冶といわれる鍛冶屋さんがいたそうです。和合にも先代まで鍛冶屋だったという家があり、ふいごや、金床などが残っていました。農作業に使う鍬などを打っていたそうです。

 今のように車もなかった時代には、鍛冶屋に限らず、大工、指物師、桶屋、などモノ作りに関わっている人が、大抵の集落には一通りいたそうです。ひとつの集落全体で、モノ(工業)まで含めて自給自足できた時代があったのです。

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きんざんじ 

 畑や田んぼの仕事がおしまいに近付いてくると、冬の備え、加工の作業が主になってきます。

 沢庵、野沢菜などに加え、和合の代表的な漬け物に「きんざんじ」というものがあります。

 各家庭によって、入っているものも、味付けも様々です。

 豆と麦の麹を醤油や砂糖で味付けたきんざんじ味噌に、春から夏に塩漬けにしておいた、ミョウガ、ナス、キュウリや、秋に採れた山のきのこや、ショウガ、ゴボウ、ニンジンなどあらゆる野菜を刻みこんで漬けたものです。アツアツのご飯にのせれば、ごちそうです。

 私には、山と共に生きる女の喜びをこの「きんざんじ」が物語っているように思えてしかたありません。

 「きんざんじ」を作るため、春の種まきから準備を重ねるひたむきさと、彩りの華やかな「きんざんじ」を作る喜びに憧れて、私も一昨年から作っています。

 けれど、今年も足りないものばかりで、彩りの貧相な「きんざんじ」を見て、満足のいくものには程遠いなぁと改めて感じました。

 一年の計は「きんざんじ」にあり、と思うこの頃です。

書見台

  阿南町の隣に泰阜村という村があります。やすおかと読み、和合と似たような山間地が多い村です。
 この村にある修道院の聖書を置く台、書見台を作りました。

 この修道院は、95年の阪神大震災で被災し、その後復興したものの何人かが分かれて2年前にこの地にやってきたということです。
 この話しを聞いた時に神戸の街から考えるとあまりの生活環境の違いに「こちらでの生活は大変なのでは?」と思わず訊ねてしまいました。しかし「いやそうでもありませんよ。冬が少し寒いですね。」と涼しいお顔でした。
 薪を作るためにチェーンソーも使うと聞いて、感心してしまいました。
 実は5年前に、住む土地を探してバイクでここら辺りを回っていたときに、最初に訪れたのがこの泰阜村でした。
 40代の若い村長が過疎の村を支えて独創的な行政を行っていることで注目されていたからです。
 残念ながら縁がなく住むことはできませんでしたが、最近でも合併をしない宣言や助役を廃止する条例を作るなど、いろいろ話題を提供しています。

 この村のホームページは以下です。

http://www.vill.yasuoka.nagano.jp/



    

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