第5号 2001年11月発行

目次 ご挨拶

    

   ハチを食べる

   最近作ったもの 

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晴れた日は、空の青さと高さ、ふく風の涼しさがとっても気持ちの良い季節です。雨が続くと冷え込んで、一雨ごとに寒くなり、冬が近付いていることを実感します。

 今年の夏の天気は稲にはとても良かったようで、重い稲穂が8月の半ばから垂れ出して、9月の初めから早めの稲刈りが始まりました。私たちは9月8日からはじめ、台風で中断しましたが、13日に終了しました。稲刈り後も好天に恵まれ、普通なら乾くのに1ヶ月もかかるのに2週間程度で乾きすぎというくらいに乾いてしまい、予定を変更して慌てて脱穀をしたのが9月の27日でした。収量は今までの中で一番多かったのですが、平均反当たり5俵強で、大きすぎた期待には及びませんでした。

 ありがたいことですが、木工の仕事が大変忙しく、通信の発行、お米の販売、発送が大変遅れてしまい、本当に申し訳ありません。

 9月のアメリカでの事件以来、世の中がだんだん不安な方向に動いている、との感覚が大きくなっていく毎日です。仕事に追われる忙しい日々とはいえ、毎日まいにちが平和に過ぎていく日常があることにさえ感謝しなければならないのでしょうか。早く戦火の下での日常がなくなるように願ってやみません。


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[弓]


 9月1日から4日にかけての3晩で、一本仕立てにして大事に育てたカボチャを全部イノシシに食べられてしまいました。
 実は、7月ごろから時々あらわれては畑の周辺や畑の中の何も植わってないところをゴイゴイと掘り返して荒らすようになっていたのです。その度にヒモをはってみたり、周囲の草を刈ったりしてみると、イノシシの方でも警戒するのか、しばらくは来なくなるというようなことをくり返していました。そんなことをしながらも、いつかはカボチャが熟れたら食べられちゃうかな、とは予測していたことだったのです。

 それにしてもイノシシは、ショベルカーでも使ったのではないかと思われる程大きくて深い穴をモグラのようにグネグネと掘り返して歩くのでたまりません。私にとっては、平らに戻すだけでも大変な作業です。どうやら、ミミズなどを食べているらしいという話ですが、これだけ掘り返してやっと小さなミミズを得るのでは、割が合わないのではないか、と気の毒にさえ思えます。イノシシは鼻づらを地面につけて歩くと地下1.5メートルくらいまではエサの臭いをかぎつけられるそうです。山ではゼンマイやユリなどの根を掘っています。春の竹の子をイノシシに食べられてしまうという話もよく聞きます。
 そんなイノシシが、掘るという労を費やさずして私のカボチャをほおばった時の喜びはいかほどだったかと想像してしまいます。足あとから察するに、どうやら親子連れのイノシシのようでした。

 和合へ来てからイノシシの肉はずいぶんいただいていたので、多少は被害にあっても仕方ない、いやむしろ、被害にあってみないと後ろめたいような思いもあったので、まぁ、来るものが来たというような冷静さはありました。
 けれど、私はこの冬食べるカボチャが全部無くなってしまった事実よりも、この先、何を作っても野生動物に食べられてしまうようになってしまったら田畑をやってゆく意欲が無くなってしまうのではないか、ということを考えたら、本当に力が抜けて落ち込んでしまったのです。今年は猿の被害も随分増えたと聞いていましたから。
 ところが、その日のうちに狩猟免許を持っている隣の広田君(まもなく一児の父となる)にワナをかけてもらえることになり、一気に元気になりました。我ながらゲンキンなものだとびっくりしたほどです。

 ワナをかけるところに立ち会ったのは初めてのことでした。畑からは幾通りもの足あとが草むらを倒しながら、山へと向かっているのですが、たどってゆくと一筋のケモノミチにつながるのです。それを黙々とつきとめてゆく広田君は、さすがに猟師さんだと、感心しました。
 そのケモノミチにワナをしかけて待つこと一ヶ月余り。

 10月11日、よく晴れた日、見事にイノシシがかかっているのを発見!!初めのうちはドキドキハラハラしながら、ワナを見回っていたのですが、そのうち見回る回数も減ってきていたところでした。
 「さぁ、そろそろイノシシはかかっているかな」とのぞいてみたら、イノシシの方でも「おや誰か来たぞ」と思ったのか、こちらを見ていました。
 おとなしくてやさしい顔をした、可愛らしいイノシシでした。
 気の強いイノシシだと、見るなり向かってきてシシ舞いのシシのように顎をカタカタならして威嚇してきます。
 さばいてくれた猟師さんたちの話では、ワナの周囲の掘り返した穴の大きさや胃袋がカラッポだったことから、ワナにかかってから3日は経っているだろう、ということでした。28キロのオスで、2〜3才、未経験だそうです。
 猟師さんたちは、幾頭も解体している経験から色々なことがわかるようで、すごいなぁといつも思います。

 そんなわけで、ワナにかかってしまったイノシシはどうやら私のカボチャを食べた犯人ではなさそうです。
 それなのに、猪をさばいたその晩に呼んでもらって食べた骨付き肉の煮込みは、どうしてもカボチャの味がしてならないのでした。


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[脩]


 稲の穂がそろそろ出そうだというころになると、今年も電柵を張り巡らす準備をしなければいけません。猪は稲穂が出てすぐ、まだ米になる部分が柔らかい時期にそれを好んで食べに来ます。猪が田んぼに入らないように、電気の線を田んぼの周囲に張り巡らしバッテリを電源とした高電圧発生装置に配線します。

 私たちが借りている田んぼの脇に、道具を置いておく小さな屋根があります。屋根の下に上半身を入れてバッテリ類の配線をしていたときのことです。ブーンと低い音が聞こえて来ました。アブやハエよりも音程が低く、飛ぶ速度がずっと遅い音です。あれっと思って顔を上げると、小屋の天井に直径25センチほどのアカバチ(小型のスズメバチ)の巣がかかっている。しかも何も気がつかずに仕事をしている間にどうやら親バチを刺激してしまったようで、巣の下方にあいた穴から頻繁にハチが出入りしていて、なんと1匹また1匹とこちらに飛んでくるではないですか。あわてて手にもった道具を放り投げ全力で走って逃げました。が、左の肩にズキッと激痛が走る。いや、刺されたからといって立ち止まって具合を観ている余裕はありません。両手を振り回しながら少し離れたところに停めてあった車まで逃げる逃げる。今まで小さなハチに刺されたことは何度かあるのですが、さすがアカバチ、痛みが全然違います。といっても多少腫れただけで、とりあえず今回はひどい症状にはなりませんでした。しかし1度刺されると抗体ができて2度目からは苦しむらしいので、次が心配ですが。

 さて、あんな所に巣があっては稲刈りどころか電柵の配線もできないので、巣を採るしかありません。が、今までアカバチの巣なんて採ったことなんて一度もない。隣の広田くんに手伝ってもらうことにしましたが、彼も初めてです。近所の人に聞いたやり方は煙幕に火をつけて巣の下部の穴から差し込み、親バチを仮死状態にしてから巣を採るというものです。ところが広田くんは親バチの焼酎漬けを作りたいので、煙幕は使いたくないと言います。それならば採り方は彼にまかせることにして、とりあえず暗くなってハチの動きが鈍くなるのを待ち、2人とも雨具を着込み袖口や裾をガムテープで縛り、帽子の上にネットを被って完全装備で田んぼに向かいました。

 あたりはすかっり暗くなり、懐中電灯でそっと巣を照らすと穴の入り口あたりでもぞもぞしているのが1匹いるだけで、昼に比べるとずっとおとなしくなっています。私は2メートルくらい離れたところから万一のために殺虫剤を片手に懐中電灯で照らし、巣から出て来たハチをこちらへ引き付ける役です。煙幕を使いたくない広田くんは、なんと大きなビニール袋で下から巣をすっぽり覆って強引に引きちぎる作戦。えー、そんな大胆な、との私の心配をよそに彼はそーっと袋で巣を覆いました。しかし、巣をさわったとたんにハチが騒ぎだして、袋の口から2、3匹のハチが出て来ました。顔の前にハチが飛んでくるとさすがの広田くんも、ワーっと叫んで袋をはずして後ずさり。いやもうせっかく寝静まっていたハチは極度の興奮状態になってその辺りを飛び回って、次々と懐中電灯目指してこちらにやってきます。私も後ずさりしながら殺虫剤を手当たり次第にまき散らします。(あー普段は無農薬とか言っておきながら。)広田くんはと見ると、小型のバーナーに火を着けて応戦しています。ところがふと気付くと、完全武装をしているおかげでハチが飛んで来ても刺されることは全く無い。なーんだ。大丈夫じゃん。2人ともいきなり大胆になり、計画通り巣にビニール袋を掛けてはずし、離れたところに停めてある車まで持って行きました。すでに焼酎漬けは諦めた広田くんと袋から親バチを追い出して、帰宅しました。

 家に帰ってから巣を取り出すと、一つ一つのマス目から黄色い顔を出している幼虫がうごめいています。白いふたがしてあるマス目には、さなぎが入っています。動いている幼虫をつかみ出し、お尻のほうをちょっとちぎって糞をしぼりだし、一口に食べます。ふたをはずしてさなぎを出し、これはこのまま一口。私たちはアシナガバチの幼虫は食べたことがあるのですが、アカバチは初めて。今まで食べたことのある蜂の子はどれも小さい種類のものや、調理してあるものばかりでしたが、さすがにアカバチは皆が追い掛けるだけのことはあります。口の中でとろっととろけるような味わいは、ウニとまではいきませんが、なかなかです。私としてはさなぎで成虫の形に近くなったものが一番おいしく感じられました。まあ、さすがに腹一杯になるまで食べたいとは思いませんが。


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プレハブの屋根修理 [脩]

 この春から新しい作業場を借りたために、以前木工の作業場として使っていた小さいプレハブが空くことになりました。うちへ来てもらった人は御存知のことと思いますが、今住んでいる家はものすごく小さく大勢の人は泊まれません。(6帖と4帖半の2間)そこでこのプレハブをきれいにして、人が泊まれるようにしたり、大勢で作業をするときの(例えば味噌を作るとか、餅つきするとか)作業場として使えるようにしたいと考えました。

 しかし、この前の冬の大雪で屋根が痛んでしまってこのままではいつ雨漏りが始まるかどうか、という状態になっています。そこで高山で家具作りの勉強をしていたときの仲間に集まってもらい、中の掃除も兼ねて一仕事してもらうことにしました。

 お盆前の土曜日、中にある材料や棚の引っ越し、収穫したじゃがいもの整理、の後、大掃除。ひとりは栗の大きな板にカンナをかけてもらい、即席の座卓を作ってもらいます。なんだかんだでとりあえず宴会をして雑魚寝ができるようになりました。翌日は屋根の修理です。いろいろ修理方法を考えたのですが、新しい屋根を葺いたほうが早いと思い、垂木を打ち付けてトタンを載せてしまいました。
 小さい集落なので、「吉田がまたなんか始めたぞ」という話しはあっという間に拡がり、古い畳をくれる人もいて、もう少し手を加えれば快適(?)な生活が送れそうです。

 ありがたいことに木工のほうの仕事が忙しく、うちの工房も農繁期なのに稼動率が高くなっています。そんなわけで作ったモノは沢山あるのですが、今回はこれだけ紹介します。


ほうき [弓]

ほうきで掃除をするようになってから、すっかり掃除機を使わなくなりました。面倒くさがりなので、掃除機を出したりしまったりするよりも、ほうきが何本もある方がずっと便利だと最近は思っています。そんなわけで各部屋に一つ、トイレに一つ、どこにでもちょっとかけておくとインテリアにもなるような可愛いほうきはとっても好都合なのです。

 以前、伊那に住んでいる時に、大好きな方から稲ワラのほうきの作り方を教えてもらって以来、毎年、1〜2本作るようになりました。特に新しいワラが得られ、雨が降ると少しはゆとりの出来るこの季節はどうしてもつい、作ってしまいます。

 実は最近、和合のデイサービス(老人福祉施設)で週2時間のアルバイトをどうしてもと頼まれて、始めたのですが、そこでこのほうきを紹介したところ好評で、たくさん作って売ろうということになりました。「和合ふるさと民芸」というラベルをつけてみたら、まるで昔から作り続けられているようで価値が上がります。
 すわりこんで輪になり、ほうきを作り始めると、昔はこういうわらのほうきで囲炉裏端をはいたもんだ、とか、高キビのほうきもいいぞ、とか色々なほうきばなしに花が咲きます。はく場所とほうきの材料はきちんと決まっていたらしい話が聞けて、暮らしの中での愛着のようなものが感じられ嬉しくなりました。

 自給というと食べ物のことを考えてしまいがちですが、こうして、日常に必要なものはなんでも一つひとつ手作りされていたんだなと改めて実感しました。

← 和合ふるさと民芸ぼうき(左)は一本600円で販売していて、常時予約注文を承ってります。

← 今年のタカキビでもほうきを作ってみました。養蚕をやっていたころ、蚕部屋を掃くのは、絶対これに限ったそうです。

    

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