PART 1

前回と同じ場所まで車で入って装備を整え、7名の隊員とあいさつをかわした。
みな体格がよく、浅黒く日焼けした青年たちである。そしてそのいでたちがなんともかっこいい。
白いヘルメットの側部には長野県警と大きく書いてあり、オレンジを基調とする制服には山岳救助隊のワッペンが張り付いている。腰にはさまざまな七つ道具。それと無線機。まるで、ウルトラ地球防衛軍なのだ。

また先頭になって歩き出した。隊長さんに、急いでもいいかと聞いたら、「どうぞどうぞ」と言うので、よし、それではお手並み拝見とばかりにペースアップした。1時間歩いた。
さすがにプロだった。というか、私の貧弱な足腰では勝負にもならなかった。私でも息が切れそうな坂を平気な顔でついてくる。しかも隊員どうしでこんなバカ話をしながらである。

あるパチンコ店から警察に通報が入った。
「ガラの悪そうな男たちが店にやってきて、心配だからパトロールしてほしい。」と。
電話を受けた警察が、その男たちが乗ってきた車のナンバーがわかれば教えてほしいと言ったので、店員は番号を調べて連絡した。しばらくして、店に警察から電話がかかってきてこう言った。
「その車は警察の車両でした。お店に入ったのはうちの山岳救助隊の隊員です。今日は非番の隊員たちがお宅に遊びに行ったようです。どうかご心配なく。」

山岳救助隊は毎日命がけで働いていて、昨日も現場に行ってきたそうである。シーズン中はなかなか休みがとれないぐらい忙しいそうだが、こんなホラ話をすることでバランスが保たれるのかもしれない。でも、いかにもありそうな話で私も笑えた。

小川路峠まではすいすいと登ってきた。前回とはまるで違う雰囲気だ。隊員はほとんど汗もかいていない。でもここからは激しい藪こぎなので衣類の外に着いているものはみなはずすように言った。笹海に突入した。でもすぐ突き抜けた。
山岳救助隊には岩だろうが、雪だろうが、藪だろうが、そんなものは「ヘ」でもないとみえる。感動した。すばらしい青年たちだ! でもこのあともっと感動した。

現場に着いたら、すぐに隊長さんが無線を飛ばして県警のへりを呼んだ。松本から30分ぐらいで来るという。その間に、回収する段取りをつくるわけだ。あいにく、死体のあった現場は沢が狭く、カラマツが高い。ワイヤーが届かない可能性があるというので、少し下流に移動することになった。そこからの動きの速さがすごかった。何人かの隊員が先行して少し広い場所を見つけ、そこのカラマツをバンバン切り倒す。チェーンソーなんかではもちろんない。折りたたみの普通の鋸だ。それでもって直径20cmぐらいのカラマツを何本も切るのだから大変なものだ。残りの隊員は死体の乗った担架を下ろす。7名の隊員が自分の仕事を全力でこなしていく。そこには今歩いてきた疲れなどまったくない。強靭な体力というのはこういうことをいうのだろう。

やがてヘリが飛んできた。ワイヤーが下りてきてヘリも高度を下げる。カラマツの先端に触れるかどうかのぎりぎりでホバリングして、ようやく担架を引っ掛けることができた。一発で回収成功だ。一連の手際よさにただただ感動した。訓練に訓練を重ねてきたことなのだろうから、隊員にすればマニュアルどおりかもしれないが、はじめて目の前でみた私には、互いの強い信頼と確かな技術、底知れぬ体力に裏打ちされたすばらしい連携プレーに見えた。

男に生まれた身として、この若者たちのような地球防衛軍、いや山岳遭難救助隊の一員に自分も加わりたいと思うのは至極当然のことではないだろうか。

それからヘリは一直線に飯田市の方向に飛んでいった。
これから司法解剖されるのだろう。身元がわかればいいのだが。

中学生の子どもたちには、この話の最後に必ずこう言って聞かせる。
男子は山岳遭難救助隊になるといいかもなあ。これぞ男の仕事っていうかっこよさがある。生きて助けたときなんか、最高に幸せだろうなあ。
女子は山岳遭難救助隊の妻になったら、心配だろうなあ。かっこなんかどうでもいいから、あなたが生きて帰ってねって思うだろうなあ。
なあ、男子、どうする?

男子を山岳遭難救助隊にしたてたり、女子をその妻にしたてたりして、勝手に悦に入る先生を見て、生徒の目はいつも冷ややかである。

後日談である。
私の予想では、地元の人が茸採りに出かけて道に迷ったか何かだろうと思っていた。
だが実際は栃木県の人だった。状況からして、事件というより事故という可能性が強いが、詳しいことは私は知らない。ただ、ご家族の方が夜を徹して飯田にかけつけて来られたと聞いて、見つかって本当によかったと思った。なんの偶然であんな沢を歩いたのか、それとも何かのお導きか。

何ヶ月か過ぎて、また警察から電話がかかった。
感謝状を贈ることになったから、いついつに署に来てほしいとのこと。まあ、辞退したところで、どっちみち誰かが自宅に届けるのだろうから、遠慮しないでもらいに行くことにした。
署に行ってみたら、他にもうお二人の方がおられて、まとめて3人に渡すのだという。
興味があったので、待っている間にそのお二人に表彰理由を聞いてみた。

若い男性の方は、小さな女の子が防火水槽でおぼれかけているのを助けたということだった。
これこそ人命救助。青年が飛び込まなかったら、女の子は助からなかったかもしれない。

日曜日、小さな村で結婚式があり、家々の大人はみんな披露宴に出向いていた。その女の子とおばあちゃんは家で留守番をしていたが、おばあちゃんがちょっと目を離したすきに、庭先の防火水槽の網の切れ目から女の子がポチャンと落ちた。おばあちゃんにはどうすることもできず、大声で助けを呼んだ。呼んだが、村の衆はみんな結婚式に行ってしまっている。
ところが一人いた。青年がいた。たまたま家の外に出ていた青年はどこかで誰かが叫んでいるのを耳にする。なんだろうと思ってあたりを見まわすと、遠くの民家でおばあちゃんが誰かを呼んでいる。おばあちゃんのそばに防火水槽がある。青年にはわかったらしい。ダッシュした。猛烈に走った。走りながら近くまで来るともう女の子が見えた。止まらずそのままフェンスを飛び越えて水にダイビング。
女の子は無事だった。青年が助けに来るまでなんとか暴れて、水に沈まずに済んだらしい。
機転の速さとその勇気。すばらしい青年だ。日本の若者もまだまだ捨てたもんじゃない。

もう一人の女性の人はコンビニの店長さんである。深夜の店番をしていたら、指名手配中の男が店に来たので警察に通報。すぐにかけつけた警官に逮捕された。地方の街にもそんな捕り物劇があるんだと思ってちょっとびっくりした。それにしても、顔をちらっと見ただけでピンとくるところがすごい。警察に電話する手が震えたりしなかったのだろうか。その辺は時間がなくて聞くことができなかった。重要事件の解決に寄与したとして、これも表彰に十分値する。

お二人のお手がらに比べて、なんだか私のやったことは格が違いすぎる気がしないでもない。
でも、私もいろいろと貴重な体験をさせていただいたことだし、ご家族には一応喜んでいただけたことでもあるので、これはこれでよしとしよう。

またもう一度同じような場面に遭遇したら、今度はもっと冷静に対処しようと思う。山には山でしかできない勉強があるものだと思った。だから山はおもしろい。

おわり

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