オランダ・ベルギーの旅

 歳を取ると旅も疲れる 成田からロンドンヒースロー空港へ12時間 ここからアムステルダムスキポール空港へ1時間 空港からは電車で20分アムステルダム中央駅へ スーツケース ガラガラ引いて200mも行ったらホテルがあった ラッキー
 翌日はレンタサイクルで回ろうと思ったが小さな町で 観光地は集中しているので歩いてる回ることとして帰りはハイネッケンビール博物館からメトロに乗ることとした。
 シーズンオフか修理中の建物がが多い 美術館はゴッホ美術館しか行かなかった ヨーロッパはどこへ行っても美術館と博物館が素晴らしく だんだん見るのが面倒になってくる アンネ・フランクの家も行列が長く 外から写真だけ撮って帰ってきた。 
 旧教会へ行く通りは飾り窓区域で昼間通ったが でかくて太ったおばさんたちが居た。
 夕方30ユーローの中国式マッサージに行ったが足の筋肉もまれたときは おーいてててだった。 
 マッサージ店の近くにイエロウレンタサイクル店があったが アルバイトのガイドに客拾数名が黄色い自転車に乗ってついていった。


今回は浴本氏に旅行記をお願いした。
 

オランダ・ベルギー旅行(2009年10月29日〜11月3日)

 晩秋のヨーロッパ(オランダ、ベルギー)へ前々期高齢者男3人(TYKYHE)で行ってきた。
 目的は訪れたことのないベネルックス地方の文化・芸術に触れることである。
同行の
TY氏は世界中を旅しているベテランなので、今更団体旅行はなしという事で航空券とホテルバウチャー、それにアムステルダム、ブリュッセル間の列車乗車券を購入して出かけた。ロンドンヒースロー空港で乗り換え、夕方暗くなってアムステルダム空港へ到着し電車に乗って中央駅の近くの三つ星ホテルに無事到着した。ただ、電車の切符を買うのもオランダ語がさっぱり分からず難儀した。ホテルは4,5階建て?の古い建物の連結で増改築を繰り返し現在の姿になっている。バスルーム内部だけは近代的だ。飛行機の中でさんざん食事をとったので夕食はホテルのビールと柿の種のみとなった。
 フロントのかわいいお嬢さんが目の前のサーバーからハイネケンの泡をカットしながらジョッキ満杯にして持ってくる。大のビール好きの
KY氏は大ジョッキを4杯は飲んだはずだ、私はおいしかったが2杯がやっとだった。なぜ泡をカットするのか不思議であったが、後でわかったがハイネケンは飲むと次から次に気泡が内部から湧き出てくるので上部に泡の層を残す必要がないとの事。(ハイネケンビール博物館の説明で納得)

 翌日はダム広場、王宮、ゴッホ美術館などを徒歩で回りアムステルダムの景観や文化に親しんだ、丁度喉が渇いてきた頃を見計らってハイネケンビール博物館へ立ち寄った。入場料約15ユーロを払ってさてビールと思ったがなかなか飲ましてくれない。ここはハイネケンの歴史、製造工程、品質の素晴らしさを体験・体得してもらう施設で、飲むだけが目的の人にはもったいない設備を備えている。最後にやっとおいしいビールを2杯ありがたくいただいた。
 市電に乗ってホテルへ戻った。夕方、中央駅近くの飾り窓地区に視察に行った。運河沿いの建物とその路地がすべて該当施設で、ほとんどがビキニ姿でウインドウから飛び出さんばかりにそれぞれのチャーミングポイントをアピールしている。よそ見しているとガラスをたたいて注意を喚起される。成約なったところはカーテンが閉まっている。
 ただ、前々期高齢者の私達にとってはあまりにも迫力があり到底太刀打ちできないので見学するだけにとどめた。
 その界隈を歩いていると呼び込みのおじさん達から“すけべ、ち○○、ま○○”など声かけられる。日本人も悪い言葉を教えたものだ。それにしてもすぐ日本人と判る感の鋭さには感心した。

 アムステルダムの最終日は生鮮市場(マツタケもあったぞ)、旧教会、マヘレの跳ね橋、アンネの家などを回った。アンネの家は第二次大戦のナチドイツの所業の象徴として、早朝にもかかわらず建物ぐるりとあらゆる年代の見学者が取り囲んでいる。
 中へ入るのはあきらめたが日本の広島・長崎と同様、ここは平和への祈りと決意の聖地だと思った。午後、ブリュッセル行きの国際列車タリスに乗ってアムステルダムを後にした。

 列車の旅は2時間半くらいだったが、飛行機より快適な気がした。パスポートの提示も求められないし、何よりあの厳しいセキュリティチェックが無い。タリスではKY氏とビュッヘで気持ち良くビールを飲んでいて車掌の検札時、一人残ったTY氏に余計な心配をかけてしまった。ブリュッセル南駅に到着しホテルのある北駅まで地下鉄で移動した。
 丁度、帰宅時間帯で社内が混んでいてスーツケースの置き場に困っていたら「コチラヘドウゾ」と場所をあけてくれた青年がいた。大学で日本語を勉強しているそうだ、それにしてもここでも日本人とすぐ判ってしまった。
 どうやら、私達は日本人としての特徴を充分に具備しているようだ。夜はブリュッセルの市庁舎のあるグラン・プラスまで散歩がてら行ってみたが、予想以上に活気があり通りは人が溢れんばかりで人種も様々だ。
 古い街並みと、新しい街並みが融合した文化、政治、商業の中心都市だ。市庁舎やその一帯は歴史的建造物群でまとめられており、我が県の県庁や市役所のコンクリートの塊とは大違いである。
 ここでもホテルの近くに飾り窓地区があり、こちらはアフリカ系のお嬢さん達が大半であった。オランダと違って非合法だからアブナイと成田に着いて税関の方から教わった。

 翌日、ブリュッセルから電車で1時間ほどにあるブルージュへ行った。旧市街はユネスコの世界遺産に登録されているだけあって一部の隙も見せないほど中世ヨーロッパの街並みが保存(修復?)されている。
 昔、社会科で習ったギルドの建物があるマルクト広場で昼食をとり、地ビールも何杯かお代わりした。土産の手作りチョコも調達した。ブリュッセルに舞い戻り王立美術館へ行ったが、運悪くその日(11月1日)は休館であった。
 仕方ないのでEU本部へ行こうとしたが風雨が強まったためこれも断念しホテルへ帰り、レストランでまたビールを飲んで過ごした。

 翌朝は早起きし直通電車で離陸の2時間前にブリュッセル空港へ行ったが、セキュリティチェックのため長蛇の列、ちょっと心配したが、ヒースロー乗り換えで無事成田に帰って来た。
 今回はオジサンらしくビールの事以外あまり書かなったが、訪れた彼の地の文化や特性に充分触れることができた。
TYさん、KYさん楽しい旅をありがとうございました。(HE



アムステルダム




ダム広場                          王宮(修理中)                新教会
  


アムステルダム中央駅                      国立博物館(修理中)
 



傾いたビルの合い間に運河      船の屋根にいる俺誰だ      白鳥もいるのだ       ダム広場 で 稼いでいるやつがいる。
   

旧教会                       朝市で松茸売っていた                 マヘレの跳ね橋

  

アンネ・フランクの家             街角でお茶して                電車でベルギーへ
  


ブリュッセル

 アムステルダムから特急電車で2時間40分 ブリッセル南駅へ到着ここからプリメトロに乗り換えて北駅まで 駅から ホテルまで3分 北駅周辺はここはイスラムの町かな 食事に出たが レストランにアルコール類が置いてなくて ポテトとチキンと まずいソウセイジとオレンジスプライトを頂いて帰ってきた。
 ここも小さな町で 観光地はまとまっているので歩いて回った。
 ホテルの裏は飾り窓区域で話の種に見学だけしてきた 色黒小太りのアラブ系のおばさんたちだ。
 ブルージュから帰ってきて仲間と別れて買い物してから ホテルへ帰り道 地図をブルージュのレストランへ置いてきてしまったので 自分のいる場所がと゛こだか分からなくなり 方向音痴で30分ばかり迷ってしまった。 こうもり傘さしていたがしっかり雨にぬれてしまった。

 

 

 


ブリュッセルの中心は市庁舎                      王の家
 

小便小僧                           国立図書館 と王立美術館
 


ブルッケール広場
 





ブルージュ   世界遺産

 世界遺産 ブルージュへはブリュッセルから電車で1時間20分 古い町並と運河で構成されている。
 マルクト広場のレストランでピザとスパゲティーを肴にして しっかりビールを頂いた。
 後でレシート見たら途中で小ビールを注文してから中ビールに変更した分2杯が余分に請求されていた 酔っ払いは確認しないからな。
 ビールを飲んでいたら雨が降ってきた そういえば今までの旅で 雨降りに傘をさして歩いた記憶は無いなー


先に聖母マリア協会                                    運河で巡る
 


マルクト広場と州庁舎                                    ギルド・ホールと鐘楼
 


馬車が行く                              静かな町
 

今回のメンバーは 矢澤利夫 浴本英夫 矢嶋國男