歌劇カゲキ 清教徒セイキョウト(全ゼン3幕マク)
作曲者サッキョクシャ ベッリーニ(Vincenzo Bellini 1801 - 1835)(イタリア)
台本ダイホン カルロ・ペーポリ(イタリア語ゴ)
作曲サッキョク年ネン 1834〜1835年ネン
初演ショエン 1835年ネン1月ガツ25日ニチ パリ、イタリア劇場ゲキジョウ
演奏エンソウ時間ジカン 約ヤク130分フン
エルヴィーラ(ソプラノ) : ヴァルトン卿キョウの娘ムスメ
アルトゥーロ(テノール) : 王オウ党派トウハの騎士キシ、エルヴィーラの恋人コイビト、エンリケッタを城シロから逃ニがす
リッカルド(バリトン) : 清教徒セイキョウトの騎士キシ、エルヴィーラに想オモいを寄ヨせている
ジョルジョ(バス) : エルヴィーラの叔父オジ
ブルーノ(テノール) : 士官シカン
ヴァルトン卿キョウ(バス) : 議会ギカイ派ハ清教徒セイキョウトの城主ジョウシュ、エルヴィーラの父チチ
エンリケッタ(メゾ・ソプラノ) : 前ゼン王オウカルロ1世セイの王妃オウヒであるが、身分ミブンを隠カクして城内ジョウナイに幽閉ユウヘイされている
CD付属フゾク解説カイセツ(河合カワイ秀シュウ朋トモ氏シ)の一部イチブを紹介ショウカイ
 題材ダイザイとなった清教徒セイキョウトは、英国エイコク国コク教キョウに反抗ハンコウし16世紀セイキ後半コウハンに興オコった信仰シンコウと礼拝レイハイの純粋性ジュンスイセイを主張シュチョウした厳キビしい戒律カイリツの
プロテスタントの一派イッパで、メアリー1世セイに血チの粛清シュクセイを受ウけて新大陸シンタイリクやオランダなどに逃ノガれたが、エリザベス1世セイが即位ソクイ
すると帰国キコクし <清教徒セイキョウト> と呼ヨばれてカトリック教徒キョウトと対立タイリツする。エリザベス没後ボツゴ、スコットランドから入ハイったジェームズ
1世セイの国コク教キョウ主義シュギ強化キョウカに抵抗テイコウし清教徒セイキョウトたちは議会ギカイに拠ヨって王党派オウトウハと争アラソった。議会派ギカイハはクロムウェル(クロムヴェルロ)に
率ヒキいられて王党派オウトウハを破ヤブり、ジェームズの後継者コウケイシャチャールズ1世セイが議会派ギカイハと通ツウじたスコットランド軍グンに投降トウコウして戦争センソウは
終結シュウケツする。この <清教徒セイキョウト革命カクメイ> の戦タタカいが背景ハイケイとなっており、チャ−ルズ1世セイの王妃オウヒエンリケッタ(ヘンリエッタ)が未ミ亡ボウ
人ジンとしてオペラに登場トウジョウするので、オペラの時期ジキは、1649年ネン1月ガツのクロムヴェルロによる国王コクオウ断罪ダンザイ以降イコウと考カンガえられる。
 ベッリーニは、「清教徒セイキョウト」を書カくに当アたってパリの聴衆チョウシュウを念頭ネントウに置オいて作曲サッキョクし、当時トウジ流行リュウコウしていたヒロインが精神セイシン錯乱サクランし
華麗カレイなコロラトゥーラ技巧ギコウを発揮ハッキして歌ウタう <狂乱キョウランオペラ> としたが、彼カレの創作力ソウサクリョクが最高度サイコウドに達タッした時期ジキでもあり、ベッリーニ
特有トクユウの美ウツクしい旋律センリツにあふれている。また、管弦楽カンゲンガクの処理ショリが従来ジュウライより長足チョウソクに進展シンテンし、新アタラしい技法ギホウに満ミち、特トクに和声ワセイと転調テンチョウ
のスケールが一層イッソウ豊ユタかになり、彼カレの <白鳥ハクチョウの歌ウタ> にふさわしい名作メイサクとなった。