世界中から栄村に届く絵手紙で
世界が一つになれたら、どんなにうれしいことでしょう。
■人口2,500人の小ちゃな村に12,000人が訪れた!
1995(平成七)年のこと。人口わずか二千五百人の雪深い信州の小さな山里に、
なんと一万二千人もの人が訪れるという、まさに事件が起りました。
ひとりの少女の絵手紙展が開かれたからです。少女の名は山路智恵さん。
山路さんは、小学校一年の入学式の日から、絵手紙の創始者である小池邦夫先生に絵手紙を送り続け、
六年生の9月23日には、連続二千日を達成。
これを記念して東京・大崎ウエストギャラリーで、『なんなんなんと2000日展』が開催されました。
この絵手紙展を見て大いに感激した一人に、栄村の公社職員・斎藤貞子さんがいました。
斎藤さんはこの感動を村の人達にも味わってほしい、実物を見たら村の人はどんなに喜ぶだろう。
村へ帰って展覧会ができないか相談しました。
会場や予算の問題で一度は暗礁に乗り上げましたが、
その後、大勢の人たちが集まって「山路智恵絵手紙展実行委員会」をつくり、運営することになりました。
こうして小ちゃな村で山路智恵絵手紙展「なんなんなんと2000日展」が実現したのです。
会場の栄村物産館には村内外から一万二千人も訪れ、「元気・勇気・感動をありがとう」と熱く語ってくれました。
この絵手紙展の会期中、小池邦夫先生を招き、絵手紙教室も開きました。
「ヘタでいい、ヘタがいい」絵手紙は心を届けるもの、精いっぱいかいた絵手紙にはその人だけの気持ちが表れるもの。
ウマイヘタは関係ない、と小池邦夫先生は教えてくれました。
村内の子供たちと山路さんも一緒に絵手紙をかきました。
共感を呼んだ『小ちゃなしあわせ』展雨のひとしずくが大きな流れに
この山路智恵絵手紙展の大成功でもりあがった実行委員会は、今度は全国公募の絵手紙展を計画。
『小ちゃなしあわせ展』を実現しました。
全国の市町村に村民自ら手書きの絵手紙を添えて呼びかけた「ひとりひとりの小ちゃなしあわせ」のテーマは、
多くの人の共感を呼び、一万二千五百通が寄せられ、心温まる絵手紙に、北は北海道、南は九州まで、
全国から二万人もの人達が栄村を訪ねてくれました。
こんなにも多くの人たちが絵手紙に関心をもって、小ちゃな村を応援してくれた。
村の人口の四倍もの絵手紙に囲まれて、村民はしあわせでした。
はじめは雨のひとしずく。そのひとしずくがいっぱい集って、こんなにも大きな流れになりました。
この絵手紙展をきっかけに、村の中に絵手紙愛好者が広がり、絵手紙に心ひかれた女性たちがグループをつくり、
山路智恵さんに『ほうきんとう(ふきのとう)の会』と名づけてもらいました。
毎月一回集まって、絵手紙の交流を広げました。
村内のお年寄り世帯に少しでも何かのお役に立てばと、絵手紙で「お元気訪問」を始めました。
「絵手紙ふれあいメール」と名付けた活動のはじまりです。
ひとり暮らしの80歳のおばあちゃんにも「メール」が届きました。
おばあちゃんは自分も絵手紙をやってみたい、絵手紙で返事をかきたいと思いました。
絵手紙の道具を購入し、毎日毎日かき続けているそうです。
「戦争の中で迎えた青春。あまりいいことはなかったけど、絵手紙に出会えたことは私の毎日を変えました。」と、
生きがいを見つけられたようです。
■小っちゃな村が世界とつながった!絵手紙でオリンピック『世界絵手紙展』
よし、今度は二年後にひかえた長野五輪をきっかけに、
二十世紀最後の冬の祭典「長野オリンピック」に絵手紙で参加しよう。
絵手紙でなら、だれでもオリンピックに参加できるはず。そして、絵手紙で世界とつながろう!と。
長野オリンピック冬季競技大会組織委員会(NAOC)に文化プログラム参加の申請をしました。
ほかにも外務省、郵政省、自治省、文化庁、国土庁、長野県に名義後援を申請。
その結果、長野オリンピックおよび長野パラリンピックの文化プログラムとして採択されたのです!
ついに1998(平成10)年(絵手紙オリンピック)「絵手紙世界展」開催にむけて準備を開始しました。
■村民二百人の絵手紙応援団が誕生
何事も、村民の理解と協力がなければ成功しないし、意味がありません。
企画運営委員会では公民館や「ほうきんとうの会」の協力を得て、二十四集落をまわり、
実際に絵手紙を体験してもらいながら絵手紙展の趣旨を説明し、理解と協力を求めました。
二月、真冬の夜、しかも吹雪の中をおして、皆さんに集まっていただきました。
その結果として、村民二百人の「絵手紙応援団」が結成されたのです。
また多方面に募集案内をする必要があります。
日本全国の日本絵手紙協会会員から「絵手紙世界展ボランティアスタッフ」を募集。
うれしいことに五百名もの人達が参加を申し出て、絵手紙募集のための絵手紙や巻紙をかき、
学校、公民館、郵便局などでの絵手紙教室など、様々な協力をいただきました。
村内四校の小中学校が絵手紙を教育活動に取り入れ、絵手紙教室を開催。
募集を呼びかける絵手紙をかいてくれました。
「絵手紙まってます。栄村に来てください。」
素直な気持ちが、全国の市町村などに届けられました。
参加国100カ国、応募点数十万枚という大目標を掲げ、『絵手紙世界展』の募集が始まりました。
国内は全国市町村、全国小学校、養護学校、盲学校などへ、海外は在日大使館、在外日本領事館、
外国と姉妹交流のある自治体、青年海外協力隊などへ募集要項や絵手紙を入れて発送。
その数三万通を超え、毎晩の作業が一か月間続きました。
同時期、日本絵手紙協会から、山路智恵さんの『智恵の絵手紙銀メダル』という本が発行され、
栄村が絵手紙の村となり、絵手紙世界展を開催することとなった経緯が書かれ、
全国に世界展の理解者を増やしてくれました。
■雪深い村に遠い国からアルファベットの国際郵便が届く
海外からの募集は、在日の大使館にお願いにまわろうと、
スタッフは、アポイントの取り方もわからず、
英語が話せなくても大丈夫かなと言いながら思いきって電話。
暑いさなか、100カ国の大使館すべてをまわりました。
募集を始めると、やがてアルファベットでつづられた国際郵便もまとまって届くようになりました。
中には準戦時下にあり、絵をかく習慣のない中東のシリアの子供たちから、
初めてクレヨンを持ったネパールの子供たちから、
インド洋のモルディブ、太平洋のフィジーなど、雪の降らない地域からなど、
青年海外協力隊や在外領事館などの協力で地球のあちこちから届きました。
絵手紙には「こんな機会を与えてくれてありがとう」のメッセージが添えられていました。
こうして心配していた応募数も八万通を超えました。
海外からの一万九千通は思いもよらない数字でした。
■八万通集った『絵手紙世界展』は村民の手で広いスキー場に展示!
村民の応援団、一般の村民にもボランティアをお願いし、
村民みんなの手で展覧会をつくろうではないか。
企画運営委員の呼びかけに、村内各方面からボランティアの申し出がありました。
中には一人暮しのおばあちゃん、村議会議員さん、郵便局の皆さんの参加もありました。
二週間で延べ四百人近い村民のボランティアによって、『絵手紙世界展』の開幕を迎えたのです。
だれでも参加できる絵手紙のオリンピック。
展示後は、長野オリンピック記念切手を貼り、世界展記念消印を押して、応募者に返却。
まさに絵手紙オリンピック参加記念、世界に一つの「金メダル」です。
お茶の間でおなじみの各界著名人のかたにもお願いし、
約三百人ものかたから絵手紙が寄せられ、世界展を盛り上げてくれました。
会場に置かれた感想ノートには、「凄い数、すごいすごい、世界の隅から隅まで子供から大人まで見事です」
「一枚一枚、思いをこめてかかれたものと思うと胸が熱くなる」などと書かれていました。
世界展をきっかけに、心新たに「自分も何かやってみよう」という気持ちを引きだしていたようです。
■絵手紙だから世界がつながる栄村がふれあいの場になることを
三年前の出来事から始まった小さな村の絵手紙ものがたり。
誰もがこんなになるなんて想像もしなかったこと。
地球上のそれぞれの地に暮しがあり、ふるさとがあります。
「世界はひとつ。世界はつながっている」を実感するに充分な八万人の輝きが世界中から、ここ栄村に集ったのです。
この世界展の交流によって、世界の皆さんが栄村を「心のふるさと」にしてくれればと。
そして、村を訪れてくれた皆さんと村民が、大自然の中で心あたたまる絵手紙に触れて、
元気がでるような交流とふれあいの場をつくることが夢です。
2002年には日中友好30周年記念行事『10万通日中絵手紙展』を日本絵手紙協会・蘇州市と共催し、
団長として職員、村民八名で式典に参加。
蘇州市の人々と交流。
蘇州市内の大きな施設での展示を終えたのち、
日本の展示場として栄村のスキー場イベントホールや物産館などで展示しました。
2003年には村民有志が『栄村絵手紙・芽吹きの会』を設立し会員を募集。
10月に『むらじゅう絵手紙展』を開催。
2004年 森宮野原駅交流館オープン記念として4月に山路智恵絵手紙展「再会のさくら展」開催。
近隣の4500人のかたが来館してくれました。
その後も、蘇州市・日本絵手紙協会・の絵手紙展企画に参加し、村内で展示。
蘇州市使節団が来村するなど、交流を深めてまいりました。
そして2007年夏。
ついに栄村には、日本絵手紙協会の活動を通して寄せられた全絵手紙を収蔵するタイムカプセル館が、
そして絵手紙のむら・栄村』のきっかけを作ってくれた山路智恵さんの絵手紙美術館ができました。
絵手紙によっていっそう生き生きと輝き、生きがいを見出した絵手紙びとの拠点として、
これから、世界とつながり、絵手紙が平和の使者としての役目を果たせたら、どんなに嬉しいことでしょう。
お力添えのほどお願いします。
栄村長 高橋彦芳
(月刊「絵手紙」7月号より)