THE  POWER  OF  PEOPLE

 

新しい生き方と共にある労働運動へ 篠崎浩和


ウォール街に怒りのデモ


「原発輸出」「派兵」「TPP」の野田政権を許さない


 原発輸出—それは地獄と悲劇の輸出だ


 電力9社が出資している日本原子力発電が9月28日、ベトナムに原発2基を建設するための事業化調査契約をベトナム電力公社との間で結んだ。菅前首相の「脱原発」方針のもとで中断していた日本の「原発輸出」が、いま再び悪魔の如く甦ろうとしている。福島の人々が住み慣れた故郷を離れ、不安の日々を生きていかなければならないのは原発事故のためである。放射能汚染による健康被害をはじめ、さまざまな生活被害を受け苦しんでいる人々がいまも増え続けているのは原発によるものである。日本中の人々がいつ起こるかもしれない事故の恐怖におびえ、暮らしていかなければならないのは原発崩壊を目の当たりにしたからである。まさに「原発輸出」とは、「地獄と悲劇の輸出」でしかない。野田新政権はその「地獄と悲劇の輸出」を皮切りに、「原発帝国日本」へとふたたび舵を切ろうとしているのである。

 「原発輸出」とは、野田新政権にとってどのような役割を果たしていくのであろうか。原発一基当たりの建設費は数千億円といわれ、道路や送電線の整備といった関連工事などを含めると総費用は数兆円に上ることもあるといわれる。自民党と代わった民主党政権が、「新成長戦略」の柱と掲げていたのが、この「原発輸出」であった。福島第一原発で事故が起きる5カ月前、東京電力で副社長を務めた武黒一郎を社長に、電力9社をはじめ東芝や日立製作所など原発メーカーが共同出資して、「国際原子力開発」を立ち上げたのもそのためであった。海外での原発受注を官民あげて推進し国際協力銀行の支援も得て、原発建設に必要な資金も低金利で融資するのだという。

 現在アジア地域では、原発の新規建設ラッシュとその輸出にむけた市場獲得争いが凄まじい勢いで展開されている。中国では現在運転中の原発が11基で26基が建設中、さらに計画中のプラントが10基あるなど、世界最大の原発建設国となっている。また韓国は李明博政権が「原子力発電輸出産業化戦略」を打ち出し、2030年までに80基の原発を輸出し、世界の原発建設市場の20%を獲得するという目標をかかげている。野田首相は「フクシマの地獄と悲劇」などはまるで無かったかのように、いまもまだ垂れ流され続けている放射能汚染の被害などは何処にもないかの如く、国連本部で「日本は原発の安全性を世界最高水準に高める」「原子力利用を模索する国々の関心に応える」と声を張り上げて演説したのである。菅前首相の「脱原発」方針を転換し、原発推進と原発輸出へと大きく舵をきった瞬間である。

 現在進行中の原発輸出計画は、政府が把握しているレベルで4つといわれる。ベトナムでは事業化契約がすでに結ばれ、リトアニアでも優先交渉権を持ち、ヨルダンとトルコの間でも現在折衝が続いている。さらに昨年秋、菅政権の時代にはインドとの間で貿易や投資を自由化する経済連携協定(EPA)を締結することでも合意し、合わせて原子力協定の締結交渉も加速させようとしていた。人口12億をかかえ急成長を遂げる「巨大市場」に、原発輸出を含めて日本のグローバル資本が本格的に入り込もうというのである。

 インドとの「原子力協定」の締結にむけた動きでは、本来NPT(核拡散防止条約)に加盟していないインドとの原子力取引は禁止されていた。しかし2008年、アメリカとインドとの間で「原子力協定」が締結されると、アメリカの圧力によってインドは例外扱いとされた。それでも当時の自民党政権では「国民の理解が得られない」として、インドとの協定を見送った経緯がある。NPTに加盟せず1974年と1998年に核実験をおこない、現在も核兵器をつくり続けているインドとの間で「原子力協定」の協議に入ること自体、「核廃絶」への流れを逆行させるものであり、到底許されるものではない。民主党政権の「新成長戦略」路線とは、官民あげた「原発輸出」を旗印にグローバル資本の海外侵略を世界大にすすめることであった。東日本大災害と「フクシマの地獄と悲劇」から半年余を経て、今なお多くの人々がその「悲劇と地獄の真只中」にいるにもかかわらず、野田政権はその「悲劇と地獄」の政治路線へと舞い戻ろうとしているのである。何と愚かなことであろうか。これこそ反理性、反人間的視点にたった政治にこそほかならない。

原発は「人類とも自然とも共存できない」。それは今なお続く「フクシマの悲劇と地獄」、そして日本社会の隅々にわたる「原発への不安と恐怖」によって疑問の余地なく明らかにされたことである。同時に原発問題は「日本の国家と社会のあり方」を根本的に問い直す。「さよなら原発」に貫かれた「日本社会の価値観と構造の転換」の道こそを、私たちは自らの問題として歩み切りひらいていかなければならない。


南スーダンへの派兵に反対する

「武器と軍隊にさよなら」する日本へ


 10月に入り、野田政権はあらたに南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に、陸上自衛隊の施設部隊を派兵する方針を固めたと伝えられる。年明けから3月まで現地に入り、先遣隊として陸自中央即応連隊の年内派遣も検討しているといわれる。

 菅前政権では司令部要員の派遣にとどめ部隊派遣は見送る方針だったものが、野田首相が国連での演説で「派遣に関心を有しており、必要な現地調査を早急に行う」と言ったことから、陸上自衛隊の部隊派遣へと急きょつながっていった。

 かつてイギリスとエジプトによって南北で共同統治されていたスーダンは、1947年のジュバ会議での合意により統合が決められた。しかしその後、南部と北部の間では石油資源などをめぐり度々内戦が起こり、それは2005年の南北包括和平合意(CPA)まで続いていく。その後、南部は行政上の自治を6年間与えられ、北部で適用されていたイスラム法の適用も除外となった。そして2011年1月の住民投票によって、98%を超える圧倒的住民の意志によって南スーダンは独立を果たした。スーダン全体の石油資源の80%が南スーダンに集中するといわれ、現在はアメリカと中国が中心となって入り、南スーダンでの経済活動をおこなっている。まさに豊富な天然資源をめぐっての大国間の争奪戦の様相となっているのである。「PKO」とは、こうしたグローバル資本の権益と経済活動を守るためのものにほかならない。

 南スーダンでの「POK」は、「市民保護やインフラ整備」を名目に軍事部門7000人に警官を加えた8000人が現在活動し、そこに日本から自衛隊があらたに350人規模の予定で入り込もうとしている。たしかにスーダンは数々の内戦を経験してきたが、住民投票でも示されたように住民の独立志向は強く、「新生南スーダン」の政治と自治は南スーダンの国民によってこそ担われなければならない。民政支援からかけ離れた帝国主義勢力の「武力支配」を通しては、南スーダンは真の独立国家へと進むことはできない。

 南スーダンでの治安の悪さを理由に、自衛隊の「武器使用基準の緩和」が早くも叫ばれている。9月にアメリカを訪問した民主党の前原政調会長は、「PKO」で自衛隊が活動する現地で、「共に行動する他国の軍隊に対する侵害に対して、防衛できるようにする」と言って、海外での武器使用基準の緩和の必要性を強く主張した。また合わせて講演では、日本の防衛産業が技術開発面で遅れを取りかねないとして、「武器輸出3原則の見直し」にも言及している。

 「武器輸出3原則」をめぐっては、すでに菅政権時代にもそうした動きはでていたが、野田政権になってそれをさらに加速させようとしているのである。

 民主党政権が発足して以降、昨年1月、当時の北沢俊美防衛相は軍事企業の大多数が参加する「日本防衛装備工業会」の会合で、「新防衛大綱において武器輸出3原則の改定を検討する」と発言し、内容としては「途上国に向けた武器の売却」などをあげた。それに先立って日本経団連は防衛生産委員会(委員長・佃和夫三菱重工会長)の提言として、戦闘機などへの国際的な共同開発への参加をはじめ、独自開発が必要な潜水艦や戦車、宇宙を利用した警戒衛星などに予算を重点的に配分することなどを求めていた。当時の北沢防衛相の発言や民主党前原政調会長の言動は、まさにこうした軍需産業の声とアメリカの圧力を代弁したものにほかならない。

 憲法違反の自衛隊を軍隊として認め、その活動領域をグローバルに拡大しながら、世界有数の軍事予算をもって日本国家は軍需産業を肥大化させてきた。憲法の規定とその精神からすれば、本来日本に軍需産業などあってはならないはずである。戦争のための軍需産業こそ憲法違反であり、軍需産業こそ解体されなければならない。

 野田政権がもくろむ南スーダンへのPKO派兵とそのもとでの自衛隊の「武器使用基準の緩和」を断じて許してはならない。その行き着く先はさらなる「武器輸出」であり、アメリカに追従しながらの「軍事覇権国家」としての日本である。私たちは「さよなら原発」とともに、「武器にさよなら」「軍隊にさよなら」する日本へとその道をさらに切りひらいていかなければならない。


TPPへの参加を許さない


 野田政権が「新成長戦略」の要と位置づけその司令塔と期待する「国家戦略会議(仮称)」の初会合が10月中旬にも開かれようとしている。藤村官房長官はその初会合でTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加問題を本格的に議論すると表明した。野田首相も11月にハワイで開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議までにTPPへの参加問題を決着するとしている。

 野田首相を議長とする「国家戦略会議」では、経済財政担当相らの関係閣僚や日銀総裁、経済界、労働界の代表らが委員となり、経済・エネルギー政策を含めた重要課題を検討するという。それは民主党が野党時代に批判してきた自民党政権の「経済財政諮問会議」の焼き直しであるばかりでなく、まさに野田政権の「新成長戦略」を推進する司令部にこそほかならない。

 主要閣僚である枝野経済産業相はすでに先月、訪問先のシンガポールでTPP交渉について「できるだけ早く国内の同意を得て、交渉に参加することが望ましい」と発言し、参加に積極的姿勢を見せるとともに、財界を代表する経団連の米倉会長も「アジアの成長を後押しするためにもTPPへの参加を急ぐべきだ」と同調する姿勢を強めている。それに対して、国民の食糧と健康を守る運動全国連絡会(全国食建連)は9月30日、「TPP参加によって貧困と格差が拡大し、食糧自給率のさらなる低下や雇用の喪失のほか、医療、金融、投資などにも大きな混乱が起きること。また東日本大震災の復興にも大きな障害になる」として、TPP参加に対して反対のアピールをおこなっている。また国会議員らでつくる「TPPを慎重に考える会」が10月4日に東京都内で会合をひらき、70名が参加して反対の態度を明確にしている。TPPをめぐるせめぎ合いがいよいよ強まってきている。

 いうまでもなくTPPへの参加は、農業だけでなく、労働や環境、人々の生存権にかかわるすべての問題に影響を与える。それは公共のサービスや食の安全や私たちの生活の隅々にまで及んでくる。関税の撤廃による「究極の自由化」は、社会を根底から変えていく。農産物や工業製品などの段階的関税の撤廃をはじめとして、労働の移動や投資・金融の自由化、さらには医療や教育や福祉など、従来行政が担ってきた分野にも、どんどんと外国企業が参入できるようになる。そこに貫かれるのは資本主義の原理による弱肉強食の世界であり、伝統的地域経済の破壊であり、農・漁業の破壊であり、労働の破壊であり、食の破壊であり、生活すべてが破壊されていくこととなる。


遂にウォール街に若者たちの怒り噴出


 そしてそのTPPを力で押し付けようとしてきたアメリカで、いま大きな闘いが起きている。場所はなんとアメリカ金融独占資本の中心地、ニューヨーク・ウォール街である。アメリカで活動しているフリージャーナリストの津山恵子さんが、その模様をインターネットで配信している。


こんなデモは今までに見たことがない。

 なにせ参加者のほとんどは、幼な顔の10代後半から20代前半。団塊の世代や、1960〜70年代の反戦運動を経験した世代など、「戦争反対」「自治体予算削減反対」「人種差別反対」などのデモで毎度おなじみの顔は全くない。いや、彼らは今までデモに参加したことすらないのだ。

 ところが「ウォール街を占拠しよう」を標語に、ウォール街から北に200メートルの広場に数百人が9月17日から野宿を続け、午前9時半の株式市場取引開始時と、午後4時の取引終了時の2回、段ボールのプラカードや太鼓、ラッパを持って、ニューヨーク証券取引所前を練り歩いている。

 彼らはなぜここに集まっているのか。

 「経済危機や貧困など、解決しなくてはならない問題がたくさんあるのに、企業の拝金主義が、こんなに僕らに消費を押し付けているのはおかしい。何とか仕組みを変えられるはず」(メイン州在住の男性20歳)

 「金融街など人口のわずか1%の人たちが世界を仕切っていて、99%の人が苦しんでいるのはおかしい」(メリーランド州在住の男性24歳)

 「友だちと15人でメイン州から来た。貧しい人でも生きていかれるように、資本主義を変えるべき」(ベルギー人男性19歳)


 デモはこのあとも膨れ上がり、警察による弾圧で逮捕者も出しているが、それはさらにボストンやシカゴ、サンフランシスコなどにも広がっているという。失業や貧困や将来への不安などから広がった若者たちのデモは、アメリカ経済ばかりでなくいまや世界経済を牛耳るニューヨーク・ウォール街を闘いの舞台としている。製造業の衰退と海外への生産拠点の移動など、疲弊するアメリカ経済のなかで失業率は高まる一方であり、「対テロ戦争」に対する莫大な戦費とリーマン・ショックへの巨額の財政支出によるしわ寄せは、すべて国民に向けられてきたのである。「拝金主義のウォール街を占拠して、世界を変えよう」という主張のもとに集まってきた若者たちは、次にどんな行動をとるのかということを必ずしも決めてはいない。「ジェネラル・アセンブリー」という話し合いで、議論を同時進行させながら活動しているのだという。

 一人ひとりの若者が、そして民衆が起ち上がって行くところからしか世界は変わって行かない。それが軍事・経済にわたって世界を支配してきたアメリカの、しかも金融独占資本の中心地であるニューヨーク・ウォール街から闘いの火の手が上がり、それがいまやアメリカ各地に波及しようとしているのである。アメリカこそ資本主義のあらゆる矛盾を体現している、そのるつぼにこそほかならない。そこで起ち上がった若者たちの闘いに注目するとともに、世界を変え資本主義を変える闘いをともにつくりだしていかなければならない。


「脱成長」をめざす労働運動へ


 野田政権がすすめる「新成長戦略」を見るときに、日本の労働運動もまた「成長路線」の側に立ってきたのではないかと思える。企業が成長し利潤をあげ、経済が発展することによって労働者の生活が豊かになると、日本の労働運動もまた思い込まされてきた。しかし企業が得る利潤とは、まさに労働者からの搾取によるものであり、企業が発展し経済が成長するとは、その再生産の過程において搾取がより巧妙に大規模におこなわれていることにほかならない。さらにはその過程で労働者の疎外と窮乏化はいっそうすすみ、失業と貧困の増加はとどまるところを知らない。すでに完全失業率は4%をはるかに超え多くの人々が職に就くことができない状況になっている。「成長戦略」に名をかりたグローバル資本の世界への拡大は、産業の空洞化を生み、国内の中小製造業を経営危機に追い込んできた。また合わせて労働市場をグローバルに拡大したことから、企業間、労働者間の熾烈な競争によって労働条件の悪化や不安定雇用や失業を急速に拡大してきた。そしてこの「成長路線」の行き着いた先が、原発崩壊による「フクシマの地獄と悲劇」であった。

 労働運動は今こそ「脱成長」の道に立たなければならない。それは「さよなら原発」をつらぬく社会を労働運動こそがその先頭に立って切りひらいていくことであり、TPP路線による生活破壊と「限りない底辺への競争」という現実に対して、人間が生きることこそが大事にされる社会をつくり出していくことにほかならない。

 労働時間を短縮し、労働者は自己創造のためにこそ時間を使い、働きたいすべての人には人間らしい働き方のできる雇用の機会をつくり出していかなければならない。軍事費をなくし、海外に経済侵略するグローバル資本のあり方こそを変えていかなければならない。そしてそのためにこそ、一人ひとりの労働者を階級的に組織し、国家や民族をこえた階級的連帯と搾取され抑圧された労働者こそが社会の主人公となる、新しい社会づくりのためにこそ労働運動は起ち上がらなければならない。

 日本人一人ひとりの生き方の転換とともに、労働運動もまた大きな転換点に立っているのである。

(2011年10月7日))