THE  POWER  OF  PEOPLE

 

深まりゆく人類と地球の危機  佐伯昭二


 水危機と私たちの生活


 食糧の自給率を向上させ農業中心の国づくりへ


 私たち人民の力は、現代社会を「人類と地球の危機の時代」と規定している。

 それはいつ起きてもおかしくない原発の大事故や核戦争の恐怖であり、大規模開発による自然破壊、工業優先による地球温暖化などの環境悪化、農業の衰退と食品汚染、貧困の増大と格差の拡大などがそれらの要因としてあり、現実にそのような事実が毎日目に飛び込んでくる。住みにくい社会になっている現実を知る想いである。

 そうしたいびつな社会構造にあって、私たち人類が生存するにあたって、最も大切な水が今、危機的状況にある。


 世界の水危機


 地球は「水の惑星」といわれる。しかしこの内、98%が海水で陸上の生物は使えず、使える淡水はわずか2%にすぎない。しかもその2%でさえ、大部分は北極や南極の氷で、実際に使用可能な淡水は、0・01%しかないという。そのわずかな水が私たちの生命や生活、経済を支えてきた。

 だが今、この貴重な水が、人口増加や食糧の増産、工業開発などで、枯渇や汚染されており、人類や生物の生存が危うい状況になってきている。世界では、その兆候がいろんな形で現れてきている。

 中国第二の大河である黄河では、農業用水や工業用水を取りすぎて、10年以上前から断流といって、水流が河口まで届かない現象が起きている。中央アジアにあるアラル海という淡水湖は、世界で四番目の広さ(琵琶湖の100倍)を持っていたが、今では面積は2分の1以下に、水量は3分の1以下に激減し、漁獲量がゼロになってしまった。

 伊藤和也さんが亡くなったアフガニスタンでは、慢性的な旱魃に襲われている。米国中西部では、巨大な地下水層を水源にして大農業地帯を培ってきたが、地下水を汲み上げ過ぎたため、今では枯渇が心配されるようになった。

 これらの現象は、工業化の推進や近代農業による川からの取水量の増加があり、そして地球の温暖化の影響である。世界の気象状況が極端になり、大雨の地域はさらに雨が降り洪水をもたらし、渇水の地域は水不足という深刻な事態に陥っている。

 こうした事態は、世界ではすでに17億人が水不足の状況で生活し、不衛生な水環境によって、毎日6000人の子どもたちが生命を失い、年間にすると約200万人という驚く人数である。

 そして国連などによれば、今後ともこのような状況が続くとすれば、2025年には50億人が水不足になり、2050年には70億人、つまり地球上の全てが水不足になると予想している。

 「20世紀の戦争が石油をめぐる戦いだったとすれば、21世紀は水をめぐって戦われるだろう」と、1995年にセラゲルディン世界銀行副総裁がおこなった不吉な予言は、あながち空想ではないのかもしれない。まさに人類の危機である。


 水不足になると


 水不足になれば、真っ先に影響を受けるのは食料である。1キログラムの穀物の生産には、その1000倍以上、つまり1トン以上の水が必要とされる。水不足は即食料の不足・危機につながる。

 世界の先進国の食糧の自給率は100%以上が多いが、日本は40%前後に推移している。北朝鮮でさえ自給率は70%であり、アフガニスタンは60%弱である。

 このまま水不足がすすみ、世界が深刻な食糧不足になったら日本はどうなるであろうか。現在、日本に食糧を輸出している国が、いくら日本がお金を払うといっても、自国が食糧不足になり危険な状態では、日本に供給してくれるとは考えにくい。


 なぜ水不足か


 やはり私たちの生活様式の変化による水の使用量が増大したことが、最も大きな要因ではないか。工業用水の使用量は、この100年間で20倍、生活用水の使用量は、この50年間で3倍になっている。また食糧生産に使う水も50年前に比べ3倍になっている。この結果、人口増加の2倍のペースで水消費量が増えている。

 また都市化の進行、大型開発による水源の破壊も進んでいる。ダム1つをつくるとその貯水量の20倍の保水力をもつ森林が破壊されるという。森が破壊されれば、降水量も少なくなる。地球上の森林の約7割は、すでになくなり、このままいけばあと50年で世界の森が消えるともいわれている。深刻な状況である。


 私たちはどれだけ水を使っているか


 一人一日当たりの水の最低使用量は30リットルといわれる。トイレで1回水を流す量を約10リットルとすると、その3倍ということになる。地球上の約8割の人が、この量以下で生活している。

 アメリカの水消費量は世界第1位で、一人当たり6000リットル(6トン)使い、日本は第2位で一人当たり2000リットル(2トン)の水を一日で使い、最低使用量という30リットルの実に70倍という消費大国である。とりわけ日本は、食糧を輸入に頼っているため、その生産に必要な水を間接的に消費していることになる。これを仮想水(バーチャルウォーター)と呼ぶ。

 例えば穀物1キロの生産には、その1000倍の水が必要であり、チーズ1キロは5000倍、牛肉1キロは16000倍の水が必要である。この仮想水の消費量が、日本人は一人当たり一日1600リットルと言われるので、先の水消費量と合わせると実に一日3600リットルの水を消費していることになる。この仮想水は、東大の沖田幹教授によると、年間640億トンで、国内の灌漑用水使用量の570億トンを上回るという。

 世界の水不足の要因として、このように日本が大量に食糧を輸入している事実こそが、一層水不足に拍車をかけているのだ。その責任は重い。


 社会のあり方と生活を見直す


 この危機を克服するためには、戦後日本や先進国が追い求めてきた大量生産・大量流通・大量廃棄・大量消費という社会の仕組みを変えていくことや、水不足の解消と称し大規模なダムや堰を建設してきた政治のあり方も厳しく問われなければならない。と同時に、私たち一人ひとりも水の重要性を認識し、水の使用を含めて生活の根本的な見直しが必要である。節水や水の再利用などの努力や、大量の仮想水を使う食糧の輸入を抑えて、食料の自給率の向上を目指して、農業中心の国づくりへの転換が必要ではないか。

 幸いに日本には、伝統的な「水の技術」がある。アフガニスタンで活動するNGO「ペシャワール会」の中村哲医師は、江戸時代の技術を応用した用水路づくりで砂漠の大地を緑の農地に変え、数十万の人びとの飢えを解放した。

 現在においても日本の上水道の漏水率は1割以下、工業用水の回収率も8割に達している。トイレや洗濯機の水使用量も20年〜30年で半減したという。農村には水を順番に回す番水の伝統もある。

 そうした優れた技術を、海外の途上国の支援に使うことだ。すでにその試みは一部では始められているが、さらに強め拡大していくことが必要と思う。私たちの血税を使い自衛隊をイラクやインド洋に派兵し、現地の人びとや世界の人びとから反感をかうよりも、日本が培ってきた優れた技術をもって支援することのほうが、信用と信頼を得ることになる。

 世界の水危機は、日本のあり方こそが鋭く問われているのではないだろうか。(11月26日)