THE  POWER  OF  PEOPLE

 

主権国家から独裁国家に変えられる 井戸孝彦


人間的理性を発揮して

立ち上がり行動しよう


 国のあり方が根本から変えられようとしている。

 戦後日本は現行憲法によって(1)戦争放棄と平和主義(2)国民主権(3)民主主義政治として人々の間に根づき支持されてきた。その国のありようが安倍政権の下で根本的に変えられようとしている。

 安倍晋三首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)が5月連休明けにも集団的自衛権の行使について報告書を出すといわれている。安倍政権は報告書を受けた後に原案の方針を作成し自民、公明両党と協議に入る。合意すれば政府として閣議決定し憲法解釈を変更する考えである。軍事的同盟関係にあるアメリカが他国から侵略された場合(幾つかの類型想定)日本がどのような形で戦争協力が出来るか答申が出される。戦争をしない、できない国から憲法を変えずに戦争のできる国に変えられようとしている。ときの内閣の解釈によって、国の最高立法決議機関国会での議論もなく、憲法解釈で憲法九条の条文を骨抜きにしてしまうのだ。事実上の憲法九条変更に国民的議論も国民投票も経ないで、国のあり方を根本変えようとしている。もしこのようなことを首相が勝手にできるのなら、立法・司法・行政の三権分立の民主主義の根本が崩され、国が権力者として横暴にふるまい主権者である国民は国の「従者」にされてしまう。再び国が権力を握り立憲主義の国ではなくなってしまう。もはや民主主義は存在しなくなり独裁国家と言わざるを得ない。

 何故、安倍の横暴が許される国になってしまったのか。

 2012年末総選挙、2013年参議院選挙、この二つの選挙で民主党政権に代わって、自公保守政権を誕生させたこと。とりわけ第一次安倍内閣は憲法改正を公約として誕生したが、国民の批判を浴びて僅かな期間で政権を投げ出した。その安倍首相は、自民党総裁として再び登場した。(1)戦後60年行き詰った保守政権に変わって国民の期待を一心に集め登場した前民主党政権は政権担当能力不足による度重なる公約違反で国民の信頼をなくした。あわせて国民の政治への不信を増大させた。その結果二つの選挙で保守自民党政治の返り咲き許した。この選挙での大勝という結果を得たことがその後の政治運営に影響していく。(2)保守自民党の大勝と言っても、得票が大量に伸びたのではなく、自民党は前回選挙より200万票も減らしたにも関わらず大勝したのである。その原因は、民主党が国民から信頼を喪失して2000万票もの得票を減らしたこと。それに対し戦後60年の政治を担当し組織票をもつ自民党に大政党に有利な選挙制度も影響し勝利をもたらした。国民の意見や思いが政治に反映されないこの選挙制度のもつ問題が現実化した。政権交代可能ならしめる選挙制度として導入されたが、組織票を持つ大政党に有利で、小さな声、叫びたくても囁けない人々の声は反映されず、自民党はこの小選挙区制の選挙制度で票を減らしながらも議会で三分の二を上回る議員を獲得したのである。(3)政党の公約違反による政党への不信、選挙のためだけの人気取りの選挙公約を掲げた政党の乱立、少数政党の乱立により国民がどの政党に投票していいかわからなくなっている。ささやかな意見を聞いてくれる政党があっても、結局は国会での数で負けてしまい聞き入れてもらえない。こうした状況で国民の政治不信は高まり、国民の政治離れで選挙を棄権する人が増えている。(4)2008年のリーマンショックの世界不況で、日本の景気が落ち込む中で、景気回復への公共投資再開、日銀の円高誘導による自動車を中心とする輸出産業へのテコ入れを中心としたアベノミクスに、先行きの見えない民主党政権では設備投資も控えていた経営者が安倍政権の誕生で一気に設備投資を開始した。円高誘導で自動車産業は業績を回復した。こうした一部の経済の好転をバックに高い支持率を得ている。国民の高い支持率がこうした安倍の強行政治体制を支えている。

 安倍政権は、議会での圧倒的多数と、景気回復への期待と国民からの高い支持率に支えられて、「防衛装備移転三原則」を閣議決定した。これまで武器や関連技術の輸出を「武器輸出三原則」で禁止してきたが47年ぶりに全面転換した。くわえて「特定秘密保護法」を強行採決で成立させた。この法律は基本的人権、「国民の知る権利」を侵す恐れが強い、加えて「共謀罪」まで法制化されたら権力の思いのままの政治支配、物言えば政治犯にされた戦前の恐怖政治になってしまう。

 安倍政権のこの国のあり様を根本から変えてしまう政治に対して、学者、弁護士、芸能人などの著名人、新聞、テレビなどの報道各社、報道関係者などから全国的な反対の声があげられた。また反原発、ダム建設反対、日韓民衆連帯、冤罪撲滅運動などに取り組んでいる広範な草の根の運動を取り組んでいる人々が「特定秘密保護法」反対に声をあげ全国的な反対運動を創り出してきている。その闘いは今も継続されて、各地方自治体の議会での反対決議や法案見直しなどの広がりに繋がっている。


見えない—「連合」の平和運動


 憲法も国会をも無視した数の力を背景とした安倍政権の独裁的政治で「武器輸出三原則の見直し」=「死の商人」、「特定秘密保護法」「共謀罪」=秘密スパイ国家、「集団的自衛権の行使」=同盟国と戦争する国に、「国家安全基本法」=国民を戦争協力させる、これらを閣議決定し、国会での関連法案も強行採決で憲法を変えることなく戦争のできる国、侵略戦争ができる国にしようとしている。この国の根本のあり方である平和国家、立憲民主主義国家、国民主権の根本が変えられる危機に直面している。この重大事態に対し日本の労働組合最大のナショナルセンターである「連合」の動きが全く見えてこない。何故なのだろうか。連合傘下の労働組合・労働者にとっても、平和の問題や戦争協力加担は賃金や労働条件改善問題と並んでというよりもっと重大な生命のかかった問題である。福島原発事故はエネルギー源を核エネルギーから再生可能エネルギーへと求めたが、原子力産業労働組合は原発の再稼働と核エネルギー政策を求めている。人の「生命」「安全」より「生活が第一」と労働組合の主張はそのように聞こえる。「連合」のメーデーに安倍首相も参加して開催された。古賀会長は「労働者保護法の改悪に反対、働く人の犠牲の上に成長戦略を描くことは許せない」と安倍内閣の成長戦略を批判したが、平和を脅かし戦争する国づくりには一言も言及しなかった。かつての「総評」が平和四原則(全面講和、中立の堅持、軍事基地反対、再軍備反対)を掲げ日本の反戦平和運動に大きな役割を果たしたのとは大きな違いである。「総評」の労使関係対等、階級闘争路線に立つ労働運動を潰し、新たな資本主義体制の維持延命への労使協調、労使一体にたつ連合労働運動を作ってきた。たとえ連合労働運動が体制に協力する労働運動として誕生したとしても、この国の平和が脅かされ戦争する国に変えられ、生活や命がいつ危険に晒され、いつ戦争協力させられるのか、若者はいつ戦場に駆り出され命の危険に晒されるかわからない。そのような国に変えられようとしている。本来労働組合である「連合」は働く人々の「生活と権利」を守る共同体組織としては存在するはずである。傘下の一人ひとりの組合員と仲間その家族の生活と命が懸かっている。たとえ労使協調、労使一体労働組合であっても、体制の戦争政策に協力して危うくさせてはならない。先の侵略戦争に労働組合も大政翼賛会の波に飲み込まれ侵略戦争に加担してきた事実がある。戦争によって破壊と犠牲はあっても何も良いものは生まれない。朝鮮、中国、東南アジアへの侵略でアジアの人々に夥しい犠牲者と国土の破壊と被害をもたらした。また日本も世界で最初に原爆を投下され、激しい空爆で国土は壊滅的な被害を被った。日本人の犠牲者300万人と言われ、再びこのような過ちをおかしてはならない。


問われる—自分の生き方


 景気が行き詰まり、格差が拡大し、雇用の場もない、若者が街にあふれ閉塞感が漂っている。

 そうした若者の行き場がなくなり右翼化しているという。東京都知事選で核武装を訴えた田母神氏が61万票を獲得し投票者総数の12・5%の票を獲得したことにも表れている。若者の政治離れと右傾化が強まり、外に向かって強気な排外主義やナショナリズムが台頭する。安倍政権がこうした政治状況を巧みに利用し、歴史問題、領有権問題、靖国参拝問題で中国や韓国を挑発し緊張を高め、排外主義を煽り、周りの国際情勢の変化に対処(安倍政治が巧みな演出)するには、集団的自衛権で国の安全と防衛が必要だと説く。そして戦争のできる国づくりへ邁進している。

 私たちに、それを許してはならない体制が必要だ。戦争では何も解決しない。悲しみと憎しみだけが残る。軍事の抑止力で平和は作れない。軍事大国になれば必ず戦争する。人間は宗教・民族・領土・人種・言語などさまざまな違いを持っている。人々はお互いの違いを違いとして尊重し、共に生きていく術を知っている。それは理性とヒューマニズムである。安倍独裁政権の下で国のあり方が根本から変えられようとするときに、一人ひとりの生き方が問われている。

(5月5日)