THE  POWER  OF  PEOPLE

 

資本に労働者を隷従させる安倍政権 池田晴男


景気回復のための春闘であってはならない


労働者連帯の精神をとりもどし

労働運動の再生を


 「春闘の様変わり」が言われて久しいが、ここ数年の春季闘争のありようからは「様変わり」の言葉すら必要のないほど「経営者主導の春闘」が定着したかのようである。ストや「闘う春闘」は過去の歴史の出来事のように扱われている。

 現下の2013年春闘を見るとき、「これが果たして春闘と呼べるのか」との思いを強くする。

 労働組合の闘いが見えないどころか、統一要求の声すら聞こえず、代わりに「政府が財界に賃上げ要請」という次のような記事ばかりが目に付く。

 「安倍晋三首相が経済3団体首脳に賃上げ要請」「甘利明経済再生相も経団連幹部との会談で同様の要望」「麻生財務相、経団連会長に賃上げ強く要請。労働分配率見直さないと消費伸びぬ」「この10年間、物価以上に給与が下がった」「いきなりベアしろとは言っていない。国家のために企業として一時金やボーナスなどが出てくることを期待している」などなど。

 政府の主な発言を拾ったが、一見、労働者の生活向上に政府を上げて熱心なのかと見間違う。だがそうではない。生活が困窮している労働者の生活改善のための賃金引き上げという話しではないのだ。すべてが消費拡大・景気回復のため、日本経済のため、つまり「企業のため」に賃上げが語られているのである。


 要求自体が資本の許容する範囲に自己規制


 2013年春闘の集中回答日である3月13日、自動車大手や流通大手の一部などから一斉に回答が出た。マスコミの多くは「アベノミクス」効果で円安株高が進み自動車大手などで「増額回答」「満額回答」と報じている。

 マスコミが「満額」回答と報道するのは年間一時金の話しであり、ほとんどの企業ではベースアップはゼロである。より正確には、大半の労働組合がベースアップを要求をしていないのである。

 春闘は、「賃金の引き上げを軸とした労働条件の改善を労働者の集中した闘いを通じて勝ち取っていく闘い」であり、総資本に対する総労働としての闘いの性格を持っていた。マスコミが言う「満額」回答の中身は、ベアを要求せず一時金の要求も自ら切り下げて資本の許容する範囲に切り縮めた結果でしかない。企業利益を優先させ自らのベースアップ要求すら放棄している下では労働者全体の賃上げに目が向くはずもない。しかも多くの非正規労働者は蚊帳の外であり、本来、春闘が掲げ闘いとるべき働く者全体の生活改善要求は後景に押しやられている。春闘方式を生みだした労働者連帯の精神は色あせている。

こうして政府・財界にリードされる2013年春闘は、「政治による追い風に助けられた。業績の良い企業でもはじめからベア要求を見送るようでは、力不足。奮起を期待したい」と、マスコミにまで尻をたたかれる始末なのだ。


 消費税率引き上げに向けた条件整備


 繰り返すが、安倍政権が「賃上げ要請」するのは生活が困窮している労働者の生活改善のためではない。消費税率は、2014年4月に8%に引き上げられることになっているが、その時期判断は消費税の法案に盛り込まれている「景気条項」に基づけば半年前の今秋である。つまり名目及び実質の経済成長率、物価動向等の経済指標を確認することが前提となるがゆえに安倍政権は名目賃金の引き上げに躍起なのだ。

 麻生太郎財務相は、春闘の集中回答で賃上げが相次いだことについて、最近の円安や株高で企業の財務内容などに「余裕」が生まれたとして、所得増が消費拡大につながることに期待を示した。麻生財務相が「企業は内部留保をこの数年ずっと貯めている。円安・株高になったおかげで、企業としては内部的に、かなり余裕ができているはず」とまで踏み込んで発言するのは、増税実施の判断にとって「賃上げ」による消費拡大は条件づくりでしかない。

 政府の認識を引用するまでもなく「企業は儲けて内部にため込んでいる」のである。にもかかわらず労働組合の要求は極めて控えめなのである。

 経済界の意向を踏まえて安倍政権は今、雇用制度の見直しに向け労働契約法を改正しようとしている。判例などで確定している「解雇の4要件」は厳しすぎる、というのがその理由である。


 働くものを使い捨てにするな!

 「解雇の自由」法制化へ向かう安倍政権


 労働者は使い捨てに出来る「モノ」ではないのだ。貪欲に利潤のみを追求する資本によって不安定就労を余儀なくされている労働者の数は昨年1813万人、実質2000万人に迫る勢いなのだ。

 デフレ脱却に向けて2%の物価上昇を目標にしている安倍政権は、物価だけ上がって所得が増えなければ「アベノミクス」の底が割れてしまうとばかりに経済界に賃上げを要請した。しかし本質は徹頭徹尾企業の論理にたっている。安倍政権の経済財政諮問会議では、企業収益の改善を賃金上昇につなげるためと称し「正社員・終身雇用偏重の雇用政策から、多様で柔軟な雇用政策への転換」を打ち出した。何のことはない、もっと簡単に労働者の首を切ることができるようにする、と言うのだ。冗談ではない!。現実は、多くの労働者が一方的に、問答無用に首を切られているのだ。

 次に見るように、リストラ強要や自主退職に追い込む執拗なパワハラなどが企業の中で横行しているが、これは氷山の一角でしかない。労働者はすでに生存権すら脅かされている。その上さらに「正社員・終身雇用偏重の雇用政策」を変える、と言う。どこまでも労働者は「消耗品」扱いなのだ。


 「追い出し部屋」は旧国鉄の「人活センター」だ


 昨年末、朝日新聞が電機大手のパナソニック、業績悪化で人減らしを進めているシャープ、さらにソニー、NEC、生命保険大手の朝日生命保険などの各社に「追い出し部屋」と呼ばれる部署があることを報じた。

 「追い出し部屋」には、低迷する部署の社員や、希望退職への応募を断った社員が配属され、業務は製品の箱詰めや議事録作りといった「雑用」ばかりだという。

 パナソニックではこの部署を「事業・人材強化センター」と呼ぶらしい。そうなのだ、旧国鉄が国労つぶしと活動家追い出しのために設置した「人材活用センター」の民間版なのである。

 国が行ったことを手本にして何が悪い!ということなのである。日常的ないやがらせや業務に耐えきれず、精神疾患を患ったり、退職や自ら命を絶つ社員もいるという。

 大手企業で「追い出し部屋」と呼ばれる「労働者イジメ」が日常化している問題で、連合の古賀伸明会長は、「産業別労組への聞き取り調査を始める」という。また、厚生労働省へ非公式に「追い出し部屋」の監視を強化するよう要請したという。だが、しかしである、連合として闘うとは一言も言わないのだ。

 日本国内では、いつでも使い捨てにされかねない非正規労働者が2000万人に迫り、日本を代表する企業の中では労働者の人権が踏みにじられ、労働組合も本来の役割をまったく果たしていない深刻な事態にある。

 「労働者よ団結せよ! そして連帯しよう!」は労働組合運動の基本であり、資本の攻撃から労働者の生活と権利を守り拡大する上で普遍性をもつスローガンである。

 次の文章は、3月24日の北海道新聞「卓上四季」である。

 「〈工場は地獄よ主任は鬼で廻る運転火の車〉。紡績工場の悲惨な実態を記録した『女工哀史』にある『女工小唄』の一節だ▼小学校を卒業したばかりの少女が1日十数時間も働かされた。寮住まいで管理され、粗末な食事しか与えられず、劣悪な労働環境の下で、事故や病気で命を落とすことも日常茶飯事だった。〈中略〉この国が、列強の仲間入りを果たした時期、労働者の命は鳥の羽よりも軽かった▼だが過去の出来事と言い切れないのが悲しい。21世紀の今日も似た話は枚挙にいとまはない。「ブラック企業」。長時間労働やパワハラなどが恒常化し、社員を使い捨てにする会社を若者たちはこう呼んでいる▼共通するのは利益優先の経営姿勢。酷使された若手社員が過労死に至った例も少なくない▼夢に向かって若者が羽ばたく季節だ。その未来を食いつぶして恥じぬとは、経営者の志が知れよう。現代版・女工哀史を許してはならない」と強く指摘する。

 危機的と言うべきなのは、このような憤りや指摘が主要な労働組合や連合労働運動の中から出てこないことにある。志が問われているのは、この現実を許し、なお闘いに立ち上がらない労働組合、労働運動の側であろう。

 あらためて、春闘の再生、労働運動のつくりなおしの中から労働者の団結と連帯を甦らせていかなければならない。働く者の未来は働くもの自らの力で切り開いていくものであり、企業や政治に委ねてはならないからである。国鉄闘争の終結以降、労働運動の場に身を置いていないもどかしさのなかであるが、労働者の団結と労働運動の作り直しこそが絶対に必要であることを改めて実感する2013年春闘期にある。