THE  POWER  OF  PEOPLE

 

八ッ場ダム建設を中止せよ 高橋扶吉


社会性のあり方が問われる—検証の抜本的見直しを


自然を破壊し人々の絆を壊す

八ッ場ダムを即刻中止せよ!



八ッ場ダム問題は最悪な現状をむかえている


 八ッ場ダム計画は構想から60年が過ぎた中、八ッ場ダム問題は最悪な現状を迎えている。2009年9月の民主党の政権交代により、「八ッ場ダム問題」は時代に合わない公共事業の一つとして、民主党政権公約通り、当時の前原誠司国交相は八ッ場建設中止を言明した。しかし、前原国交相は反対派に押し流されるかのように、10月秋には「予断なく再検証する」と軌道修正をするなど、混乱が続いてきた。

 政権交代を促した民意は、公共事業のあり方を問う象徴的な存在として、民主党政権の試金石ともいえる八ッ場ダム問題の解決を望んできた。

八ッ場ダム中止から2年、国土交通省の関東地方整備局が本体工事に道開く「最も有利な案はダム案」とする総合評価案を、事業主体を中心とした関東地方整備局と1都5県知事らによる「検証の場」で示した。

 建設の是非を決める再検証作業が終盤に入った八ッ場ダム問題は、攻勢を強める1都5県の知事らは前田武志国交相などへ直談判を行うなど2015年にダムの完成を迫っている。また、八ッ場ダムを推進する自民党県議らによる八ッ場ダム推進大会が10月28日、前橋市で開かれ(1)パブリックコメントに対して意見提出(2)住民公聴会に参加を通じてダムの必要性を訴えるよう呼びかけた。一方、予断なき検証に程遠い八ッ場ダム検証として、ダム反対派は「科学性・客観性が欠如している」として「検証の根本的な見直し」を求めている。

 藤村修官房長官は9月14日の記者会見で、八ッ場ダム建設の是非について、「政府・民主党三役会議」で最終判断をするとの見通しを示した。

 検証作業の大詰めのなか、民主党国土交通部門会議が14日、関東地方局の総合評価と対応を批判し「党内に八ッ場ダム問題を協議する場を作って欲しい」と訴えた。また、民主党の国会議員らによる「八ッ場ダム等の地元住民の生活再建を考える会」は14日、ダム建設が中止となった場合に周辺地域の生活復興を支援する特別措置法案に関する意見交換会を開き、検証作業に影響を受けることなく、生活再建法案の成立を目指すことをきめた。

 八ッ場は「ダムが最良」に異議あり、検証関与の河川工学や防災地形学の学者10人が近く、野田佳彦首相らに公開の場で「八ッ場ダムの検証のやり直し」を求める。検証の手法が問われるなか、国土交通省は26日の衆院国土交通委員会で、同省関東地方整備局検証結果を求める時期は11月末から12月初めになるとの見通しを示した。

 八ッ場ダム事業の見直しを求める市民は、最終段階でのパブリックコメント等で意見を聴きおくだけであり、検証作業から実質的に排除されてきました。

 わが国では、3000基近くのダムを抱え、生態系の破壊、地滑りの誘発など、ダム建設によってもたされる様々な問題が知らされるようになり、ダム建設を主とした河川行政の見直しが課題になってきている。

 野田政権にとって、半世紀を越えて地元住民を翻弄し、苦難を強いてきたことに対して、八ッ場ダム中止を明確にし、生活・地域の再建のための法の整備と検証の根本的な見直しこそが問われているのだ。

 八ッ場ダム等のダム建設のために、堤防の強化等に使う河川改修の予算が急減してくるなか、ダム建設を主とする河川行政のあり方が根本的に見直しされなければならないのである。


予断なき検証にほど遠い八ッ場ダムの検証


 2010年9月に就任した馬淵澄夫国交相は就任直後前原前国交相と同様に、八ッ場ダムの中止方針は変わらないと言いながらも、11月6日の現地視察の際に「中止方針を棚上げして予断なき検証を行い、11年秋までに検証の結果を出す」考えを示しました。

 大畠章宏国交相は就任後初めて、建設の是非を巡り検証が進む八ッ場ダム予定地に2月13日に訪れて、大沢正明知事や高山欣也長野原町長らと会談。建設中止方針の棚上げを表明した馬渕澄夫前国交相の路線を踏襲し、地元と対話を進める考えを伝えたが、高山町長は現段階で対話は困難との見方を示し地元住民との対話は実現できなかった。

 政権交代以来、現地視察した国交相は4人目、前田武志国交相は10月8日八ッ場ダム予定地を視察し、県庁で大沢正明知事や高山欣也長野原町長らと会談に臨んだ。

 八ッ場ダム予定地の人々は、八ッ場ダムにより半世紀以上にわたり翻弄され、悩み苦しんだ住民の思いは耐え難いものであった。しかし、その住民との対話を拒み続けてきた。

 建設の是非を決める検証は、八ッ場ダムを推進してきた関東地方整備局がその作業を担ってゆく。さらに、この関東整備局が、八ッ場ダムの推進を強く求めている1都5県知事等の「関東地方公共団体からなる検討の場」との意見の調整をしながら検証を進めてきましたが、ダム事業者にダムの見直しを委ねて、八ッ場ダムの是非についての客観的、科学的な検証が行われるはずがありません。ダム反対者の意見や地元住民を蚊帳の外に置き「ダム建設ありきの検証事業」でしかなかった。


八ッ場ダム本工事中止の政治的決断を


 八ッ場ダムは利根川の治水と首都圏の利水の水源開発を目的にしたダムである。その他に吾妻川の流量維持、発電という目的があるがあくまで付随的である。

 八ッ場ダムは総貯水量が1億750万立方mで、首都圏の既設ダムと比較すると大きなダムであるが、洪水調節が第1の目的となっているため、夏期の利水量が比較的小さいダムであると言われている。半世紀以上たってもダムが完成しない八ッ場ダムは、本来必要なダムとして存在をしているのかを「ダム建設が最も有利」とする報告書素案から、治水・利水・暫定水利権などの3点と発電所問題の問題点をあらためて検証する必要がある。


◇ 治 水

 関東地方整備局は今後20〜30年で、利根川の洪水に対応可能な目標流量(伊勢崎市八斗島地点)を毎秒1万7千立方mに設定。このうち、河道対応流量毎秒1万4千立方m、ダム等による洪水調節量毎秒3千立方m調節を目指している。その根拠は1947年カスリーン台風洪水の実績ピーク流量としている。

 当時は戦争直後で山が荒れていたが、その後の森林の成長で山の保水力が高まり、カスリーン台風が再来しても毎秒1万5千立方mをも下回ることは確実と言われている。関東地方整備局が示した目標流量毎秒1万7千立方mは根拠のない過大な値である。

 検証作業では、堤防整備や河道堀削、遊水池などの代替4案も検討したが、八ッ場ダム残事業700億円に対し、代替4案は1700億円〜2000億円かかる。このため建設推進派は「ダムの優位性が証明された」と主張するが、京都大学の今本博健名誉教授(河川工学)は「残事業費で比較すれば、八ッ場ダムが有利になるのは当り前で、ダムありきの検証だ。ダムは洪水によって効果量の差が大きく非効率的。ダムより堤防整備の方が確実に治水できる」と指摘する(『毎日新聞』11月1日)。


◇ 利 水

検証案は、中止方針の撤回を企画した、事業継続の結論が先にある検証になっている。

(1)利水予定者(1都4県)の水需給計画をそのまま容認し、その要求水量を確保する利水代替案との比較しか行わなかった。①東京都の1日最大配水量は1992年度から減少の一途を辿っているのに、都の予測では大きく増加していくことになっている。②多摩地域の地下水45万立方m/日水道源としてカウントしていない。保有水源の過小評価もそのまま容認されている。(2)八ッ場ダムの開発量は毎秒22・209立方m(日量192万立方m)である。八ッ場ダムの開発の確保を前提にしている限り、現実性のある代替案はなかなか見つかりません。①富士川からの導水、地下水取水、藤原ダムの再開発(約1兆3000億円)②利根大堰・下久保ダムのかさ上げ、既設ダムの発電・治水容量の買い上げ、既設ダムのダム使用権の振替(約1800億円) ③利根大堰のかさ上げ、既設ダムの発電・治水容量の買い上げ、渡良瀬第二貯水池、既設ダムのダム使用権の振替(約1700億円) ④富士川からの導水、既設ダムの発電・利水容量の買い上げ、既設ダムのダム使用権の振替(約1兆円)、4つの非現実的な利水代案と比較した。新規利水分のコスト面では八ッ場ダムの残事業費600億円に対し、代替案は、1700億円から1兆3000億円としている。まさに「先にダムありきの代替案」でしかありません(『9・23シンポジウム』資料)。


◇ 水利権許可制度の抜本的改善を!

 前原誠司国交相は八ッ場ダム中止を宣言した後、八ッ場ダムが中止になれば、取水ができなくなくなってしまうと、埼玉県知事たちが主張している。暫定水利権を安定水利権に変えるために八ッ場ダムが必要だという話であるが、本当にそうであろうか。

 国交省は水需給以外の理由で八ッ場ダムが必要だという仕組みをつくりあげてきた。それは暫定水利権といわれている仕組みで、暫定水利権とは、未完成の水源開発時事業の先取りの水利権として許可されたもので、その水源開発事業が完了すれば、正規の安定水利権に変わるものである。

 八ッ場ダムについては、予定水利権の一部が暫定水利権として許可されている。その大半を占めるのは埼玉県水道、群馬県水道が持つ農業用水転用水利権の冬期水利権である。

 実際には埼玉県の水道等は農業用水転用水利権による冬期の取水を長年続けている。通年であっても取水量が非常に小さくて、他の水利用への影響がないため、支障なく取水が続けられている。実際には、八ッ場ダムがなくても何ら取水に支障をきたしたことはなく、安定水利権と変わらないものである。こうした、実体に合わせて安定水利権として認めれば暫定水利権の問題は解消されるのです、これは国交省の水利権許可制度の問題である。

 八ッ場ダムの暫定水利権を安定水利権に変えるには水利権の再配分を行う新たなルールづくりが必要ある(『八ッ場ダム』P126)。利根川下流住民に八ッ場ダム中止への理解を得るには、暫定水利権問題の解決の取組みが問われている。


◇ 八ッ場ダムで水力発電量が減少する

 福島第一原発で、八ッ場ダムに水力発電を期待する声が聞こえてきますが、実際は減少する。吾妻川では、東電発電所・県営発電所あわせて13の発電所があり、流れ込み式の水力発電所で古くから発電が行われてきました。八ッ場ダムが出来る事でダムに水が取られてしまい、発電所に送られている水の大半を吾妻川に戻さなければならず、発電量が大幅に減少します。そのため国土交通省は東京電力に数百億円といわれる減電補償金を支払なければなりません。

 ダム直下の吾妻渓谷に群馬県経営の発電所が造られる予定ですが、八ッ場ダムは、発電ではなく利水・治水が主目です。この新たな発電量は、失われる発電量の5分1に過ぎません(『9・23シンポジウム』資料)。

 反原発の中で、巨額な金額を払って、電力を減らすダム行政のあり方を見直さなければなりません。八ッ場ダム中止こそが、水力発電からも見えてくる。

 利水・治水・暫定水利権そして水力発電などの個別に見ても、八ッ場ダムがなくても、それほどの大きな影響がない事がわかります。野田政権は民衆(水没者)に目を向けた政治を、そして、八ッ場ダム建設を中止させ「ダムなしの生活・地域再建を目的にした法の整備」をする、政治的決断をするべきである。


支援・連帯・協働行動で自然の恵みに感謝できる社会へ


 小さな八ッ場ダム学習会で地元の参加者から、地元のほとんどはダムを望んでいないのが本音だ、しかし本音を言えないのが現状だと話される。半世紀以上翻弄されながらも、苦難に向って格闘してきた地元住民の心の痛みを受け止め、共有化し活かしてゆかなければならないと痛感する。

 9月13日、国土交通省関東地方整備局から「最も有利な案はダム案」の総合評価案が出され、「建設継続」の流れに一歩踏み出した。大詰めに入った八ッ場ダム工事中止の闘いは、「ダムなし・生活再建への法の整備」「暫定水利権の見直し」などの具体的な行動を通じて、地元住民とのつながりを強め、支援し、連帯し、協働行動を労働の場・生きる場からの実践が私たちに問われている。

 その行動を通じて、自然を破壊、人々の絆を壊す八ッ場ダムを中止させ、人々の絆を大切にし、自然の恵みに感謝して、その喜びを感じられる日々に生活のできる社会の構造が求められている。「脱ダム」「反原発」はその一つの行動ではないだろうか。(11月4日)

[参考資料]・『9・23シンポジウム「知っていますか? 八ッ場ダムの真実」』資料、・『八ッ場ダム 過去、現在、そして未来』著者:嶋津暉之・清澤洋子(岩波書店)